お願いがあるんですけど…いいですか…
第七節
「天装・ミカエル」
美加の周りが光に包まれる。次に光から出てきた時には制服でなく、白いつなぎに着替えていた。いわゆる修道服だ。
「昨日は殺しそびれたけど今度は殺す」
杖を前に突き出し昂に勝負を挑んだが……
「嫌だね」
あっさりと断られた。それどころか昂は美加をベンチに座るようにと要求する。当然…
「何言ってるのよ!私はあなたを殺しに来たのよ!」
「だからなんだよ。俺は戦わずに済むことだと思うんだけど」
昂は一人ベンチに座ると続けた。
「お前、ホントは人間なんて恨んじゃいないだよ」
「な、何を言って…」
「悪い。質問を変える。お前なんでこんな回りくどいことするんだ?」
美加は黙り込んだ。今の今までこの男がただの死なない人間だとしか思っていなかったが今の発言ですべてを理解した。
──この男は私のしていたことをすべてを理解している
美加は膝をつき完全な敗北をした。昂は立ち上がると美加に近づいた。すると杖が昂の腹をとらえる。杖に突かれ体が宙を舞い、地面にバウンドする。対応できずそのままベンチに当たる。血が制服に滲んでいく。痛む体を起こし美加を見るとこちらに歩いてきていた。昂はとっさに「死」を覚悟した。だが近づいてきた美加からは涙が溢れていた。それを見た昂は美加を抱きしめた。
「ちょ、やだ。はなせ!はなしてよ!」
当然、抵抗はした。だが女の子の力は男の力の前で無力。いくら相手が天使だとしても。
「人間が嫌いなのはわかる。でも殺していい理由にはならない」
「うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!天使の言うことは絶対なんだ!人間が私に命令するな」
抵抗する力が増す。いや、昂の抑える力が弱くなっているのだ。これ以上の抵抗されれば今度は確実に殺される。昂は最後の力を振り絞り…
「それは天使の理屈だ。俺が言っているのはお前自身にだ」
「わたしだって人間が…」
「嘘だ!本当に殺したいならとっくに殺してる。あんな回りくどいこともせずに!」
なにかの糸が切れたように美加は崩れ落ちていった。そして大粒の涙をこぼし、昂に抱きついた。昂は背中をさすり泣き止むのを待った。
◇◇◇
「いつまでくっついているんですか!変態」
「ぐふっ」
泣きやんだとたん、杖で昂をなぐる美加。嬉しさの反面少し残念に思ってしまう。
「もう少しくっついていてもいいんだよ?」
両手を広げて呼んでみるが来たのは杖だけだった。
「本当に変態なんですか?」
「何も言っているお前を元気づけようと」
「そんな心配はしなくていいです」
この一言で心配する必要がなくなってしまった。敬語に戻っているということは元の美加に戻ったということだ。だからこそ昂は聞いた。
「なんで人間を殺しまわっている?」
「直球ですが…いいですよ。全て話しましょう」
「すまない」
「私がここに来たのは上の命令を受けたからです。それも人間に恨みを持った天使から」
「その天使ってまさかとは思うけど俺の母さんを殺した…」
「先輩のお母さんが誰かは知りませんが…そうです。天使を殺し天使の上にたったのです。それも天使を殺したのを人間のせいにして」
「そいつらって殺していいんだよな」
「それは困ります。その人達が居なくなれば天界のバランスが…」
昂に立ち止まっている時間はなかった。ここで立ち止まればいつ出発できるかわからない。昂は今しかなかったのだ。
「それはお前らの問題だ!俺の知ったことじゃない。俺は母さんを殺したやつに復讐するだけだ」
「それじゃあ先輩が…」
下を向き、今にも泣きそうに肩を震わせている。心配していることはわかる。だとしても…
「おれは……やらなきゃいけないだ」
昂はもう一度美加を抱きしめると…
「おれ、喧嘩は得意なんだ」
「そんなことを心配してるんじゃないですよ」
美加の頭を撫でると昂は笑って
「俺なら大丈夫だって」
美加も少し笑い
「安心出来る要素0ですけど信じますよ」
「おう」と短く答えると血まみれの制服を脱ぎ体操服に着替えると帰路についた。その時だった。袖をつかまれ止められる。何故か顔を赤らめこちらを見る美加にドキッとする。
──期待しない期待しない
「…先輩」
「ひゃ!ひゃい!」
緊張のあまり声が裏返る。
「お願いがあるんですけど。いいですか…」
──しないしないしないしない
冷静を装い答える。
「無理なものじゃなければ…」
明るい笑顔を見せる美加。これで無理なお願いをしてくるわけじゃなあと考えた昂。だがそれは違った。
「ありがとうございます。お願いというのは住む家をなくしたので先輩の家に住ませてもらえないでしょうか?」
「え?住む家がない…今までどこにいたんだよ」
「天界から行き来してたんですが、天使の命令に背いてしまったので戻ることができませんので」
──これも俺のせいだもんな
「いいよ。でも部屋が準備できるまで寝る部屋はリビングになるけどいいか?」
「それでも構いません。ありがとうございます!」
腕に抱きついてくる。喜ぶ姿はやはり普通の女の子でいて可愛い。
「まだ需要あるから諦めるなよ」
「え?なんのことですか?」
「あ!ごめん。こっちの話だ」
心の声を外に出してしまったことに公開はしないが時としてそれは女の敵になってしまうこともあることを昂は知っていた。
──昔のことだから気にはしてないけどな
「それでは行きましょう。先輩」
美加は嬉しくてたまらないようで階段をかけ降りていく。昂もそれを追いかけて階段を下っていった。外はもう夕日が沈みかけていた。
◇◇◇
「ここが先輩の家ですか?すごく綺麗ですね」
「そうか?狭い家だけど部屋だけは豊富だから片付ければ使えるよ」
家に帰ってきた二人はわからないことだけの美加を案内しているところだった。
「ここがリビングだ」
リビングに入るとキッチンでは弥生が料理を作っていた。
「お帰りなさい。昂さん」
「お、ただいま」
挨拶を返すと美加は驚きのあまりフローリングに座り込んでいた。
「サンダルフォンと先輩はもうそんな関係に……出遅れました」
最後の方は聞き取れなかったがどうやら男女で暮らしていることについて言っているようだ。それもそうだろう。普通は高校生の男女が一緒に暮らしているというだけで同棲と言えるのだ。昂は美加に事情をすべて話した。美加は話を聞いてあっさりと納得した。
「サンダルフォンも大変だったのね」
「美加ちゃん。その名前で呼ぶのやめてもらえないかな?」
「なら弥生さん?」
「疑問に思うところなんてあるのかよ」
弥生は料理を作るのを一度中断すると美加とソファーで話始める。それを見ると昂は二回にある部屋にへと移動する。少しでも早く部屋をあげたいというかとだった。部屋についてみると何もなく引っ越してきたばかりの状態になっていた。電気をつけると一枚の紙が落ちていた。当然この紙の差出人はオヤジからだった。
「なんだなんだ。『弥生が可愛いからって襲ったらダメだぞ』だと。どんだけ信用されてないんだよ」
ため息をつき肩を落としながらリビングへと帰る。帰ってみると弥生は料理を再開し美加は勉強をしていた。
──真面目すぎるだろ
「勉強出来るなんてすごいねぇ」
美加に声をかけたが別段気にするわけでもなく勉強を続ける。いや、無視されているだけだった。諦めずに話しかける。だがすべて無視されてしまう。その時、昂の答えられる問題が出てきた。
「あ、この問題ね」
と、手を伸ばすと
「昂先輩」
今までの明るい声からは想像もできないほどの冷たい声で話しかけてきた。本能的に正座をしてしまった。危険だと考えたからだ。
「何かようでもあるんですか?」
「あ、そうだ。部屋の確保が済んだんだ。自分の荷物があるならそこに移動してくれないか?」
「え?そうなんですか?やったー」
そのままリビングを飛び出すと階段を上っていった。嵐のような出来事だった。
「昂さん。あまり美加ちゃんを怒らせない方がいいですよ」
「今のでよくわかったよ」
二人になったタイミングで話しかけてきた。だがそこからの会話の発展はなく鍋のからする沸騰の音だけが部屋を包んだ。
◇◇◇
「完成しましたよ」
「この匂いはまさか…カレーか」
「正解です。美加ちゃんを呼んできてください」
「はーい」
階段を登り、部屋の前に立つと部屋からは奇妙な音が鳴っていたが気にも止めずにノックをするが、返事はない。
「入るぞ」
扉をあけて中を見るとそこには沢山のぬいぐるみがあった。
「こ、これが女の子の部屋なのか…想像通りだ」
その中で一体のぬいぐるみに目が止まる。ほかのぬいぐるみとは明らかに色あせ方がいがっていた。そのぬいぐるみには名前が書いてあった。
『アキラ』と