調べ物をしてみよう!
翌日。俺は月子と2人で図書室に居た。成仏するための未練の鎖。いったい何をやり残して死んだのか。それを梅島さんに聞いても「すみません、死んだ時のことはほとんど覚えてなくて・・・」と、手がかりが得られなかったからだ。
夏海は夏休みの宿題を持って開かずの教室に行っている。なんでも梅島さんは「一年生でやる勉強の範囲はだいたいおぼえてます!」とのことで、全く勉強についていけてない夏海(と俺)にとっては救世主みたいな存在だ。
「さて、それでは何からはじめるですか?」
司書のカウンターの内側に座って月子が言う。さすがに夏休みの図書室には他の生徒はいないので俺も遠慮せずに月子の向かいに座って話す。
「そうだなとりあえずは・・・月子の知識量を測る所からはじめようか」
「なんでですか。梅島さんのことを調べるのではないのですか?」
「その前にそれを調べるためには月子の力が必要だ。でもその月子の知識量がどのくらいなのかわからないとドツボにはまる可能性だってあるからな」
「そうですか・・・。そういうことでしたら。月子の知識量は大体この図書室の本全部と考えて良いです。暇にあかせて全部読みましたから」
「それはすごいな。でも本当かなー?」
俺はわざと意地の悪い笑いを浮かべる。思った通り月子が食いついてきた。
「月子を疑うですか!」
「いやー疑ってるわけじゃないけどさ。じゃあこうしよう。俺が簡単な質問するから月子はその答えを言ってくれよ」
「そんなのお安い御用です!」
月子は立ち上がり腕を組んだ。・・・やはり乗ってきたな?
「じゃあこれは知っているかい?赤ちゃんはどこから来るのか」
「え、そ、それは・・・」
カァァと音がするほど月子の顔が赤くなる。これだ!この反応だ!
「ほら、なんでも知ってるんじゃないのか?図書室には保健体育の教科書もあるよな?」
「う、う、う・・・」
月子の目が潤んでくる。俺はというと、完全にノッてきた。
「ほら、言ってごらん?耳年増の月子はなんでも知っているんだろう?実際に何をするのかは見たことあるの?ないよね?耳年増だもんね?」
「う、う、う、うがあーー!!」
ゴインッ!
月子がデタラメに振った金属バットが俺のこめかみにクリーンヒットォ!
「な、なぜその武器を・・・」
「お姉ちゃんが持っていけと言っていたです」
夏海・・・へへっ。『いいの』もらっちまったぜ・・・
一旦力尽きた所で襟を正して本題に戻る。月子はまだ金属バットを握ったままだが、まあいいだろう。
「まずは、梅島さんがいつ頃亡くなったのか、かな?」
「そうですね。あの制服は昭和52年から平成元年まで着られていましたので、その期間だと思うです」
「なるほど。じゃあその期間の生徒名簿を調べればいいんだな」
「はい。生徒名簿はこっちの司書室の棚にあるです」
料理番組で「30分煮込んだものがこちら」みたいなテンションで数冊の生徒名簿を持ってくる月子。月子といると調べ物がとんでもなく早く済むな・・・
昭和52年から順に手分けして名簿を見ていくと、5分ほどして月子が梅島さんの名前を見つけた。
「あったです」
昭和61年の名簿。一年生の所に梅島ちふゆの名前があった。昭和61年に16歳だったってことは、生きてたら大体40代の半ばか。
40歳の梅島さんを想像する。・・・アリだな。ぜんぜんアリだわ。いくつになっても若々しくて天然で、エプロンが似合う感じね。俺が「ただいまー」なんて帰ると玄関まで迎えに来て「おかえりなさいあなた」なんて言ってほっぺにチュとかするわけだ。「おいおい、年甲斐もなくやめろよ」「いいじゃない。したいんだもの」「じゃあ、続き、する?」なんて言うと恥ずかしそうにコクリと頷いて「次は男の子がいいな」なんて恥ずかしそうに耳打ちを
「お兄ちゃん、妄想はそのくらいにして下さいです。顔が気持ち悪いです」
月子の汚物を見る目で現実に引き戻される。
「え、そんな気持ち悪い顔してた?」
「はい。ヘドロみたいな顔してたです」
「せめて生き物にたとえろよ!」
仕方なく妄想を打ち切り月子に向き直る。
「次の年の名簿の二年生には梅島さんの名前はあるか?」
「ないです」
ということは
「昭和61年4月から昭和62年3月までの間に亡くなったってことですね」
うーん。もう少し絞り込めるといいんだけど。梅島さんの言葉の中に何かヒントあったっけな。・・・あ。
「亡くなったのは昭和62年の2月か3月だと思う」
「どうしてです?」
「今朝梅島さん、『一年生でやる勉強の範囲はだいたいおぼえてます!』って言ったんだよ。ということは一年生でやる勉強はほとんどやったってことだ」
「なるほどですね。じゃあその辺りに限定して行くです」
なるほどですねって言葉、なんか変な感じするんだけど月子が言うとそんなに変じゃないな。どうでもいいことだけど。
「次は死因だけど、ここで調べられるのかな。生徒の死因なんてさすがに図書室には残ってないよな・・・病気か、事故か・・・」
「あるかどうかはわからないですが、もしも事故だったらここにあるかもです」
そう言いながら月子は司書の席においてあるデスクトップPCのマウスに手を伸ばした。
「えっ!お前パソコン使えるの!?」
「伊達に暇人してないです。図書室にはパソコンのハウツー本もたくさん取り揃えてるです」
そう言いながら月子は慣れた手つきでFireFoxを起動した。FireFoxってとこが慣れてるっぽいな。検索窓に文字を打ち込み、開いたサイトは区立の図書館だった。
「ここで過去の新聞を読むことが出来るです。大きな事故とかだったら多分載ってるですし、ひょっとしたら病気ならお悔やみ欄に載せてる可能性もあるです」
「お前・・・すっげえな!」
そう言いながら月子の頭をぐりぐりと撫で回す。
「お、お兄ちゃん、女は頭をなでられると弱いというのはモテない男が考えた恋愛ハウツーですよ。好きでもない相手からされるとキモいです」
「別にお前を惚れさせるつもりはない」
嘘だ。ないこともない。だがしかし非実在青少年とは言え相手はどう見ても子供だ。こんな子供にアッハンとかウッフンだとかいうことをするのは気が引ける。嘘だ。したい。
「ただ、残念ながらここまで古い新聞だと画像データのみなので検索は出来ないです。ひとつひとつ読んでいくしかないです」
「十分だ」
と言ったものの二ヶ月分の新聞を読んでいくのは結構時間がかかる。クリック音だけが図書室に響く。1社だけでなく、各社の新聞を読みあさり、目当ての記事を見つけた頃には日が暮れていた。
「あっ・・・た」
昭和62年3月8日の新聞。
東武高校の女子生徒 いじめを苦に自殺か
声が出なかった。梅島さんの明るい態度をみて、事故か病気だと思っていた。あんないい子が。なんで。あんないい子なのに。どうして。歯を食いしばる音が漏れる。
「お兄ちゃん・・・」
心配そうに月子が顔を覗き込む。俺は画面から目を離すことが出来なかった。月子はうつむき、少し黙って、それからまたこちらを見て口を開いた。
「お兄ちゃん。あの幽霊さんのことは、ここまでにしておいた方がいいです」
何が?ここまでってなんだ?一体何を言ってるんだ?月子を見る。真剣な目だった。
「月子も考えが甘かったです。たかが高校生くらいの未練です。『日記を燃やしてくれ』とか『彼氏が欲しかった』とか、そんなくらいで済む話だと思ってたです」
俺が黙っていると月子は続けた。
「でも自殺者の場合は違うです。深い絶望と恨みを持って死んで行った人の『やり残したこと』というのは・・・あまり良くないことです」
復讐か、道連れか。そんな所だろうな。俺が何も言えずにいると、月子も少し黙り、それから俺の手を握り、口を開いた。
「会って間もないですが、月子はお兄ちゃんが面白くて優しい人だということはわかるです。なんとかしてあげたいと思っている気持ちもわかるです。ただ、これはどうしようもないです」
子供に対してするような、優しく、ゆっくりとした口調のまま月子は続ける。
「幸いまだ悪霊になっていないということは人を殺めてはいないです。人を殺めると悪霊になり、それから永遠の苦しみを味わうです。そうなる前に。成仏は出来ないけれど。終わらせることは出来るです。だから、ここから先は月子に任せてくださいです」
どうしようもないこと。そうなのかもしれない。今まで16年間、たいした経験もなく生きてきた俺に、自ら命を絶つ程の苦しみをどうにかすることなんて、出来ないだろう。もしも梅島さんが人を殺すことがやり残したことだとしたら、俺がそれを叶えたとしても悪霊になるだけで成仏は出来ない。俺に出来ることは、何もない。でも。
でも、俺は梅島さんの笑顔を見てしまったんだ。くだらない会話をした時の笑顔を。俺と夏海のケンカを見た時の笑顔を。「俺達に任せろ、成仏させてやる」って言った時の笑顔を。
俺は、その笑顔を好きになってしまったんだ。
椅子から立ち上がり月子を見る。月子もきっと、月子にとってしたくない決断をしたんだろう。少しだけ、目が潤んでいる。でも、決意のこもった眼差しだった。
「ごめん、月子。3日だけ待ってくれないか?」
俺がそう言うと月子は黙って頷いた。
次回は今週中にアップ予定です。