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学校へ行こう!(夜に)



それから2日間、俺は西へ東へ駆けまわった。夏海は相変わらず開かずの教室に通って宿題を手伝ってもらっていた。月子は梅島さんと夏海がふたりきりにならないように、開かずの教室に居てくれたそうだ。


夏休みももうすぐ終わる。日付が変わる頃、ひとりで家を抜け出す。夜の風は少し肌寒かった。ゆっくりと歩き、校門の前に着く。校舎を見上げると、無機質なコンクリートが一層冷たく感じた。


ちょうど今日は満月だ。月の灯りをたよりに廊下を歩く。二階に上がり、音楽室の前を通り、音楽準備室の角を曲がる。そこにある開かずの教室。梅島さんが何十年も過ごした教室。扉に手をかけ、中に入る。


「あら?竹ノ塚くん?」


梅島さんは窓際の机に腰掛け、外を見ていた。月の光に透明な肌を照らされている彼女は、ゾッとするほど美しかった。


「どうしたんですか?こんな時間に」


梅島さんの静かな声。


「少し、話がしたくて」


そう言いながら俺は椅子に腰掛けた。


「そうですか。嬉しいです。最近会えなかったから」

「ちょっとだけ忙しくてね」


月の光のせいだろうか。いつものようなコロコロとした笑顔ではなく、ぐっと大人びた微笑み。


「わたしもちょうど竹ノ塚くんと話をしたいと思っていたんです」


梅島さんはゆっくりと、座っている俺の後ろに滑っていく。


「やり残したこと、わかった気がするんです」


そう言いながら梅島さんは俺に後ろから覆いかぶさってきた。ちょ、ちょっと!そんな体勢になったら胸の感触が!・・・しない。


『触れようと思えば触れられる。触れて欲しいと思えば触れてもらえる』っていうのは一見便利なようで、実はすごく不便だ。特に、嘘をつく時に。


「抱いて・・・くれませんか?」


顔のすぐ横から梅島さんの吐息が聞こえる。梅島さんの腕に力が入り、抱く力が強くなる。俺は、ゆっくりとポケットから一枚の紙を取り出した。


『東武高校の女子生徒 いじめを苦に自殺か』


図書館でプリントアウトした新聞記事。梅島さんの腕がこわばるのを感じた。


「見つけちゃいましたか」

「うん」


しばしの沈黙。俺は教室を見渡す。


「ここ、梅島さんが居た教室なんだよね?」

「・・・はい。そうです」

「ここに居た時、どうだったの?」


梅島さんの指がピクリと動く。


「・・・地獄でした」


少しだけ、吐息が荒くなるのを感じた。


「わたし、引っ込み思案な性格だからなかなか友達が出来なくて。ずっと教室の隅で座ってました。でも少しでもみんなの役に立ちたいと思って、学級委員とかして。そうしたら、先生がわたしを贔屓するようになって」


ゆっくりとした口調。でも、少しだけ、声が震えている。


「それがみんなは気に入らなかったんですね。最初は小さないたずらでした。でも、それはだんだんエスカレートしていきました。毎日嫌がらせをされて、毎日暴力をふるわれました」


毎日繰り返される暴力。それがどれほど辛いものか、受けたことのない俺にはわからない。でも、普通の人間だったら耐えられるものじゃない。


「いつか終わると思って我慢していました。でも、それは終わりませんでした。ずっと、ずっとでした。・・・だから、自分で終わらせたんです。校舎から飛び降りて」


小さな、しかししっかりとした口調で梅島さんは続ける。


「気がつくと、ここにいました。わたしが死んだことを聞いても、みんなは変わりませんでした。まるでそんなことはなかったかのようでした。そして、そのうちに他のおとなしい子をわたしの次の標的にして、嫌がらせをはじめました」


梅島さんの腕に力が入る。


「わたしのような思いをその子にさせたくない。あんな地獄を味合わせたくないと思って」

「それで、こういう風に首を絞めた」


俺がそう言うと梅島さんは腕をほどいて後ずさった。俺は椅子から立ち上がり、梅島さんに向き合う。


「・・・どうしてこの教室が開かずの教室になったのか、調べたんだ。梅島さんはこの教室で亡くなったわけじゃないのに、なんで使わなくなったのか」


月明かりに照らされる教室を見渡す。


「梅島さんが亡くなってから、3人の生徒が立て続けに意識を失って倒れた。授業中になんの前触れもなく。そして学校は『ガスでも出ているようだ』と適当に理由をつけ、調査もせずに閉めたんだと。・・・梅島さんがやったんだよね?」


梅島さんは「フフフ」と口角をつり上げた。


「だって、許せなかったんです。次の子にわたしみたいな思いはして欲しくないし。みんな、わたしを追い詰めたことなんて何とも思っていないんですよ?こんな酷い人間、生きてていいのか。殺すべきだろうって」

「でも、殺せなかった」

「ちがうっ!」


俺の指摘に梅島さんは声を荒げる。


「殺してやろうと思ったわ!本気で!恨みを晴らしてやるって!誰かを殺さないとわたしはずっと未練に縛られたまま!このままじゃない!ただ少し力が足りなかっただけよ!」

「3人も、殺しそこなったのかい?」


言葉に詰まる梅島さん。


「殺せなかったんだろ?会って間もないけど、わかるよ。梅島さんは優しい子だ。今だって自分のことを追い詰めた奴らのことを『みんな』って言ってる。・・・君のやり残したことは、人を殺すことなんかじゃないんだよ」


梅島さんは、へたりとその場に座り込んだ。


「最後、飛び降りる直前、何を思ったの?」


焦点の合わない目から、涙がつつと流れた。


「ともだちが、ほしかったんです」


俺はしゃがんで、梅島さんの目を見て、話す。


「梅島さんはさ、すごくかわいくて、優しくて、天然ボケだけど、そこがあったかくて・・・最初は同情だった。好奇心もあった。でも、俺も夏海も、梅島さんのこと、好きになっちゃったんだよ」


梅島さんの手を握る。ちゃんとさわれる。


「俺と、友達になってくれないかな?」


梅島さんの顔がくしゃくしゃに崩れ、目から涙がボロボロとこぼれ落ちる。


「放課後、毎日ここに来るよ。くだらないおしゃべりしたり、一緒に何か食べてもいい。俺たちのこと、もっと知ってほしいし、梅島さんのことももっと知りたい。きっと楽しいよ」


「はい」


絞りだすような声で梅島さんが返事をする。と、同時に梅島さんの身体が光りだした。え、ちょ、ちょっと待って、何これ?


梅島さんは一瞬驚いた顔をして、それから俺を見て笑った。


「ありがとう」


そうして、光とともに梅島さんは消えた。





***



新学期が始まり、俺は宿題に全く手を付けていなかったことを怒られ、夏海は宿題を全て終わらせていたことを褒められた。放課後になり、俺は開かずの教室から外を眺めていた。梅島さんが何十年もそうしていたように。


「本当に、成仏しちゃったんだね」


後ろから声が聞こえた。振り返ると夏海が立っていた。


「ああ」


そう言ってまた窓の外を見る。


「楽しかったね。もっとたくさんお話しをしたかったな」


「ああ。でも、俺達と梅島さんは、ずっと友達だ」


俺は空を見上げて言った。


「そうだね」


夏海も空を見上げて言った。


「そうですね」


梅島さんも空を見上げて言った。


・・・あれ?


横を見ると梅島さんが居た。


「ぎゃあああああああああああ!!!」

「きゃあああああああああああ!!!」


俺と夏海の叫び声が開かずの教室に響く。今期3度目だよ!


「なんで!なんで居るの!成仏したはずじゃなかったの!!」


「しましたよ~。ほら、この通り」


梅島さんは足元を指さした。足が、ある。


「足が出来て、地縛霊じゃなくなったんです。だからこれからは普通の浮遊霊としてお二人と遊びにも行けると思って」

「そんなのアリ!?アリなんだ!?」


俺のツッコミにコロコロと笑う梅島さん。夏海も、笑いながら泣いている。良かった。これからも梅島さんと会えるんだ。もっと俺たちのことを知ってもらえるし、梅島さんのことも知れるんだ。


すると梅島さんは恥ずかしそうに俺の腕につかまり、耳打ちをした。


「それに、もっと欲が出てしまったんです」


「そ、それってどういうこと?てゆうかその前にむ、胸が、胸の感触が腕に、腕が挟み込まれるという今まで感じたことのない感触が腕に・・・」


「あーきーちゃーんー?」


後ろから金属バットを構える夏海の殺気!


「どうせあたしは胸がないですよ!!」

「ちょっと待てお前いったい何を言ってうわまてやめろ」

「お兄ちゃんは胸が大きい方が好みですか。月子は伸びしろがあるですよ」


いつの間にか月子も自分の胸を触りながらやってきた。


「話をややこしくするなー!!!」

「この変態ー!!!」


金属バットを持って追いかける夏海と逃げる俺、冷ややかに見つめる月子とコロコロと笑う梅島さん。どうやらもう少しだけこの楽しい関係は続くようだ。


俺は教室の床の冷たさと自分の後頭部から流れる血液の温かさを感じながら、そう思った。



最後急ぎ足になりましたが、これで完結です。

自分の好きな話を書けて大変楽しかったです。

ありがとうございました。

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