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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕には妹がいた

僕には妹が確かにいた。


四つ年下の妹は少し変わっていて、他の人間には見えないモノ、恐らく妖怪や精霊などと呼ばれる類いのモノが小さな頃から見えていたのだと思う。

妹は彼らの他の人間の目に映らない姿を見、聞こえないはずの声を聞いていた。

昔、一度だけ妹から彼らの話を聞いたことがある。

妹が何もない空間に向かって手を振っていたので、何をしているのかと尋ねると、


「あそこにね、お友だちがいるの。目が一個でね、お耳がピン、て頭の上にあるの」


そう妹は嬉しそうに、僕に語った。

しかしその話を偶然母に聞かれ、妹はひどく怒られた。

以降、妹は彼らの話を誰にもしなくなった。

周囲の人間は妹のことを気味悪がり、次第に父や母でさえも妹を疎んじるようになった。

妹は独りでいることが多くなってしまった。そう思っていたが、そんな時はたぶん彼らがそばにいてくれたのだと思う。

妹は彼らと彼らの世界に依存していき、益々妹と人間(・・)の溝は深くなった。


そして、あの日が訪れたのだ。


僕が十四歳の時のことだ。

当時隣県である事件が起こり、その事件の犯人が偶然僕の住む土地へ逃げて来ていた。

そして不運なことに僕と妹は巻き込まれてしまい、僕らは夜が迫る山の中を、必死に逃げていた。

死にたくなくて、ただひたすら生にしがみつくように、血の味がするほど呼吸を乱しながら、僕は妹の手を掴み引きずるように山の中を走り続けた。

方向なんて滅茶苦茶で、何処をどう走ったのかわからない。

小さな妹にはきっとつらかったはずだ。

しかし細かな枝でどれだけ傷がつこうと、足がもつれ崩れ落ちそうになろうと、足を止めるわけにはいかなかった。

奴に捕まったが最後、僕と妹の命は虫けらのように踏みつけられてしまうだろう。

だが限界だった。

妹がつまずき、僕も地面に倒れこむ。

そして奴に見つかった。

もうだめだと思った。僕は妹を強く抱き締める。

でも―――


「大丈夫、お兄ちゃん。私が……」


腕の中の妹の声がはっきりと僕の耳に届いた。


『――私が助けるから』


そこから先の事は、はっきりとは覚えていない。

ただ山中から地響きのような唸り声が轟ぎ、山が揺れ、僕は思わず頭をかかえ、必死に耳をふさいだ。

その声から強い怒りを感じた。

気がつくと、目の前にただの肉塊となった奴だったものが転がっていた。

その前で、妹が静かに立ち尽くしているという異様な光景が僕の目に飛び込んできた。

一瞬の出来事だった。僕が目をそらしていた一瞬の間に、全てが終わっていた。

おおよそ人の手では不可能な出来事。それが妹の一言で、心一つで行われる。人外の彼らがあっさりと牙をむく。

それほどまでに、妹と彼らは深く繋がってしまっていた。


「お兄ちゃん…」


妹が僕に手を伸ばしてきた。その手が、何故かとても恐ろしいと感じてしまい、僕は妹の小さな手をとっさに払いのけてしまった。

妹の表情が凍りついた。

はっとなり、しまったと思ったがもう遅い。

伸ばされた僕の手を、今度は妹が避けた。一歩二歩とうつむきながら後退る。


「ごめんなさい…」


消え入りそうな声で、妹は僕に謝った。


「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい」


「―――ッ!」


『待って、違う』

僕は胸を締め付けるようなその声を止めたて、妹に呼び掛けようとした。しかしその言葉が発せられることはなかった。


「ごめんなさい…バケモノ(・・・・)に生まれてごめんなさい…」


バケモノ…それは周囲の人々が妹に向けて言った言葉の刃。

僕は息をのんだ。

次の瞬間、強い風が吹き僕は思わず目をつむった。風がおさまり目を開けると、そこに妹の姿はなかった。


『バケモノに生まれてごめんなさい』

その後何年たっても、あの悲痛な声が忘れられなかった。

それが妹の最後の言葉だったから。


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