七話
「アナタ」
「分かっている」
声をかけてきた女性に、男性が答える。
その手には、何かの書類が握られている。
「では……」
「すぐに出かける。後のことは、あいつに任せておく」
「もちろん私も……」
「もちろんだ」
恋愛RPGの世界に悪役(?)として転生した話
その日の朝は、物音で目が覚めた。
「うにゅ?」
目を擦りながら物音をした方を見ると、掛けておいた制服が落ちている。
「……なんで?」
確か昨夜しっかりと掛けておいたはずなのに……。
「……まあ、良いか」
少し早いが、目が覚めてしまったので起きることにする。
身だしなみを整え部屋履きからブーツに履き替えていると……。
「ふえ!」
ブチッと言う音とともに、靴の紐が切れる。
「な、なんで?」
学園既定のブーツなのだが、戦闘に耐えうる丈夫な物なのだ。まだ下ろしたてで、新しい物のはずなのだ。
幸い、早く起きてしまったので、変えの靴を用意する時間はたっぷりあったのだが、なんと言うか……。
「縁起が悪いな……」
元日本人としては、そう思ってしまう。
その後も、縁起が悪いことが続く。
食堂ではコップがひとりでに割れ、通学途中では黒猫が何匹も前を横切り、カラスが盛んに鳴く。
……久しぶりの登校なのだが、テンション下がりまくりである。
「りりあ。おはよ、う?」
「久しぶりなのですが……どうしたのですか?」
よっぽど沈んだ顔をしていたのだろう、玄関ホールで会ったカリーヌとエヴァが心配そうに聞いてくる。
「あ~。え~っと。何でも無い」
縁起が悪いことが立て続けに起こったと言っても、向こうの世界の感覚であって、こちらの世界の感覚では今日起こった事は、特になんてこともないという感覚なのだ。
誤魔化しながら、武具保管用ロッカーに手を伸ばすと……。
「にゃっ!」
大きな音とともに、ロッカーの扉が触ってもいないのに落ちる。
思わず、手を伸ばした姿勢のまま固まってしまう。
「え? 壊れた?」
「そんなはずは……。確か今学期が始まる前に新しい物に入れ替えたはずです」
ロッカーとはいえ、武具を保管するために作られたものである。その辺に転がっている金庫など、目じゃないほどの頑丈さを誇る。
「私、触っていないよね」
「触っていないよ」
「いませんよ」
私の言葉に、カリーヌとエヴァが答える。
触っていたとしても、これを私が壊すことは不可能に近いのだが……。
「誰か、先生を呼んできてください」
とりあえず、原因を考えるのはやめて、周りのヤジ馬に先生を呼んでくるように頼む。
停学明けだというのに、気が重くなることが続くな……。
とりあえず、客用のロッカーを使うことにして、先生に事情を説明する。
こちらに非がないことは周りも証言からも明らかなので、事情説明の時間は直ぐ済んだ。
ロッカーの修理が済むまで、今使っている客用のロッカーを使うように指導されただけだ。
この後、本来ならば基本クラスの教室に行き、ホームルームを受けてからそれぞれの専攻クラスに行くのだが、今は学外実習が明後日に控えているため、それぞれのパーティーで集まり、訓練や実習の用意をしている。……私は参加できないが。
周囲があわただしく動いている中、私は自分のパーティーに合流するというカリーヌとエヴァと別れ、教えられた場所へと向かっていた。
教えられた通りに中庭に行くと、そこに目的の人たち――カミーユとパーティーメンバー、それとなぜかミカとどこかで見たことのある人がいた。
「カミーユ!」
「ん? リリアーヌか」
声をかけると、まずカミーユが反応し、その場にいた全員がこちらに気づく。
「リリアーヌちゃん。停学明けたの?」
「あら、案外早かったわね」
まず、声を掛けてきたのは、ミカとスウ。
残りの面々も、口々にお祝い(?)の言葉を掛けてくれた。
「それで? 何か俺たちに用か? 実習には出られないと聞いたが……」
「あ、うん。一言謝りたいと思って」
私の言葉に、カミーユは首を傾げる。
「謝る? 何を?」
「今回の件で、迷惑をかけたこと。ごめんなさい」
ますます首を傾げるカミーユ。
「謝罪は必要ないと思うが。今回のことで、リリアーヌの責任というものはないと思うのだが……」
「私自身もそう思っているけど、迷惑をかけたことに間違いはないから」
今回の実習場所は『はじまりの草原』という、比較的安全性の高い場所だ。彼らの実力なら、三人だけでも十分におつりがくる。
しかし、直前になって、私がパーティーから抜けたのだ。パーティー離脱の手続き、新たにパーティーを組んだのならばその手続きなど面倒臭いことが多々あっただろう。
「そうか、それでお前の気が晴れるなら……」
しぶしぶ、受け入れてくれたようだ。
勝手なことではあるが、気が晴れた私は、カミーユに実習をどうするか聞くことにした。
「三人で行こうかと思ったが、ミカの誘いでミカたちとパーティーを組むことにした」
「私たちのほうでも、個人的なことで前衛が抜けちゃったから、都合がよかったよ」
ミカたちのパーティーは、前衛が一人、後衛が二人、補助一人のパーティーだったとのことだ。
「なんでそんなに、バランスが悪いパーティーを……」
「う。本当は、カリーヌを誘う予定だったのだけど……」
タッチの差で間に合わなかったらしい。
仕方がないので、組めた前衛と一応前衛もできるという弓使いイホーク・キャメロンを前に出すという方法をとっていた。
しかし、家庭の事情で本職の前衛が抜けてしまったのだ。
「はじまりの草原だから、イホークでも十分いけるけど……」
「いけますよ。ですが、万全とまでは言えないです」
「真面目ね。イホーク君」
そう口を挟んできたのは、ミカパーティーの一人で、回復魔法を得意とするセレジェイア・パスコートだ。
ちなみに、この二人も攻略対象である。
……着実に攻略対象が集まってきているな。さすが主人公。
「無茶をさせるわけにはいけないと思って、カミーユに前衛を紹介してもらおうと思って相談したら……」
「それならば、ということで、パーティー合体を提案したわけだ」
その結果、前衛二人。後衛三人――内一人は前衛可――。補助一人というパーティーが誕生した。
「六人と人数は少し多いけど、バランスの取れたいいパーティーだと思うよ」
「まあな。若干、連携に不安が残るけど、上位を狙えるだろ」
私の感想に、カミーユが答える。
「……いけるといいね~」
答えながらも、若干の寂しさを感じる。
私は実習に行けないので、周りの話に積極的に入っていけない。その為、周りから取り残されていくような感じを受け、さみしく感じられるのだ。
「……リリアーヌちゃん?」
そんな私の気分に気付いたのか、ミカが心配そうに声をかけてきた。
「ん。大丈夫。慣れているから」
周りから無視されていた時のことを考えると、今の状況はまだ軽いものだ。
「それはそれで、悲しいものがあるよ……」
「……言って、私もそう思ったよ」
少し暗い雰囲気になったが、それをぶった切るように校内放送が流れる。
『リリアーヌ・ヴィヴィシュオン。リリアーヌ・ヴィヴィシュオン。至急、応接室まで来なさい。繰り返す……』
「え?」
呼び出されるのは良い(?)のだが、応接室?
「……まさか……」
「リリア~ヌ~!!」
応接室のドアをノックして中に入った途端、男性が私に抱きついて頬ずりしてくる。
その顔は見えないが、満面の笑みを浮かべていることは確信できる。
「お久しぶりです。お父様。後、放してください、ひげが痛いです」
そう、この人が、この国最大の土地(王家所有の土地より広い)を治めるラインボルト・ヴィヴィシュオン公爵――私の父親である。
普段は、冷静沈着なナイスミドルなのだが……
「な、なんだと! リリアーヌが不良に!!」
私のことが係わってくると、とたんに崩れる。
親ばかを通り過ぎて……って、ひげ! 力を入れないで! 背骨がミシミシいっている!!
「あ・な・た?」
横から聞こえてきた女性の声に、お父様の動きが止まる。
「リリアーヌが」
声とともに横から伸びてきた手が、硬直したお父様の腕の中から私をかっさらう。
「嫌がっているでしょうが!!」
そしてそのまま抱きしめられる。
お父様のことを『あなた』と呼ぶこの女性は、私の母のアニエス・ヴィヴィシュオンである。
とても四人の子供を産んだとは思えない若々しい美女だが、お父様と同じ欠点をもつ。
……親ばかというものである。
「まったく。あなたは……」
お父様に説教をしながら、私の頭を抱きしめるお母様。
以前説明したと思うが、私の胸が大きいのは母方の遺伝であると。そして、お母様は身長も高いと。
となると、必然的に……
「むぐー!!」
顔がお母様の豊かな胸に押しつけられ、息が出来なくなる。
男性の中で、こういう死に方をしたいというやつがいるが、実際にそんなにいいものではないことをここに明記する。
○月×日 リリアーヌ・ヴィヴィシュオン。
「お、おい! リリアーヌが!!」
「え? あ、きゃー! リリアーヌ。ごめんなさい。しっかり……」
両親のあわてる声をBGMに、私は意識を失った。
「……で? 何しに来たのですか?」
気絶から復活した私は、一人掛けのソファーに座り、対面のソファーに座る両親に聞く。
「二人とも忙しいはずですよね?」
お父様は、領地経営。お母様は、社交。と、忙しい日々を送っているはずなのだ。
領地経営もそうだが、社交というのもばかにならない。
社交場には、大勢の人が集まってくる。すると、必然的に噂話という形で情報も多く集まってくるのだ。
中には、根も葉もないものも存在するが、うまく取捨択一できればこの上ない情報源になるのである。
お母様が社交で得た情報をもとに、お父様が領地経営を行うというのが、家の基本的な運営法なのだ。
「その要の二人が、揃ってこんな所に来るとは、どういうことですか?」
「「それはもちろん……」」
「私にただ会うためと言ったら、オコリマスヨ」
「ま、待て! 会いに来たのは確かだが、ちゃんと要件はある!」
「そ、そうよ! それに、一日くらいなら、アルドフとイネスさんに任せても大丈夫よ」
「お兄様とお義姉様に?」
「うむ。いい機会だから、任せてみようと思ったわけだ」
アルドフお兄様は、長兄でお父様の後を継ぐために、今は補佐をしている。イネスお義姉様はアルドフお兄様のお嫁さんで、お母様の補佐をしている。
その二人と、優秀な家臣たちがいるのなら……
「お父様とお母様は、必要ないかも」
「「り、リリア~ヌ~(涙)」」
「じょ、冗談です。で、要件とはなんですか?」
マジ泣きする両親に若干ひきつつ、軌道修正する。
「む、ああそうだな。分かってはいると思うが、停学にいたるまでの諸経緯についてだ」
やはり、そのことか。
「停学を食らったという報告を受けたからな、調べさせてもらった」
「それで? どうでしたか?」
そう聞くと、お父様は事件について調べたということを話し始めた。
私とストゥルザの間にあったことは、私の記憶と寸部違わぬものだった。
「そうですね、とくに付け加えることはないですね」
「私が調べた範囲では、リリアーヌに落ち度というものはない。しかし、罰を受けたのはストゥルザではなくリリアーヌだ」
「ええ。そうなった理由は、大体想像できますが……」
「そうか。多分間違ってはいないぞ」
その後のお父様説明は、私の予想を裏付けるものでした。
上昇志向の強い教師長と事務長の二人とその取り巻きたちの暴走であると。
「それにしても、事情聴取ってあったのですか? まったく聞いていませんけど……」
「あったことになっているな」
「参加者も分かっているけど見てみる?」
そう言って、お母様が書類を渡してきたので、読んでみる。
「なに? これ……」
頭が痛くなる。
当事者としてストゥルザと私(なぜか出席を拒否したことになったいる)の名があるのは良いのだが、目撃者として名前が挙がっているのは、全部ストゥルザの取り巻き連中だ。
教師長、事務長の名前があるのは良いのだが、当事者の一人といえるマリーポサ先生の名前がない。
「ふざけてるでしょう」
「ふざけているな」
「ふざけていますね」
ここまであからさまに贔屓されているところを見れば、当然の感想だろう。
「学園内のことに関しては、私たちは不干渉であると以前言ったが……」
学園入学のときに、お父様から言われたことだ。
学園内において生徒は平等であるという決まりを、尊重しようとした意識から出た言葉で、事実私の学園生活について家族からの干渉というものは必要最小限にとどまっていた。
「さすがに、今回の件に関してはそう言ってはいられぬ」
「学園側が、決まりを破ったのよ。その責は取らせないとね」
「くっくっくっく」
「うふふふふふふ」
私に対して、手を差し伸べられなかったため溜まっているのだろうか、二人揃って暗く嗤う。
「どうする積りですか?」
「リリアーヌ。お前が決めて良いぞ」
「はい?」
何を言っているのでしょうか?
「すでに、陛下から許可を得た」
「第三妃様も賛同してくれたわ。『思う存分にやっちゃって』ですって」
「なっ」
何考えているのだ、陛下と第三妃は~!
あれか? 自分たちの教育の失敗を、他人に修正してもらいたいのか?
「これは、私が陛下に頼んだことだ」
「お父様が?」
「うむ。そろそろお前も、人の上に立つということを一部でもいいから感じてもらおうと思って、今回の件を任せることにしたのだ」
「思ったとおりにやればいいわ。駄目だったら、彼らには私たちが用意した罰を受けてもらうだけだから」
「分かりました。でも、実習が控えていますので、それが終った後ということでいいですか?」
「そうだな」
その後、話しは近況報告や雑談に移った。
久しぶりの家族との語らいは、楽しかったが、その後のことを考えると少し憂鬱になる私だった。