四話
「おーほっほっほっほ。来たわね」
「はい。約束のモノです」
女が、肩に担いでいたモノを床に下ろす。
「ふーん。結構可愛いじゃない」
床でもがいているモノを見ながらそう言う。
「後は好きにして良いのね?」
「はい。そう言う約束ですから」
恋愛RPGの世界に悪役(?)として転生した話
カミーユからパーティーに誘われてから、一週間が過ぎた。
幸い、断られることなくパーティー加入が決まり、顔合わせと申請も無事に済んだ。
だが、しかし――
「ごきげんよう。ヴィヴィシュオンさん」
「ご、ごきげんよう」
「おはようございます。ヴィヴィシュオン様」
「お、おはようございます」
「へ~い。リリア~ヌちゃん。今日も、かわうぃ~ね」
「あ、あははは。ありがとうございます?」
これは、どういう状況なのでしょう?
今まで、こちらから声をかけないと話してくれなかったのに、なぜか一夜にして向こうから話しかけてくるようになりましたよ。
本当に、これ、どういう状況なのだろう。
「ごめん。私には解りかねぬ」
「私にも解りませんけど、最後の声に答えを返さないほうがよいかと……」
昼休み、カリーヌとエヴァと食事を取りながら、この急激な変化について二人に相談する。
「うう……。二人にも、解らないか……」
原因がわかれば、この状況の緩和ができるかと思ったのだが……
「……はあ」
「疲れているね」
「無理もないです。慣れている私でも、少しきついですから」
いつものように中庭で食事を取っているのだが、中庭の人口密度が大きい。普段の三倍くらい。そして、そのほとんどがこちらを気にしている。
なるべく気にしないようにしているものの、何せ数が多いため無視するのも限界があり、気疲れしてしまうのだ。
そして、疲れる理由はそれだけではない。
「え? 分からない……ですか?」
「うん。あいさつや、話しかけてくれるのはうれしいけど、どういう風に接したらいいのか……」
「分からない。と」
「うん」
今まで、私が接してきた人たちは、溺愛してくる家族と家の使用人を除くと、親しく付き合っているのは目の前の二人位。話が出来るというような関係が勇者兄妹位。後は、事務的に話をした位……って、ずいぶん寂しい生活を送っているな、我ながら。
そんな調子で、人とかかわり合うことが極端に少なくなっていた私は、コミュニケーション能力というものが極端に少なくなっていた。その為、対応がしどろもどろになってしまうのだ。
前世では、リアル友だち百人を体現していたのだが……
「それに関しては、慣れてくださいとしか言えませんね」
「話が分からないなら、分からないって素直に言えば良いよ」
「うん。でも、話しかけてくれた人に申し訳ないような……」
「「周りにつられて、話しかけてこなかった人たちに、罪悪感を覚える必要無い(有りません)から!」」
「わ、分かった」
どこか間違っているような感じを受けたが、二人の勢いに押されて同意してしまう。
「それよりも、新パーティーの調子はどう?」
カリーヌが、話題を変えてくる。
「私の方は、連携も形になりつつありますから、問題無いかと……」
「私も問題なし」
「「で? リリア(さん)は?」」
これも、気が重くなる問題の一つだ。
「ファイアー・ボール。ファイアー・ボール。もう一つおまけに、ファイアー・ボール」
「ちょ、待て!」
「ちょとお! 焦げる! 私の髪がー!」
「ファイアー・ボール。あははは」
広い草原フィールドで、敵味方関係なく笑いながら魔法を放つ少年と、それを必死で避ける男女。
うん。グッドカオス。
今、私がいるところはシミュレーションルームと呼ばれている所である。
ゲームでもあった施設で、仮想空間で敵を相手に戦闘の練習をすることが出来る部屋だ。
仮想ということで、単純な動きしかしないが、練習ということならもってこいなので順番待ちが発生する人気施設である。
そこで、ここ三日ほど、同じような光景が繰り広げられている。
初日との違いは、私がさり気なく魔法の効果範囲から逃げたことと、前衛二人が魔法を避けることが上手くなったということ。
『敵、全滅確認。終了します』
「あ、終わりましたね。……って、早く正気に戻りなさい」
「ファイ――げふっ」
終了の放送が掛かったにもかかわらず、まだ魔法を放とうとしている馬鹿にボディーブローを入れて強制的に眠らせる。
……やっていることと、性格がいつもと違う? 違わないですよ。ここまでしないと、やっていけないからこうしているだけで、本意では無いです。無いですよ……多分。
「ログアウトします」
カミーユがそう言うと、一瞬で景色や他の人が消え暗闇になる。そして、空気の抜ける音とともに、筐体のふたが開く。ヘッドホンを外し、筐体から外に出て、同じように外に出てきたメンバーと合流する。
「お疲れ様。これからどうします?」
「反省会です。空いていますか?」
「五番ね。使用中札を出しておいてね」
担当教諭の指示に従い、全員で併設されている小会議室に入る。
これから、反省会をするのだが、その前にメンバー紹介をしよう。
ここにいるのは、実習のパーティーメンバーだ。
まず、私をこのパーティーに誘った、リーダーのカミーユ・アレアンティーク。槍使いで、前衛を担当する勇者(予定)様だ。百八十近い身長と茶色の髪と青色の目を持った平均的なイケメン君である。
次に、髪を気にしていじっているのが、スウ・ペルブランド。百七十セイルの高身長とボン・キュ・ボンとしか言いようのない理想的な体型に、豊かな金の巻き毛、ハシバミ色のたれ目と右下の泣き黒子がチャーミングな妖艶な美女である。……本当に同級なのだろうか?
戦いに出なさそうな感じを受ける彼女だが、結構好戦的で、得意武器はメイスのバリバリの前衛である。人は見かけによらないと言った良い見本である。
もう一人、床で土下座しているのが、ソール・ドリアーフト。百五十セイルという低身長。レモンイエローの髪とクルリと大きな藍色の瞳を持ったショタッ子である。
後衛の魔法使いで火の魔法が得意なのだが、一つ困った事がある。魔法乱射多幸症なのである。一回撃つと、魔力がなくなるか気絶するまで乱射を続けるのである。
そして、後衛で軽い回復役を務めるのが私、リリアーヌ・ヴィヴィシュオンという、四人パーティーである。
前衛二人、後衛二人という一見バランスが取れたパーティーに見えるが、一癖あるメンバーのせいで、実戦に出るには不安が大きい。と言うか、出てはいけないと思う。
「で? どうするのですか? 全く成長が見えないのですけど」
土下座しているソールをそのままに、反省会を始める。
「いや、成長が無い訳ではない」
「そうね」
「私たち三人の連携は、何となくだけど掴めてきたわ」
カミーユの言葉に私が同意すると、スウもそう言ってくる。
「私たち三人は、ね」
そう言いながら、床で土下座しているソールの方に目を向けると、ちょうど顔を上げたところだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
室内に、沈黙が訪れる。
藍色の大きな瞳が、涙でフルフルふるえている。童顔であることも相俟って、土下座させているこちらが悪者のような気分になる。
「……もう良いから、座れ」
疲れたようにソールに言うカミーユ。
とりあえず、慰めるように肩を叩いてやろう。
「さて、一週間が経ちましたが、成長が見られないのはどういうことなのかしら」
正座をさせられ、フルフルふるえるソールにスウがそう言う。
先ほど終了したシミュレーションは、最悪の出来だった。
選んだのは、弱いが数が多い相手。
基本は、前衛二人と私で守りを固め、後衛のソールが大規模魔法で一撃だった。
しかし、前衛の間を一体が通り抜けたことで破綻した。
私の迎撃が間に合うはずだったのだが、それより早くソールが魔法を放ったのだ。
後は想像の通り、防戦だったため避けきれず私たちは魔法の餌食。数に押され、ソールもやられると言った結果となった。
「私としては、最終通告を出しても良いと思うのですけど……」
「そ、それは……」
スウの最終通告という言葉に、何か言いかけるソールだったが、強い視線を受け黙りこむ。
流石に、今回はソールの“弱者の視線”も全く効かない。
「前に聞きました、理由が理由でありますので……」
ソールが、魔法乱射多幸症な理由は簡単なことだった。
元々、この症状は魔法使いの半数は経験するものだ。
初めて撃った攻撃魔法に――私はそうでもなかったが――大半の魔法使いは快感を得るということだ。そして、そのうちの意志の弱い者がそれをもっと感じたくなることによって、魔法乱射多幸症に罹るという。もっとも、罹る人数が多いため治す方法も分かっており、早い段階で治せるためこじらせる人はほとんどいないと言って良いということだ。
なら、何故ソールは未だに治っていないのか?
簡単に言えば、その容姿のためである。
小柄で童顔なソールは、顔も良いことから周りの女の子たちから守られる存在として扱われていたとのことだ。
試験や実習に置いてもそれは同じで、全くと言って良いほど魔法で何かを攻撃するということが無かったらしい。
それが今回、そんな女の子たちと別れ、自由にしても良いとなった時、今まで抑えていた何かが弾けてしまったのだろう。治っていたはずの魔法乱射多幸症に再び罹ってしまうこととなった。
「もう一度だけ、チャンスを与えましょう」
「あ、ありがとうございます!」
スウからの温情に、ソールは涙を流してお礼を言う。
「あら。お礼を言われるとは、思っていませんでしたわ」
「……え?」
ソールの困惑を無視して、チャンスの内容を話し始める。
「もう一週間だけ待ちます。それで成果が無い場合は……」
スウは、首を切るしぐさをする。
「一週間で治せばいいの? だったら……」
「ただし!」
ソールの言葉を、スウが遮る。
「貴方一人では、難しいと判断しないといけないでしょう」
「うっ」
まあ、この一週間の事を思えば当然の判断だろう。
「よって、私たちが推薦する先生に頼むことにします」
「えっと、僕の世話になっている先生じゃ、ダメなの?」
「「「ダメ(だ)」」」
ソールのお世話になっている先生(あえて名前は出さない)の座右の銘は、『可愛いは正義』だ。その為、可愛ければ何をやっても許してしまうところがある。
ソールが大のお気に入りで、甘やかしているという風に聞いている。……ちなみに、私も誘われたことがあるが、嫌な予感がしたのでお断りしたことがある。
一週間しか期間が無いのに、そんな先生の下での矯正は難しいだろう。
「えっと、誰?」
「シャン・マリーポサ魔法教師」
その名を聞いて、固まるソール。
「ちなみに、リリアーヌの推薦」
「ちょ、リリアーヌさまー!」
ソールの悲痛な叫びを、明後日の方向を向いてやり過ごす。
シャン・マリーポサ先生は、私の知る先生の中で一二を争う優秀な先生だ。
レベルの高い授業内容だが、丁寧かつ面白い。その為、難しいことでもスルスルと頭の中に入ってくる。生徒一人一人に真剣に向き合い、相談すれば何でも答えてくれる良い先生なのである。
しかし、そんな先生にも大きな欠点はある。
シャン・マリーポサ先生は、“おねえ”だということだ。
ただの“おねえ”なら問題無い(?)のだが、先生の場合、その容姿に問題があるのだ。
身の丈二メイル(一メイル≒一メートル)の筋骨隆々とした身体を持ち、顔は濃い。髪は、頭頂部を残して剃りあげており、残された髪の毛は三つ編みにしてリボンで留めてある。
そんな先生が、身をくねらせ女言葉で話すのだ、視覚及び聴覚にダメージを与えるということはよく判る。
良い先生であることは間違いないのだが、不人気の先生であることも疑い様が無いのだ。
……私は気にしないが。
「すでに頼んであるので……」
スウの言葉が終わらない内に、ソールは立ちあがって逃げ出そうとしたが出来なかった。
「あ、足が~」
どうやら正座し続けていたため、足が痺れているようだ。
「あら、ちょうど良いわね」
もの凄く良い笑顔で、ソールを縛り上げ肩に担ぐスウ。
「このまま行きましょうか」
「ちょ、まっ、助けてー!」
スウは、暴れるソールをモノともせずに会議室から出ていく。
私とカミーユは、なにも言うことも出来ず、ただ見送るしかなかった。
「なあ」
「なに?」
「あいつ大丈夫だよな」
「大丈夫だと思いますよ。言葉使いはともかく、良い先生であることは間違いないですから」
「そうか……」
「ただ……」
「ただ?」
「多分、一週間マンツーマンで過ごすことになると思うので、言葉使いがうつるのでは……と思いまして」
「……」
「……」
「……似合っているような気が……」
「私もそう思いますが、一応、彼も男ですから……」
「……祈っておくか」
「……そうですね」