三話
「それでは、会議を始める」
薄暗い部屋で、男が重々しくそう宣言する。
「会長。緊急とのことですが、なにがあったのでしょう?」
「聞き及んでいるだろうが、先だっての試験についてだ」
参加者の一人の質問に、会長がそう答える。それだけで周りは納得したのだろう、それ以上の質問がなされることはなかった。
「とりあえず、報復することは決めている。ついてはその方法だが……」
異様な熱気を発しながら、会議は続く。
彼らの後ろにある黒板には、でかでかとこう書かれていた。
『リリアーヌちゃんを見守る会 緊急幹部会議』
恋愛RPGの世界に悪役(?)として転生した話
「奇跡の合格。おめでとー」
「おめでとうございます」
「ありがとう。……って、なんか馬鹿にされているような気が……」
前回の試験の次の日。カリーヌとエヴァに会うなり、上記のセリフを言われた。
「いやいや、本気で言っているよ」
「そうです。パートナーが、恥ずかしながら、あの兄で……」
「相手が、息ぴったりのカミーユとミカだから……」
「「絶対に合格は不可能と思っていた(いました)から」」
二人が、声をそろえて言うことには、私も大いに賛成する。
私自信も、試験をパスすることを半ば諦めていたのだから……
「これで、補習はないし、来月の実習に出られるね」
「そうですね。いつものように、私たち三人で組みましょう」
「「賛成」」
話題に出てきた実習とは学外実習のことで、実際に魔物と戦いがある可能性が高い、実戦的な実習である。
三~六人くらいでパーティーを組み、ランダムで決められたスタート位置から目的地を目指すというもので、早くても半日、長いと三日以上掛かることもある。
事前に、どこで行うか、どれくらいの時間かということは知らせられるため、入念に準備することは出来るのだが、毎回何人かのけが人が出る――過去に死人が出たといううわさもある――危険な実習なのである。
それに、私にとってはこちらの方が重要なのだが、ゲームでは今回の実習で勇者の武器が手に入り、主人公は勇者認定されるのだ。ゲーム序盤の、学園パートの山場の一つである。
実際に、起こるかどうかは分からないが、私は起こるだろうと予想を立てている。
勇者認定がされるということは、魔王復活が確定することになる。
私の領では、お父様に対策をとるように以前から頼んで対策を立ててもらったため、大丈夫だと思うが、問題は他の領だろう。
前回の魔王没後百年以上、人類が滅びるというような――戦争により国が滅びることはあっても――危機は全くなかったのだ。
魔王が復活するという話が出た時は大騒ぎになったものの、目に見えた動きが無かったため気にしなくなってしまっているのだ。
今回の件が起これば、魔王復活が現実味を帯びる……というか、現実であるということが嫌でも判る。そして、その数週間後には魔王による大侵攻が始まる。
混乱は避けられないだろうな。
『あー、テステス』
そんなことを考えながらおしゃべりをしていると、校内放送が掛かる。
『今から呼ぶ者は、至急会議室に来るように。繰り返す……』
そうして、何人もの名前が呼ばれたのだが、その中に私たちも含まれていた。
「? 呼び出される覚えはないのだが……」
「そうですね。それに、他の方々の名前も聞いたことがありますが、問題を起こされる方では無かったはずです」
「考えていても仕方ないよ。行けば分かるよ」
ああだ、こうだ言っている私とエヴァに対して、カリーヌが一番単純な方法を提案してくる。
「そうですね。至急ということですし、急いだ方が良いかもしれません」
とりあえず、呼び出された意味は解らないが、会議室に行くことにする。
「おう、来たか。お前たちが最後だ。空いているところに座れ」
私たちが会議室に入ると、壇上にジャン・バレッタ剣術教師とローレンス・シュルト魔法教師がいた。
「さてと。それじゃあ、全員そろったところで、今回の呼び出しについて説明する」
私たちが席に着くと同時に、バレッタ先生が前に出て話し始める。
「簡単に言うと、お前ら今度の学外実習でパーティーを組むことを禁止する」
は?
「それはどういう意味ですか?」
「ん? 言葉通りの意味だが」
誰かが口に出した質問に、至極当然というように答えるバレッタ先生。
学外実習は、パーティーで参加することが原則決まっている。
そのことを踏まえると、先生は、私たちに実習には出るなと言っているってことになる。
「あ、あの~。バレッタ先生。言葉が足りな過ぎでは……」
「む? そうか?」
「はぁ~。そうです。私が説明しますから、そこをどいてください」
そう言って、前に出てきたシュルト先生が詳しく説明をしてくれる。
「まず、皆さんも知っていると思いますが、学外実習には特典が付いてきます」
特典とは、実習に置いて優秀な成績を上げたパーティーに与えられるものである。毎回、もらえる特典の内容は違っているが、学業に役立つモノが多い。
かく言う、私たちのパーティーも貰ったことがある。
「学生たちのやる気を出させるために用意したものですが、現状では、ここに集まってもらった上位四パーティーが独占している状態です」
「……そうなの?」
「ええ」
「知らなかったの?」
死亡フラグを折ることに夢中で、気にしてなかったからな……
私たちのパーティーが、上位ということも気にしてなかった。
「これでは、他の生徒たちのやる気を維持することが出来ないと判断しました。そこで、上位四パーティーを解散。四パーティーメンバー同士で組むことを禁止することを決定しました」
なるほど、実力の突出した上位のパーティーを解散させることによって、全パーティーの実力の平均化を図ると同時に、実力者をメンバーに入れることによるパーティーのレベルアップ化を全体的に行うと言った意図かな?
……私にはいい迷惑だけどね。
「あう~~」
パーティー禁止を言い渡されてから、一週間が過ぎた。
その日、私は、学内にあるカフェテラスで一人うなっていた。
理由? 簡単なことだ。一週間たったのに、いまだ私はパーティーを組めていないのだ。
今回の決定は、私たちに説明があった次の日に発表された。
当然のことながらその反響は大きく、大騒ぎとなった。
特典を占有していた上位パーティーが無くなり、さらにそのメンバーを仲間に出来るかもしれないとなると、それは起こるべくして起こることだろう。
その日から起こった勧誘合戦は、熾烈を極め、それはいまだに続いている。
カリーヌとエヴァがこの場にいないのも、それが理由なのである。
だが、私はそんな大騒ぎの輪から外れている。
現在、私に周りによる勧誘というものはない。いや、何人かに誘われたのだが、何故か次の日には向こうから断られてしまうのだ。
自分から動いてみたものの、やはり色よい返事はもらえなかった。
……どれだけ私、嫌われているのだろう……
「うう~~」
うなっていても始まらないが、今の状況は唸るしかない。
「珍しいな。一人か?」
「うん? カミーユか。そっちこそ珍しいね、私に声をかけるのは」
うなっていた私に声をかけてきたのは、勇者になる予定のカミーユだった。
前回の試験の後、妹のミカとは会えば話す程度の友情(?)関係を築いていたが、カミーユとはあいさつする程度で、話すということはなかったのだ。
「まあ、気が向いたからな。それに、一応知り合いが、あんな風にうなっているのをほっとくことは出来ないからな」
……お人よしって言うのも、勇者の資質の一つなのかな?
「で、どうして一人でうなっていた?」
「……それは……」
誰かに話を聞いてもらいたい気分だったので、話してしまうことにした。……一応、知り合いではあるし。
SIDE カミーユ
失敗したかな~。
「だから! なんで断るの? そんなに私のこと、みんな嫌いなの?」
妹の友人であるヴィヴィシュオンが、何やら悩んでいるようだったので、話を聞くことにした。
始めは、ごく普通に話していたのだが、いつの間にか愚痴のようになり、同じことを何度も繰り返し話すようになってしまった。……よっぽど溜まっていたのだろう。
要するに、『自分は嫌われているのか、パーティーが組めない』ということで悩んでいたのだという。
悩みとしては普通のことだったが、『嫌われている』というのはよく判らなかった。
その辺を聞いてみたところ、帰ってきた返事は『周りの人が、話しかけてくれない』とのことだった。話しかければ答えてくれるものの、それだけだとのことで、原因は不明。入ってきて、すぐにそうなったとのことだ。
「あー。原因が判らないから、そのことに関しては力になれないが、パーティーについては力になれるぞ」
まあ、簡単なことだ。
「俺のパーティーに入ったらいい」
「え?」
「今のところ、俺のパーティーは三人だ。まだ余裕はある。まあ、仲間に聞かなければ分からないが……」
「……」
そう言ったところで、ヴィヴィシュオンの顔が暗くなる。
何度もそう言われて、断られたからだろう。
「大丈夫だと思うぞ。お前、確か回復魔法は使えたよな?」
「ええ。ちょっと中途半端だけど……って、なんで知っているの?」
「カリーヌから聞いた」
「……カリーヌ……」
「戦闘が出来て、回復魔法も出来る。そう言うやつなら、断られることはまず無いだろう」
がっくりと肩を落とすヴィヴィシュオンに、そう声をかける。
「……期待せずに待っている」
とりあえず、明日返答するということにしてその場は終わった。
「……」
その後、ヴィヴィシュオンと別れたのだが、どうやら複数人に尾行けられているようだ。
話をしている間も視線を感じていたのだが、ヴィヴィシュオンではなく俺に用があるということか。
とりあえず、校舎裏へと足を向ける。人がいない方が良いだろうという判断からだ。
「……そろそろ出てきたらどうだ?」
校舎裏に人がいないことを確認して、背後の気配に声をかける。
「気付いていたか」
「当然だろ」
出てきたのは、十人程の男女だった。スキンヘッドの男を中心とした集団なのだが、一人一人に共通点が見つからない。強いて言うなら、それぞれが得意であろう武器を携えていることだろう。
「で? 話が在るのだろう?」
「ああ。単刀直入に言う。彼女をパーティーに入れるのをやめろ」
「ヴィヴィシュオンのことか?」
俺の問いに、スキンヘッドは肯定の意を示す。
「理由を聞いても? いや、お前らにそんなことを言う権利はあるのか?」
彼女が断られ続けた理由がこいつらにあると思い、聞いてみることにする。
「この状況で、理由を聞くか……。良いだろう、話してやろう」
そう言うと、スキンヘッドは嬉々として語りだした。
「俺たちは、『リリアーヌちゃんを見守る会』だ」
「は?」
「俺たちの天使である、リリアーヌちゃんの日々の生活を見守ることを主活動とした団体なのだ」
「……」
ますます訳が判らん。
活動も馬鹿らしいが、生活を見守るから、どうしてこんなことをするのか、サッパリだ。
「俺たちの目標は、リリアーヌちゃんが日々平和で穏やかな生活を送るのを手助けすることにある。故に、危険なことに巻き込もうとする貴様を排除しなければならないのだ」
「……聞くが、ヴィヴィシュオンに話したり、話しかけられたりしたやつを脅したか?」
「当たり前だろう。俺たちには、リリアーヌちゃんに話しかけてはいけないという鉄壁の掟がある。それを差し置いて、リリアーヌちゃんに話しかけるなど、万死に値する」
ダメだ、こいつら。
完全に、視野狭窄状態だ。
こいつらがやっていることで、ヴィヴィシュオンの奴がどれくらい追い込まれているか、全く判って無い。
「さて。説明も終わったし、そろそろ俺たちの目的のために、貴様には退場してもらわなくては」
そう言いながら、スキンヘッドは両手持ちの大剣を構える。それに倣って、周りの男女もそれぞれの武器を構える。
俺も武器を構えようとしたが、止めた。
「諦めたのか? まあ良い。覚悟「覚悟するのは貴様だ」……え?」
スキンヘッドたちの後ろに、怒りを露わにした男たちがいたからだ。
「貴様たちが仕出かしたことは、後できっちり聞かせてもらおう。連れていけ」
いつの間にか、拘束されていたスキンヘッドたちが、何処かへ連れて行かれる。
その場に残ったのは、俺と後から来た男たちの中心人物と思われる男だけだった。
「すまん。会員が迷惑をかけた」
男が頭を下げる。
「会員って事は、貴方が彼らの上役か?」
「ああ。『見守る会』会長のシーリス・ホースマンだ」
そして再び頭を下げる。
「今回の件については、俺の監督不行き届きだ。改めて、謝罪する」
「まあ、俺自身は特になにもされていないけど、他の人には……」
「無論、謝罪しなければならないだろう。あいつらが吐いたらその情報をもとに行くつもりだ」
「そうか」
「それにしても、こんなことが起きるとは……やはり、組織がでかくなりすぎるとこういうことが起こり得るのか……規約を……」
「あー。行っても良いか?」
何かブツブツ言い始めたホースマンに、帰ることを告げる。
「おお。すまん。構わない」
そのまま帰っても良かったのだが、お節介ついでに一つ言っておこうか。
「ヴィヴィシュオンに話しかけないという掟。あれは止めた方が良い。無理だとしても、挨拶ぐらいはしてやれるようにした方が良い」
SIDE OUT
次の日から、リリアーヌが大勢の人たちから話しかけられるようになり、目を白黒させるのは、また別の話。