二話
なんだろう、この状況?
紅茶の入ったティーカップ片手に、私は考える。
そもそもの始まりは……
恋愛RPGの世界に悪役(?)として転生した話
そもそもの始まりは、カリーヌとエヴァだった。
良い所に連れて行くと言って、私を引きずって行った先は、学園内にあるオープンカフェだった。
「遅かったな」
「遅かったですね。カリーヌちゃん、エヴァンジェリン様」
何故かそこには、勇者(予定)兄妹が居て、こちらに呼びかけてきている。
「ごめん。リリアを連れ出すのに時間がかかって……」
「ごめんなさい。あと、ミカさん。私のことは、エヴァで良いですよ」
「分かった。エヴァ様で」
「様も良いのですけど……」
何時の間に仲良くなったのでしょう?
「「「「授業」」」」
ああ、私の出ていない授業で……って事ですね。
「え~っと、初めまして。私は……」
「知っています。カミーユ・アレアンティークさんと、ミカ・アレアンティークさんですね」
「そうだが……」
「基本クラスが同じなので、知っていますよ」
この学園は、個人個人でカリキュラムが違うのだが、朝の出欠は固定クラスで行う。それが基本クラスというものなのだが、現代世界と違いクラスのつながりというのは薄い。カリキュラムのクラスの方が、つながりが強い。
「リリアーヌ・ヴィヴィシュオンです。よろしく」
「その場合は、槍を使うべきだと思うのだが……」
「槍か~。でも小回りが……」
「この個所と、この個所は省略できると思うけど……」
「ダメですよ。ここは……」
「……」
私は、無言で紅茶を飲む。
冒頭でも思ったが、何だろう、この状況?
カリーヌとカミーユが戦い方について意見を交わしている隣で、エヴァとミカが呪文の短縮が出来ないものかと検討している。
四人が、それぞれ楽しそうに話している中、私は一人紅茶を飲む。
大勢(?)でいるはずなのに寂しいというこの感じは、時折学園で感じるものと同じ……いや、それ以上か。
ここに連れてこられた理由というのは、何となく判る。
友人の少ない私に新たな友人をと思い、この場をセッティングしてのだと思うが、この状況では友人を作るなんてことは出来ないだろう。
普段なら、カリーヌとエヴァは私をこんな状況に陥らせるということはない。
現に、最初の方は五人で普通に話をしていた。
それが、勇者(予定)兄妹から、自身の戦闘スタイルから来る話題が降られた途端、この状況に陥りました。
確かに、私とではこんなにディープな話は出来ないでしょうが、彼女たちが目的を忘れるほど夢中になるというのは少し異常な気もする。
……もしかして、これが主人公効果というやつなのか?
アドベンチャーゲームなどでよくある現象だが、主人公が話しかけるとヒロインは必ずそれに応じるというものがある。
それのルールが、この世界でも当てはまるとしたら……
カミーユとミカ……恐ろしい子。
「だから……こうだって」
「ふむ、実際……」
「ここがこうだから……」
「でしたら……」
現実逃避をしている間も、会話は続いていたようで、私のことを気にしてはいないようです。
「……」
私は、無言で席を立つ。
普段はこんな無作法なことをしないのだが、ふと、こう思ってしまったのだ。
“私、別にこの場にいなくてもいいのではないか”と。
ほとんど音も無く立ちあがった所為もあるが、四人は話に夢中になって私が席を立ったことに気付いていない。
「……」
少しさみしさを感じながら、私は自分の飲んだ分の代金を払い、その場を後にした。
「「「ごめんなさい」」」
む、セリフが重なった。
昨日の無礼な行動に対して私は謝ったのだが、向こうも自分たちの行動に対して思うところがあったのだろうか、三人で落ちあうと同時に謝るといった行動に出た。
「えっと、昨日の態度についてだったら、もう良いよ。私も、失礼な態度をとったし……」
「それでも謝ります。昨日のことに置いては、私たちが主催者だったのですから……」
「リリアを楽しませなければいけないのに、それが出来なかったのだから、私たちが謝るのは当然だよ」
そう言って謝ってくる二人に、本当に気にしていないことを告げる。あれぐらいのことで、壊れる友情ではないのだ。
「そう言えば、そろそろアレの時期だよね」
いつも通りのおしゃべりに興じている時、カリーヌがふと思い出したようにその話題を口にする。
「そう言えば、そうでしたね」
「楽しみ……だけど、不安もあるな」
「「確かに」」
カリーヌが言うアレとは、実技試験のことで、教師が割り振った二人一組で戦う模擬戦である。
「直前まで、誰とペアになるか分からないから、対策が立てられない所がね……」
この試験は、単に戦闘能力を計るという単純な物ではない。
初めて、もしくはそれに近しい者と、僅かな時間でどれだけ連携が取れるかというところも見られる。簡単に言えば、コミュニケーション能力も重要視されているのだ。
ただ、単純に勝つだけで良いという訳ではないところが、この試験の難しい所だ。
「ま、なるようになるでしょ。いつも通りにやれば」
「そうですね。よっぽど外れくじを引かなければ大丈夫ですね」
二人にとってはそれだけだろうが、私は別の意味でこの試験に注目している。
実はこの試験、ゲーム序盤の学園パートの重要イベントの一つなのである。
リリアーヌが好感度最低のキャラと組んで主人公と戦う……要するに、好感度確認のイベントで、勝てばその場にいるキャラの好感度が上がるため、好感度上昇のチャンスなのだ。
この世界が、ゲームに沿って動いていることは間違いないと思う。
となると、私のペアは、ゲームでおなじみの人であり、相手はカミーユかミカのどちらかとやはりゲームでおなじみの人であろう。
負ける気はさらさらないので、誰が来ても良いように対策を考えておこうかな。
「そう考えていた時期が、私にはありました」
「? なにを言っている?」
「さあ?」
簡単に状況を説明します。
今、目の前に対戦相手として立っているのは、勇者(予定)兄妹。
あれ~? 初めての人同士が組むはずでは?
「ん? ああ、あいつらは初めてだからな。今回は特別だ」
審判役の教師に尋ねたところ、そんな答えが返ってきた。配慮としては良いかもしれませんが、私にとってはいい迷惑です。
それに、私のパートナーは……
「僕の為に、力を尽くせよ」
「いや、貴方も戦ってください……」
「何故、そんなことをしなければならない? 僕は王族だぞ。指示を出すのが仕事だ。直接戦うなど、下賤な者に任せておけばいい」
「……はあ」
「分かったな。後はお前の仕事だ」
ため息をつく私に目もくれず、言いたいことだけ言うこの男が、今回の私のパートナーでこの授業最低最悪の外れくじと言われる、ストゥルザ・セイル。この国の王子で、エヴァと同い年の異母兄である。
一応、この男もゲームの登場キャラクターである。攻略キャラではないため、特には気にしていなかったが、ここでかかわってくるとは予想外だった。
「た、大変そうだね」
「……ああ」
ミカが、同情するように声をかけてくる。
そんなやり取りをしている間に、ストゥルザはいつの間にか闘技場の隅に用意されていたテーブルセットに、取り巻きである女生徒達と一緒に着いて観戦している。
指示を出すのが仕事と言っておきながら、なんの指示も受けていないのだが……
「大丈夫なのか?」
「大丈夫……と言いたいところだけど、正直きつい」
あの男は戦闘には全く参加しないから、実質二対一の戦いになる。コミュニケーション点が最悪な上に、戦闘面でも圧倒的に不利な状況だ。
この授業、最低最悪の外れくじとはよく言ったものである。
「双方、準備は良いか?」
審判が声をかける。
「「「はい」」」
そう答えて、私たちは武器を構える。
「では、始め!」
まずは、敵の戦力分析。
カミーユは槍、ミカは杖を構えている。
ということは、カミーユが前線で戦い、ミカは補助もしくは攻撃魔法による攻撃といったところだろう。
オーソドックスだが、隙のない戦闘が予想できる。
兄妹ということで、コンビネーションの方も問題ないだろう。
うん、付け入る隙がない。
「とは言うものの……」
やらなきゃ始まらない。
私の武器は、短刀。その中でも、飛刀と呼ばれる投てきに適したものだ。柄頭の所に細めのロープが付けてあり、投げた物が回収できるようにしてある。……まあ、ロープの役割はそれだけではないのだが。
「先手、必勝!」
掛け声とともに、両手に持った飛刀をカミーユとミカに投げる。
「甘い!」
「……」
直線的に飛んでくるだけの物なので、打ち払うのは難しくないだろうと思っていたのだが、両方とも簡単に払いのけられるというのはちょっとへこむ。
だが……
「なに!」
「え?」
払いのけたはずの飛刀が、そのまま地面に落ちること無く襲ってきたのだ。
慌てて避けるも、間断なく襲いかかってくる飛刀に防戦一方になる。
これが私の戦闘方。ロープを通して魔力を送り込むことで、飛刀を自由自在――とまではいかないが――に操り相手を攻撃する。
上手くやれば、相手のその場で釘づけに出来る。
「くっ、この!」
飛刀をはじくだけでは意味に無いことを悟ったのか、カミーユは飛刀を叩き落とし踏みつける。ロープが伸びきってところで、間髪いれずロープを切ろうと槍を振るう。
「無駄」
「なん……だと」
ロープが、穂先をはじき返す。
ただのロープではなく、特別製のロープだからこそ出来る芸当だ。
一見、ただのロープに見えるのだが、実はミスリル銀を伸ばして糸状にしたものと、アラクネーの糸、私の髪の毛を編み込んで作られたものなのである。
元々丈夫さは折り紙つきなのだが、魔力を流し込むことでさらに強度が上がっており、ちょっとやそっとでは切れなくなっている優れモノなのである。
「よっと」
「!」
私は、ロープを操作してカミーユをとらえようとしたが、あっさりと避けられる。
一回で無駄だと判断した、カミーユは避けることに専念しだす。ミカの方も、避けることに専念しているためか、魔法を使う素振りはない。
「……まずいな」
一見、縦横無尽に飛び回る飛刀を使い、私が有利に見えるのだが、事実は違う。相手の攻撃をなんとかさせないというだけである。二人に決定的な打撃を与えられてはいない。
私の最大の弱点、決定力が無いというものが如実に表れている。
それを補うのに、飛刀の数を増やす、速度を上げるというのがあるが、今の私には無理である。
まず数を増やすだが、今の状態から一本でも増やすと途端にコントロールが悪くなる。正確な攻撃がこの術の肝である以上、コントロールが悪いということは害悪である。
また、速度を上げるのは簡単に出来るのだが、それによって私自信が飛刀を視認できなくなり、正確な攻撃といったことが出来なくなったためやらない。
それ故に、パートナーが必要なのだが……
「はい、ストゥルザさま」
「ご苦労」
こちらを見ようともしないで、取り巻きの女生徒といる。
この授業、成績が悪いと補習もあり得るため、大体の生徒が真面目に取り組むのだが、関係無いとばかりの態度に流石にイラッとくる。
こっちは、ジリ貧の戦いをしているのに!
そんなことを考えていたのが、まずかったのだろう。
「はっ!」
「え?」
一瞬目を離したすきに、カミーユによって、一本の飛刀の刀身部分が砕かれる。
どうやら、余計なことを考えていたため、コントロールが甘く攻撃が直線的になっていたようだ。
体術があまり得意ではないミカでは難しいが、得意なカミーユにとっては大チャンスだったらしく、飛刀の動きを見切って正確に刀身に突きを入れた結果、刀身を砕くということが出来たということだ。
「くっ」
慌てて、思わず無事なもう一本の飛刀を迎撃に使うが、すぐにそれは間違いだったと気付く。
「ファイアー・ボール」
ミカの力のある言葉とともに、サッカーボール大の炎の玉がこちらに向かってくる。
一瞬のうちに、魔法が放てるくらいに集中できる精神力は、流石としか言いように無い。
「くっ……。間に合え!」
柄だけになった飛刀を操作して、ロープが円盤状になるようにする。ミスリル銀に魔力を通しているのだ。こうすれば簡易的な盾にもなるのだ。
「……って、にゃあ!」
盾は間に合い、炎自体は防いでくれた。だが、爆発の威力を殺すことに失敗した私は、少し吹っ飛ばされてしまう。
あの一瞬でここまでの威力……流石だ。
……っていうか手加減して! そんな威力の物当たったら、怪我じゃ済まないから!!
「勝負ありだな」
首筋に槍の冷たい感覚。どうやら、吹っ飛ばされた衝撃で目を離してしまったため、飛刀の動きが止まってしまい、カミーユの接近を許してしまったようだ。
「そうです「だめだ」ね?」
こうなってしまうと手はないので、負けを認めようとした時、横からそれを否定する声がする。
言わずと知れた、外れくじ男の声だ。
「まだ、戦えるだろう。僕に恥をかかせるつもりか?」
は? なにを……
「僕の指示通り動けば、そんな様をさらさなかっただろうに」
いや、なんの指示も受けていないのだが……。取り巻きの皆さん、私が悪いという目で見ないでほしい。
「だが、今からでも遅くない。僕が指示した通りに動くのだ。まだ「黙れ、ストゥルザ」……え?」
それまで、黙って見ていた審判が声を発する。
「本来ならば、こういうことには口を出さないのだが、今度ばかりは出させてもらう」
学生の試験である以上、教師が口出しするのはよろしくないのだろうが、前々から問題になっていたこともあり限度を超えてしまったのだろう。
「試験の途中だから、今はとやかく言わない。後で指導室に来い。お前ら三人は、試験合格ということにしておく。全員下がれ」
「「「はい」」」
「な、ぼ、僕を誰だと……」
「下がれと言ったが?」
「は、はい!」
ストゥルザは何か文句を言おうとしたようだが、教師から発せられる威圧感の前に屈したのか、取り巻きを引き連れてそそくさと闘技場を後にする。
どことなく、グタグタ感はあったものの、試験は無事に終わった。
だが、問題も一つ浮上してきた。
男女主人公が両方いることから、薄々気づいていたが、今回のことでそれがよく判った。
この世界、世界観はゲームを踏襲しているようだが、細部はかなり違う。
その違いが、メインシナリオまで達しているのなら、この先私のゲーム知識が役に立たなくなるかもしれない。
「……どうなることやら」