ホットミルク
ブランデー入りのホットミルク。それがいつもの私の寝酒。眠れない夜に試したそれが習慣になったのは、もう随分前のことになる。
幼馴染の結婚を知ったのは、ついさっきのことだ。会いたくなってきまぐれに連絡すれば、すぐに候補の日程を返してくれる、そんな子だ。
彼女は、私のことが好きだったんだと思う。私の自惚れた勘違いかもしれないけれど、この手の勘を私は外したことがない。
いつもみたいに、「ひさしぶり! 元気? 近々会わない?」とメッセージを打つと、すぐにいつものように「久しぶりー! 週末はどう?」と返事が来た。メッセージアプリを開くと追撃。
「私ね、明日結婚します!」
結婚のきっかけを作ったのは、元を正せばほかでもない私だ。
成人式ぶりに会いたくなって連絡した数年前。ちょうど同級生の結婚ラッシュだったころ、いつかは結婚したいよねという話を二軒目の安居酒屋でした。そのとき話題に上がった既婚者の同級生に私が連絡を取って、すぐにまた三人で女子会を開いた。結婚式を挙げるという話でひとしきり盛り上がって、当時彼氏と同棲していた私は社交辞令的に羨ましがったのを覚えている。
「私も結婚したいんだよね。でも、保育士でしょ? 出会いがなくて。誰かいい人いない?」
幼馴染がそう言い出して、空気が変わった。顔の広い同級生が、素早く友達の友達をピックアップする。結婚を前提に付き合っていた彼女と別れたばかりだという二つ年上の男だった。
その場で連絡をして、友達を紹介しあう体でコンパが組まれた。私は仕事で行けなかったけれど、後日彼からアプローチされて付き合うことになったと聞いた。
あれからもう三年くらい経つ。マッチングアプリで出会って短期間で結婚した話がゴロゴロ転がっているご時世に、まじめな彼女はさぞ慎重に検討したことだろう。
そんな彼女の結婚は本心でとても喜ばしい。直接縁を繋いだのは同級生だが、そこに引き合わせたのは私なのだ。彼女の望みが叶って誇らしくすらある。それでも一抹の淋しさは拭えない。
バーテンダーの真似事をしていた私の家には多種多様なカクテルづくりのパーツが揃っている。災害ともいえる感染症の流行を機に会社員に転身したものの、道具や酒はそのままにしてあった。
ブランデーだけを日々減らし、たまに補充し、また減らす。人が来るときにウイスキーやジンが減ることはあっても、ほとんどの瓶は埃を被ったまま置物と化してしまっていた。
しかし、そんな置物が日の目を見ることもある。幼馴染の結婚の報せを受けて、なにかいい酒を開けたくなったのだ。
棚に無秩序に押し込んでいる瓶をダイニングテーブルに並べると、ほとんど減っていないピンク色の液体が目に留まった。桜のリキュールだと思った。桜が咲き始めたこの季節に、祝い事にぴったりだ。カクテルにでもしようと手に取って、バラのシロップだったことに気がつく。
――小学生のころ、バラ園に行った。私と、幼馴染と、同級生何人かで。バスに乗って、電車に乗って、水筒とお弁当を持って。実が生るように咲くバラに囲まれてピクニックをした。
売店で売っているアイスは、バニラとチョコとバラ味だった。初めて出会ったバラ味を食べてみたかったけど、持ってきたお小遣いじゃ足りない。幼馴染と半分ずつお金を出し合って一緒にひとつのアイスを食べた。甘味料と香料の甘ったるい味だった。
記憶の奥底に眠っていた思い出が、バラの香りとともに目を覚ます。
ホットミルクにシロップを垂らしてベランダに出た。桜はもうとうに咲いているというのに、季節外れの雪が降っていた。部屋着にしているパーカーの心もとないフードを被って煙草に火を点ける。
そうか、結婚するのか――。
幼稚園の園庭で走り回ったことを、小学校の発表会で双子の役をやったことを、中学生のころ急に態度がおかしくなった時期のことを、高校生になって初めてできた彼氏を紹介したときの顔を、次々に思い出す。写真に残っていたら結婚式のスライドショー用に提供したのに。
白い息と煙草の煙が混じり合って空に消える。口をつけたホットミルクは甘ったるくて、ほんのり苦い。バラの香りが鼻に抜ける。
胸に溜まる言いようのない感情はなんなのだろうか。雨のように降る雪は落ちたそばから水に変わっていく。空が私の代わりに泣いてくれているようだった。
二本目を吸おうとマッチを擦って、肝心の煙草を咥えていないことに気づく。
私の方が好きだったのかもしれない。
雪に濡れて消えゆくマッチの火に心を重ねた。




