怪獣の町
ある日の午後、もうじき散歩から帰るというところで、近所でも評判の怪獣博士に呼び止められた。
「もしやとは思いますが、あなたこれから商店街に出かけるご予定ではありませんか」
この突然の問いかけにわたしは、
「はい、そうですけれど……どうしてわかりました?」
「やっぱりそうだ。今のあなたのお顔には、残念ながら死相が浮かんでいる。よしたほうがいい。今日は商店街によくないことが起こる」
「はあ」
わたしは怪獣博士がいつも少しばかり、おかしな言動をすることに慣れていたから、今回もそんなものだろうと意に介せず家に入った。
家では子どもたちが怪獣ごっこをして遊んでいた。怪獣博士の影響だ。あの御仁は子どもたちのあいだでは妙に人気がある。
「あっ、お父さん、今日の夕飯はファミレスで食べるんだよね」
「うん、そのつもりだよ」
「やったー、これで本物の怪獣に会えるぞ」
「え?」
「怪獣博士がね、今日の夕方から夜にかけて、商店街に大怪獣ハテナンが現れるよッて教えてくれたんだよ。ねえ、次郎」
「うん。それで太郎兄ちゃん、ハテナンに難しいクイズを出して、困らせるんだとか言って張り切ってるんだ。ぼくはかわいそうだから、やめたほうがいいと思うんだけれど」
このときわたしはまだ、来たるべき運命を予想することすらできなかったのだ。
*
夕暮れを迎えた街はわたしたち一家四人を幸福のうちにファミレスへと招き入れた。と、妻がおかしなことを口走った。
「今夜はついに大怪獣ハテナンが現れるのね。太郎に次郎、そしてあなたも一緒に呪文を唱えましょう」
「うん、いよいよだねお母さん。……ハテナン、ハテナン、ハテナのハテナン、こっちの飯はウーマイぞぉー、はーやくこないと食っちゃうぞぉー、ハテナン、ハテナン、疑問はなぁに?」
わたしには悪ふざけとしか思えなかった。
「おい、きみたち。どういうつもりなんだ。ハテナンとは何者だ」
「ハテナン、ハテナン、ハテナのハテナン、こっちの飯はウーマイぞぉー、はーやくこないと食っちゃうぞぉー、ハテナン、ハテナン、疑問はなぁに?」
「何だって言うんだよ」
「ハテナン、ハテナン、ハテナのハテナン、こっちの飯はウーマイぞぉー、はーやくこないと食っちゃうぞぉー、ハテナン、ハテナン、疑問はなぁに?」
「何が何だかさっぱりだ」
このときわたしの運命は急カーブを描いて、予知することの到底不可能な領域まで突き進もうとしていた。
「なあ、お母さん。何なのさ、教えてくれよ」
「あなたがハテナンなのよ」
「わたしがハテナン?」
「トイレで鏡を見ていらっしゃい」
わたしは大慌てでトイレに駆け込んだ。
鏡の中には見たことのない怪獣が立っていた。
「そんな馬鹿な」
「やれやれ、遅かったか」
背後に怪獣博士が立っていた。と同時、わたしの身体は巨大化し、来ていた衣服はやぶけ、ファミレスの天井を突き破ったわたしの頭からはおびただしい量の血が流れ、いつしか言葉を失ったわたしの口は獣のような雄叫びを上げるに至った。
それを子どもたちがキャッキャとはしゃぎながら見物している。
「怪獣だ。大怪獣ハテナンだ」
「ハテナンに問題です。さめると熱いのはなぁに?」
わたしはもう、怪獣そのものの声で叫ぶしかできない。
「難しかったかなぁ? 答えは『悪夢』です。悪夢が覚めるとホッとします。『ホット』は熱いの英語だよ」
その瞬間だった。わたしはハッと目を覚まし、枕元の時計を見た。午後五時半を指している。
「夢か……悪夢だ」
びっしょり汗をかいていた。が、夢だとわかってホッとした。ちょっとの昼寝をしていたのである。
「あなた、そろそろ支度しないと」
妻が言う。
「みんなでファミレスに行くんでしょ?」
「あ、あぁ、そうか」
今、わたしは迷っている。
このままファミレスに行ったら、そこでわたしは大怪獣ハテナンに変身してしまうのではないだろうか?
商店街への道々、わたしは悪夢を思い出していた。
ひょっとしたら変身、怪獣に変身……
そしていつしかわたしたち一家はファミレスの前に到着する。
そこですべてがわかった。
こういうのを杞憂と言うのだろう。いらぬ心配であった。
今夜は商店街に、子どもたちのあいだで大人気の、大怪獣ハテナンの着ぐるみが、番組の宣伝キャンペーンのために風船配りにやってきたのであった。
さめると熱い……ホッとした。




