3.リオン・スペシャル
俺はシュナに手を引かれるまま、気の遠くなるような時間をかけて、村にたどり着くことに成功した。
(ようやく着いた。結局何分かかったんだ?いや、数時間か?)
「着いた...よ〜...村...だよ〜」
「ここが村か...どれどれ............?」
村についた喜びに浸る暇もなかった。俺は目の前に広がる光景が村だと、一瞬理解ができなかったのだ。
なぜなら、そこに住居?という概念はなく、ただ洞穴や木の根に陶器や衣服が散乱していただけだからだ。
(ちょっと!?これ村じゃなくて野宿の現場じゃない!?)
俺が困惑しながら立ち尽くしていると、シュナが村?を説明してくれた。
「あそこは...みんなでお昼寝する木〜...」
それは巨大な気の幹だった。すでに3人ほどのエルフがぐっすりと眠り、頭に鳥が止まっていた。
つまり、ただのでっかい木である。
「こっちは...長老が200年くらい瞑想してる岩だよ〜...」
長老らしきエルフが岩の前で座禅を組んで座り込んでいる。全く動く気配がなく、200年瞑想していることに妙な説得性が感じられた。が、それは死んでるのでは?それとも本当に200年くらいは瞑想できるのか...?
「ここは...木の枝を...刺して...遊ぶ...ところ〜...」
シュナが2人のエルフたちが黙々と枝を地面に突き刺す姿を指差す。
一見何か農業の作業のように見えるが、恐らく、なんの意味もないのだろう。
「それは...楽しいのか...?」
「ん〜...?...リオンが...考えた...ん...じゃん〜...忘れた〜...の?」
どうやら、リオンは娯楽がなさすぎてこんな奇行を編み出してしまったようだ。
村の中心らしき広場まで来た時、シュナが「あ」と何かを思い出したように立ち止まった。
「そうだ、リオン。お腹、すいたでしょ?」
「え? ああ、まあ……」
「記憶をなくしても〜↓...この味は覚えてるはず〜↑...リオンの好物...作って...あげるね〜..」
好物か、シュナの料理の腕は不明だが、それでも期待が持てた。少し小腹も空いてきた頃だ。ここは一つ、エルフの手料理というものをふるまってもらおう。
「はい...ここの切り株...に...座って...ね♩」
どうやら機嫌が良いようだ。誰だって機嫌が良いとよりよりものができる。
これでは失敗するなんてあるはずがないな。
しかし、そんな俺の希望は一瞬で弾け飛んだ。
シュナは俺の足元に転がるツルツルしたどんぐりをゆっくりと拾い、あくびをしながらそのそばにあった雑草をむしり、あろう事かそれを握り始めたのだ。...まるでままごとのように。
ギュッ……。モニ……。
シャルが握るごとに、緑の汁と、ペースト状のどんぐりが手からこぼれ出す。
もちろん、草はそのままで茹でてもいない。ドンクリはそもそも殻も帽子もとっていない。
これでは料理というより食材への侮辱である。
(手洗ってないし...いや、エルフだから大丈夫なのか..?いや、一体どうゆう事なんだ...?これは料理...?シャルが異端なだけなのか...?)
俺は何が起こっているのか理解できず、シャルが極端な料理下手(もはや料理ではない)であるという結論に至った。
シャルは握りしめた「何か」を手のひらほどの大きさに丸め、葉っぱに乗せて手渡してきた。
「はい...できたよ〜...リオン...スペシャル!...これ...よく...食べさして...くれた...でしょ?」
(え?これ考えたのリオン!?シャルじゃないんかい!?てか、これ仕返し!?)
目の前に差し出されたその「何か」は草とどんぐりが歪に混ざり合い、すでに形が崩壊し始めている。
草の青臭い匂いとどんぐりの渋みが空気から漂ってくる。
何か、こういう手作りの何かを前にして、致命的な失敗をしたことがある。そんな、記憶のない経験則が、俺に最大級の警報を鳴らしていた。
ここで本音を漏らせば、すべてが終わる。魂に刻み込まれた、原因不明の本能がそう告げていた。
俺は、震える手でそれを受け取った。覚悟を決めて、ひとかけらを口に運ぶ。
――次の瞬間、俺の味蕾は阿鼻叫喚の地獄へと叩き落された。
まずい。
まずい。まずい。
まずい。まずい。まずい。
マズイ。吐き出したい。今すぐに。舌が動かない。
口に入ってはいけない味がする。体が拒絶反応を起こしている。
強烈な土の味と、山菜のえぐみ、そしてドングリの粉っぽさ。そしてどんぐりの殻の食感。これは料理ではない。自然界の厳しさそのものだ。
「どう…?美味しい…?」
シュナが、キラキラしたアメジストの瞳で、期待に満ちた表情でこちらを見ている。
(ダメだ、しくじるな! なぜかはわからないが、ここで失敗してはいけない!!!)
俺は、涙目になりながらも、どこか懐かしいような美辞麗句を必死に並べ立てた。
「う、うっぷ....うまい!!!すごく、うまいぞシュナ!....うッ...!」
「ほんと〜?...やった〜...あ...リオン...美味し過ぎて...涙出てる〜...ふふ」
「ああ!!!美味し過ぎて感動だ!! この...大地の力強さが体に染み込んでくるようだ! 不要な飾り気を排した...うッ...素材そのものへの敬意を感じる……! これぞ、本物の味だ!!!...うッ...ヤバい...」
俺の必死の賛辞に、シュナは「でしょー?」と心の底から嬉しそうにふわりと笑った。どうやら、この危機は乗り越えられたらしい。
なんとかゴミ(リオン・スペシャル)を完食し、俺の精神が限界を迎えようとしていた、その時。
シュナが、ぽつりと言った。
「じゃあ...次は...リオン...の...得意な〜...人間脅かし....ごっこでも...する〜?今日は...なんの魔法...にする〜...?」
(……はい???人間....脅かし...?)
俺は、自分の耳を疑った。
どうやら、元の「リオン」が抱える問題は、記憶喪失やおっちょこちょいだけでは済まないらしい。
この平和な村で、一体どんな奇行を繰り返せば、そんな遊びが「得意」だと思われるに至るのだろうか。
俺の、エルフとしての前途は、想像を絶するほど多難なようだった。