螺旋のやかん
三人の少女達による短いお話です。
ピコン。
そろそろ寝ようかと布団を準備していると、一件の通知が届いた。
「一体誰だろう、こんな時間に」
スマホを見ると、さちからメールが来ている。
「私、今度こそ真由に告白するよ。だから綾にも手伝ってほしいの」
さちの真由を見る眼差しは、友達に向ける親愛を超えていることに私は気付いていたし、さちも話してくれていた。
今の関係の崩壊を恐れて告白に踏み出せなかった彼女がとうとう勇気を出すのだ。
協力を約束する旨のメールを返して私は眠りについた。
ある晴れた休日、私はさちと真由を家に呼び、三人でお菓子を食べながら宿題を進めていた。
この集まりの真の目的はさちの告白だ。そのために二人きりにしてあげないといけない。
「真由、ここどうやって解くの」
「私もさっぱりだよー。綾ちゃんに聞いて」
「綾〜助けてー」
「えっ、ごめん考え事してた」
「ちょっと、この宿題の解答配られてないんだから学年2位のあんたが頼りなんですけど」
膨れるさちにごめんごめんと軽く笑う。
その時階下の台所からピーーーとやかんの沸いた音が聞こえてきた。
「お湯沸いたみたい。コーヒー持ってくるから二人とも待ってて」
さちに軽く目配せをして、私は部屋を出た。
綾が部屋から一階に降りて3分、爆発しそうな勢いで震える心臓を落ち着かせて私は心を決める。
「あの、真由さん?」
「ん? なぁに、そんなにかしこまって」
「実は、その、私ずっと」
ガッシャーーン!
その言葉を言おうとした瞬間、階段の方で何かが割れる音が鳴り響いた。
「どうしたの!?」
私たち二人が階段に向かうと、コーヒーカップの破片とコーヒー塗れになっている綾がそこにいた。
「綾ちゃん、大丈夫?」
すぐさま真由はハンカチで綾の顔に付いたコーヒーを拭ってあげる。
「うぅ、ごめんね。バランス崩しちゃって」
「はぁ、あんた頭いいのに鈍臭いところあるわよね」
「さちひどい!」
想いを伝え損なってもどかしかったが、仕方がない。今はコーヒー塗れで嘆いてるこの子と階段の介抱が優先だ。
その日は階段の掃除を終えて解散することになった。
コーヒーで汚れてしまった服から着替えた私は、さちと真由の荷物を玄関まで運んだ。
「今日は送っていくよ。二人には迷惑かけたし」
「本当よ、まったくもう」
「ごめんね、さち」
「まぁまぁ、こういう事もあるよ」
少し不機嫌なさちを真由が宥める。いつもの光景につい微笑が漏れる。
私の家から近いさちを最初に送り届け、少し離れた真由の家までの道を私と真由の二人で歩いた。
「綾ちゃん、あれわざとでしょ」
しばらく続いていた沈黙を破り、真由は言った。
「あれって?」
とぼけてみる。
「コーヒーのことだよ。わざとコーヒーカップ落としたんじゃないかな。さっちゃんの告白を止めるために」
「えっ、なんで」
そこまで勘付かれていたとは。
「そりゃ分かるよ、今日のさっちゃん何か変だったし、綾ちゃんと二人で目配せし合ってたし。それに綾ちゃんが好きなのって」
何も言えずに俯いていると真由が続けて言った。
「安心して、この事をさっちゃんに言ったりしないから。でも、あんなやり方良くないと思う」
「ごめん、私よく分からなくなって、さちの告白が成功しても、失敗に終わっても三人の関係が崩れちゃう気がして」
「そうだね、私もそう。さちの気持ち知ってたのに気付かないフリしてた。でも、自分の気持ちを隠し続けた上に成り立つ関係なんていずれ壊れちゃうよ」
その通りだ。これから先、私はさちの恋に協力するフリをして邪魔をし続けるのだろうか。そんなの嫌だ。でも三人の関係を壊したくない。いやそれ以上に、
私はどうしようもなく、
「さっちゃんが好きなんだよね」
真由の言葉に私は小さく頷いた。
「じゃあ、伝えなきゃね。私、綾ちゃん応援するよ」
「うん、ありがとう真由。迷惑かけてごめん」
そう言って私達は別れた。
「伝えなきゃねって、人のこと言えないなぁ。私だって綾ちゃんのこと、はぁ」
呟いた独り言は誰に届く事もなく夕日と共に沈んでいく。
ある晴れた休日、私とさちは三人で映画を観るため、真由の家に遊びにきていた。
「だから、この映画の結末って本当はハッピーエンドなんだよ」
「いや、さすがにあの終わり方でハッピーはないでしょ。誰も幸せになってないじゃん。ねぇ真由」
「うーん。解釈はそれぞれあっていいんじゃないかなぁ」
「もう、真由はいっつも曖昧にするんだから」
映画の感想を言い合って落ち着いてきた頃、階下の台所からピーーーとやかんの沸いた音が聞こえてきた。
「紅茶淹れてくるからちょっと待っててね」
そう言って真由は部屋を出た。
『今度は私の番だ』
大きく息を吸って口を開く。
「さち、私ね――」
お読みいただきありがとうございました。感想いただけると幸いです。