第1話 転生
「殺す」と思いながらこっちが死んだな、見事に俺の不注意で。歩行者との事故だからあっちが強制的に悪くなってしまうわ。どうやって償えばいいんだ、と考えたところで、自分が思考できていることに気付く。死んだんじゃないんだ。いっそ死んだほうが楽だったかも、と目を開けると、一面真っ白な空間がそこにあった。
「お前、死に方も定番だな」
なんか神っぽい格好をしたやつがそこにいた。やっぱ死んだのか。いや、異世界転生モノじゃんこれ。マジ?超絶有利なスキルをもって生き返るやつ?凡庸リーマンやっててよかった。この手のやつって読者が共感できるように転生前は平凡な主人公という設定が多いから。でも俺って読者が共感できる性格はしていないというか、どっちかっていうとふにゃふにゃと中途半端な思考を巡らせてイライラさせるタイプな気がするんだよな。
「大体その通り、お前は凡庸な愚かさを見込まれた」
いかにも凡庸じゃなさそうな格好をした神っぽい奴は偉そうに言った。思考読めるんか。流石神。いや、神様。何か書類を睥睨し、俺のことをこう評論した。
「両親は共働きで中流階級のなかでもちょい上の経済状況、勉強を強制されずのびのびと育てられ、特に進路を考えずモラトリアム期間の延長のために私立の大学、しかも就職が理系に劣る文系学科にも行かせてもらっている。運にも恵まれ大手食品メーカーに就職し、同期の中でも勝ち組といえる。しかし就職後自分より優秀な人間とはじめて「競争」を意識する環境におかれ、不幸を感じている。贅沢な環境で育ったことをや現在の自分の立ち位置が贅沢なことをほんのりとは自覚しているものの、本当に理解はしておらず不平不満を溜めるさまが実に凡庸な人間らしいといえる。」
なんか言いぐさがめちゃくちゃ人間臭い神である。勝ち組負け組という人間が作り出した俗っぽい概念で人を批評する神やだなあ。でも言ってることはそうかもと思える。
「わかりやすく人間的な価値観でお前の視野狭窄で凡庸な愚かさを説明しているんだ。ただ、そうやって他人の厳しい意見をフラットに受け止められるところがお前の美徳だ。それも「努力をしたくないし、よく考えたくもないからただ唯々諾々と受け入れる」という怠惰さの裏返しだがな」
インターネットでよく見る性格診断みたいなことを言いながら神は続けた。
「要は社会生活を営む上で最低限必要な攻撃性さえ完成されてないのだ。さらに器が小さく自分のことばっかり考えているので恵まれた環境下で落ちこぼれる。お前の環境で人並みの努力をしていたら周囲の人間たちのなかで比較的優位なポジションをとれただろうに。」
「だがその絶妙に完成されていない従順な人格、転生させるのに非常に都合がいい。お前には特別なスキルを与える。与えるが厳しい環境下で『育って』もらうぞ。最終的に神の一柱となれるようゆめゆめ努力することを忘れるな。」
ん?最後すごいこと言わなかった?神にならなきゃいけないの俺?というか異世界モノって「そこそこ都合のいい世界でめちゃくちゃ有利なスキル貰って承認欲求満たしまくり、ハーレム作りまくりでハッピーハッピーハッピー」ってな感じじゃないの?厳しい環境に落とされるのは読者のニーズに合わないんじゃない?よく考えようよ、ねえ。出版社の編集に指摘されちゃうよ?
【『スキル:怪力無双』を得ました】
しかもすげえマッチョな能力じゃん。もうちょっと剣と魔法の世界って感じのファンタジックで素敵な能力にしてくれよ。レアアイテムも無限に複製出来るとか、超絶すごいサポートスキルを持っていて、実はパーティが強いのは俺のおかげだったとかさ。そういう絶妙に戦闘で痛い目に合わなさそうな能力がいいっす。俺、そのためだったら靴舐めるっす!
「魔法と権力闘争の地、フルゲンスへいってらっしゃい」
神は所ジョー●みたいなこと言いながら奈落のような黒いホールを作り出し、俺はそこに吸い込まれていった。