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タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する  作者: 雨香
第1章

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聖主2

「リリ様、本日の装いも大変お美しい。公爵家に花が咲いたようですね」


今日の私は薄いピンクのドレスに昨日と同じ琥珀のピアスとネックレスをつけている。

ばぁやは貴族令嬢として、毎回違う装いを、と言っていたけどワガママを言って同じアクセサリーにしてもらった。


来たとたんに私を褒めちぎる聖主さんをワタワタと応接室にお通ししたのだけれど、

公爵家の蔵書が見たいとリクエストされたので、じいやの案内で図書室に行く。

クリストフさんは私達のやや後ろを黙ってついてきてくれている。

私も来たことが無かった西の塔の大きなお部屋にびっしりと本が並んでいた。

天井が高いので、高い所の本を取れるように、移動式の洒落た梯子があちらこちらに掛かっている。アンティークのソファーやゆり椅子、会議用のテーブルセットまであって、外国のおしゃれな図書館みたいだ。


二階分ほどある大きな窓には重厚なカーテンがかかっていて室内は昼間だけれどやや薄暗い。


「うわぁ~~、すごいですねぇ!」


「ふぉっふぉっふぉっ、先代が読書家だったのですよ。お嬢様がこんなにも喜ぶのならもっと早くお連れすれば良かったですねぇ」


「本当に、凄いな。聖都の図書館もここまでの蔵書はないかもしれません」


聖主さんも素直に感心している。


一通り図書室の説明を受けて、窓際のソファーに案内された。

小さなテーブルを挟んで向かい合って座ると、じいやが早速お茶の準備をしてくれる。


クリストフさんは私の後ろに控えてくれた。


「さて、何からお聞きになりたいですか?何でもお答え致しますよ。疑問が沢山おありの顔だ」


「では……落ち人について教えて頂けますか。聖魔力があると仰っていましたが、私にはその自覚がありません」


聖主さんは私の言葉を聞いてパァッと破顔する。こんな顔出来たんだな、この人。


「落ち人様とは、聖典によると聖女の位置付けです。創世の男神(おがみ)と女神の第三の御子(みこ)と言われておりますね」


「エルフと天使の子供……ですか?私が?」


「えぇ、魔を追いやった先に、こちらに戻らない様、見張りのために自ら異界へと旅立ったと言われております」


「見張り……」


「はい、第三の御子(みこ)には魔を跳ね返す、弱体化させる、避けるといったような力があったそうです。力というより、存在そのものがと言った方がいいのかもしれません。第三の御子がいる空間には魔は近寄らなかった、弱体化したという話です」


「神話の話ですよね?作り話というか……」


「本当にあった事がどうかの証明は出来ませんが、どうやら異界に渡った魔は形を変え、黒き煙を出す兵器になったと」


「黒い、煙を出す……兵器」


「心当たりがおありでしょう」


ヘーゼル色の瞳が真っ直ぐ私を捉える。

戦争で使われる爆弾とか核兵器のイメージがすぐに頭に浮かぶ。


「意思のないただの物となった魔に、もはや見張りの必要が無くなったと判断した第三の御子は目的もなく、守るものもなく、友もなく、家族もない異界で自ら命を絶ったと」


「こちらの世界では、戦争の兵器はどのような……?」


「こちらは戦争はもう長い事おきておりませんが、魔獣と戦うのは魔法が主流ですね。魔法騎士が戦います。その話は女性には野蛮すぎて刺激が強いとおもいますが……グラセン公やそちらの騎士くんは得意分野だと思いますよ」


サラッとディスったな。クリストフさんは片眉を上げただけで黙っている。


「魂になった第三の御子を、男神と女神がこちらの世界に呼び戻した。それが落ち人様です。元々はこちらの世界の魂だったゆえに、異界を渡る時に元のお姿に戻るそうですよ。リリ様も何か変化がございましたか?」


「は、い…………」


「そうですか、異界のリリ様もさぞやお可愛らしかったのでしょうね」


「……あの、落ち人は私以外にはいないという事ですか?」


「いぇ、今世はリリ様だけという事です、過去にはいらっしゃいましたよ。百八十年前にお一人、四百年程前にお一人。それ以上は文献が無いので何とも。お二人とも女性だったそうなので、第三の御子(みこ)は聖女と呼ばれる様になったのです」


「何人も、いるのですか?」


「えぇ、落ち人さまとは第三の御子の魂の持ち主の事です。魂の持ち主が死ねばまた生まれ変わる。生まれ変わるのは毎回渡って行った異界になるそうですよ。なぜなのかは、分かっておりませんが」


話が壮大過ぎて自分の事としてうまく捉えられない。けれど、疑問のピースがピタリとはまって行く感覚がある。


「じいや、何か書く物をくれる?メモをのこしておきたいの」


「はい、少々お待ちください」


「あぁ、それでしたらどうぞこれを。

今日の終わりに渡そうと思っていた物です。お勉強には必要かと思いまして、私からリリ様へのちょっとしたプレゼントです」


青色の綺麗な包み紙に、リボンが掛かっていて可愛らしい。

開けてみると、花柄の布で丁寧に装丁されたダイアリーのようなノート、ヘーゼル色の万年筆、薔薇の花の形のガラス瓶に入った黒のインクが出てきた。


「わわっ!すごく可愛い!」


「気に入って頂けた様で私も嬉しいです。

さぁ、是非使ってみて下さい」


「万年筆、使った事ないです……」


「私が初めのインクをパイプに入れましょう。簡単ですよ」


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ、ほら、できました。すぐに書けますよ」


くるくると試し書きをしてみると、なるほどスムーズな書き心地だ。


「ありがとうございます、慣れればボールペンより書きやすいのかも!」


「ボールペン、というのは異世界の万年筆ですか?」


「え?えぇ、そうです。私は向こうのものを何も持って来れなかったので、お見せできないのですが……」


「そのような……リリ様の御身がこちらに帰って来て頂けただけで我らにとっては行幸なのですよ」


「ふふ、ありがとうございます」


今聞いたことを日本語で書き付けて行く。

その間、教主さんはじいやが入れ直した紅茶を優雅に飲んで、口を挟んだりしなかった。


時計の音だけがカチカチと響く空間が心地よかった。

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