エルの怒り
侍女に続いて応接室に入ると、セフィロス様が立ち上がって出迎えて下さった。
侍女が退出したのを見送ってお礼の言葉をのべる。
「セフィロス様、急なお願いにこたえて下さって、ありがとうございました」
「泣いていらっしゃったんですか?」
「っ……!もう、平気です」
「あなたは……あなたはいつもお辛い気持ちを我慢なさいますね。グラセン公と、何かありましたか?」
私が答えられずにいると、セフィロス様は優しく笑う。
「あなたを一度手に入れると、男はみんな馬鹿になるのですよ」
「…………?」
「ははは、恋敵の肩を持つわけではありませんが、私も、そうでしたので」
「セフィロス様は、大切にしてくださいました」
「…………私もグラセン公も、きっと同じです。あなたを守る事と、留める事ばかりを考える様になる。他がおざなりになってしまっている事に気づけない。余裕が、なくなってしまう」
「…………」
「リリ様は、もっと我儘になってよいのですよ。特に、辛いお気持ちを出すのが苦手なようですので……」
「はい……そうかもしれません。我慢する事に慣れてしまって……私は、我慢することで、立ち向かうことから逃げているのだと、思います」
わかりやすい悪意や理不尽な要求には嫌だと言えるようになって来たと思う。
けれど相手に悪意がない場合はまだまだ意見を言えなくなる。
怒りの原動力がないと、思いを伝える事は難しい。
「私もグラセン公も、あなたに知らず知らずのうちにプレッシャーを与えていたのでしょうね」
「そんな事は……皆さんの役に立ちたいと思うのですが、私がいる事で逆に皆さんの仕事が増えているだけの様な気がしてしまって」
「儀式のことや、警備のことでございますか?」
「はい。シェイド様も大変そうにしていらっしゃって……時間がないのに、我儘は言えません」
みんなが私を守るために大変そうなのが辛い。魔熱の治療ができる事が分かっても、シェイド様はあまり嬉しそうではなかった。
私はあの人の役に立ちたいのに。
余計に彼の時間を奪っている。
それなのに、デートの時間や手紙が欲しいなんて誰が言えるだろうか。
私のために必死で働いてくれている人に。
「涙の理由はそれでしたか?」
また目頭が熱くなってきて言葉が出ずにコクンと頷く。令嬢としては無作法かもしれない。
「儀式は聖教会が取り仕切りましょう。どのみちグラセンだけでおさまるはずもありません。私は各領の教会を自由に使える身ですし、顔もききます。リリ様の心のおもりを、少しは分けて頂けませんか?」
「すごくありがたいお申出なのですが……シェイド様が何というのか私には見当もつきません」
「ははは、私たちは仲良しではありませんが、同じく大きな組織を預かる身。今の彼の困り事は私にもよくわかるのですよ。
喧嘩ばかりしている様に見えるかもしれませんが、目的のために連立するなど容易い事。両者の利害が一致する上、あなたのためにもなる。警備面をグラセン騎士団に一任すれば、彼は必ず了承しますよ」
◇◆◇
夕方、シェイド様が私を迎えに来て下さったけれど、エルが怒って私を部屋から出さなかった。
ラミア様がドアに内側から鍵をかけて、ゆったりとした落ち着いた動作でにこにこと紅茶を淹れて下さっている。肝が据わっているというか、さすが未来のお后様なだけある。
エルの怒った声だけがこちらに届く。
——「そんな事わかってるし関係ないわよ!!あんな無礼な令嬢の事なんてどうでもいいのよ!」
——「婚約してずいぶんたつわ!?一度もお手紙もお誘いもなく初めてのお出かけが儀式だったとか!何を考えていらっしゃるの!ドレスや宝石だけ贈ったって、リリはどこへ着ていくっていうのよ!!」
——「リリにとって兄様との唯一のお出かけの儀式すら法衣にベールですって!?兄様、わたくしなら婚約破棄ですわ!!!」
——「兄様、リリがアブレチアにおりたってから街歩きをしたのはたったの一回よ!?それもシスターの格好で、必需品を買うだけの!!兄様は一体何をしていたの!!!!それでもリリは兄様を悪く言わないわ?兄様は忙しいからって。自分には贈られない手紙を、兄様があの女に贈った事実を目の前で突きつけられたのよ!!!!」
——「リリは今日はわたくしの部屋に泊めるわ!
明日は儀式があるのでしょう?私の所から送らせるわ!!兄様はじっくり反省するべきよ!!馬鹿兄様!!!!」




