臣
——我慢することは、何かを成すことじゃないよ?
クレッグ君の言葉が正論すぎて胸にささる。
我慢するのは考える事を放棄する事だ。
実の所、自分も相手も大切にできてない。
「ありゃ~真っ暗だね、使用人も引き上げさせたかな?」
確信をつく忠告をするわりに、軽い話口調で緊張感がないので考え込まずに動けたのかもしれない。
私のいた居室は離れだった様で、続き廊下を通って母屋へと歩く。
「団長に殺されるかもだけど、危ないから手、繋ごうか~。是非秘密でお願い~」
「うん、またシェイド様と会えたらいいな」
「そのいきそのいき。素直で良い子だね~」
「ふふふ、クレッグ君の方が歳下じゃないかな?」
「笑うと超可愛いぃぃ!!!何で団長なのさぁぁぁ!!」
「えぇ……」
「僕は二十一だから妖精ちゃんよりお兄さんだよ~何と恋人はいないよ!!!」
「あ、うん?」
「それよりおみおみの気配がないな~夜たまにきえるんだよね~」
急に真面目な顔つきになって立ち止まる。
「あ、あの、病院……診療所はどの辺にある?」
「診療所?もう閉まってる時間だけど、なんかあった~?」
「臣くんは、考え事とかする時いつも診療所に行くの。雰囲気とか匂いとか、落ち着くって言ってたの、思い出して……」
「ふぅん?じゃあ、そこ行ってみよっか。頑張れてるじゃん、偉いね」
「クレッグ君のおかげだと思う。私一人じゃ、こんな事、出来なかった」
「別に一人でするのが偉いわけじゃないよ?」
やっぱり確信をついてくる。
そういう時は決まって私の目をまっすぐに見て言ってくれる。
「うん、ありがとう。臣君から出たさっきの黒いのは何だろ、魔法の何かかな……?」
「調査だね~」
まるで遠足にでも行くような軽さに気が抜けてしまう。
「グラセン騎士団も、第二の隊服と同じなんだね?」
「そうだよ~うちの団長が掛け持ちなんて特殊な事やってるからね~。前は違ったんだけど、団長のめんどくせぇの一言で同じになった~」
「ふふふ、シェイド様らしい」
「ふわぁぁぁあ、可愛いぃいい!!妖精ちゃん、あんまり他の男の前で笑わない方がいいと思うぅ!!!」
「えぇ……?」
「団長も大変だなぁ。あ!あの建物だよ~、母屋と使用人棟と離れが全部外廊下で繋がってて、診療所だけ独立してるんだよ。変わった建物だよね」
「そう、だね。私達のいた国の伝統的な建物だよ、最近はあんまり見ないけど」
日本家屋というより、平安時代の貴族のお屋敷と言った方がしっくりくる。
優雅で上品な静けさが臣君がらしいなと思う。
臣君はどこまでも静寂を好む人だから。
おだやかに、静かにしていることを私にも求める。
「う~ん、診療所に灯りはないねぇ」
診療所はわりとこじんまりした大きさで、隣に大きな蔵がある。
今はしんとしていて人気がないので誰もいないのだろう。
「この蔵は物置かな?やけに建物に近いね」
こんな広い敷地があるのに、建物のすぐ脇に蔵なんて違和感がある。
この世界の人には感じないのかもしれないけれど。
「ここの患者から聞いた話じゃ、処置室らしいよ~」
「処置室?あ、ならここにいると思う。臣君の落ち着く場所ってオペ室なの。えっと、処置室のことなんだけど、光の入らない整然とした空間がいいらしくて……」
「わぁいいご趣味だねぇ、へ~んな気配はあるけと……趣味の悪いペットでもいるかな?」
「ペット?臣君、動物嫌いだよ?」
「妖精ちゃん、おみおみに詳しいね~、やっぱり初恋だった?」
「…………シェイドさましか好きじゃない。初恋も、シェイドさまだよ」
「団長は前世で何か徳を積んだのかな!?今世では積んでないと断言できる!!!何故なのか!!!」
「えぇ……?」
「はぁっ、はぁっ……任務を忘れそうになる!殺される!!」
「えっと……?」
「キョトン顔の破壊力……!え、団長毎日これ見ても我慢できてたの?あの人すげぇな!」
なんだか話が見えないので無理やり本題に戻そう。
「処置室、鍵がかかってるね」
蔵の入り口には大きな南京錠がかかっていて、太い鎖が巻き付いている。
「落ち着け僕!命がかかってる!任務だ任務!………………っと、どうする?天井裏とか無さそうだし、どっかにこそっと穴開けてみよっか」
「そんなことしたら臣君怒ると思う……」
私は臣君と話をしに来たのだから。
「お、臣くん!話があるの、出て来て?」
トントンと蔵の扉をノックすると、南京錠と鎖が黒く変色し、ボロっと下に落ちたけれど、地面に着く頃には消えてなくなった。
「妖精ちゃん、臆病なのに大胆だね~」
「は、はなしを、聞いた方がいいと、おもって」
両開きの扉が中から開けられた瞬間、ズパンッと音がして、扉が二枚とも横に斬られていた。
低く腰を構えたクレッグ君が剣を鞘に戻す仕草をしたので、すぐに彼がやったのだと分かる。
「扉、直しておいてね?ネズミ君」
クレッグ 「扉を斬ったのは、妖精ちゃんを引き込んでの籠城を防ぐためだよ〜!天才だよね〜僕」




