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タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する  作者: 雨香
第2章

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逢瀬


くくりつけた手紙が心配で、まだ日が昇らない早朝に目が覚めた。確認に行こうと起き上がり、浴衣の上に羽織をかけたところで懐かしい声が降って来た。


————「よお」


「シェイド、さま……」


丸くくり抜かれた室内窓の枠にしゃがんだシェイド様の琥珀色の鋭い視線にたじろぐ。


「情熱的な恋文はよこすくせに、捕まってはくれないな、俺の妖精は」


「だ、だめ、見つかってしまいます」


伸ばした手の指先に贈られたキスが熱い。


「別に。見つかってもいいけどな。いい加減こっちも限界なんだ」

 

手のひらをスリと唇が掠める、熱を持った琥珀色の瞳がじっと私を見つめて動けない。


「で、でも、銃が……私は、シェイド様を守りたい」


「それは俺の役目だろ」


「わ、私だって……」


「何をそんなに怖がっている?」


「お、臣君は天才で……それで……」


「ああ。お前の世界の物を具現化出来てるからか?」


「一度見たものは忘れないって…………それだけじゃなくて、剣道……えっと、武道も全国大会に行ってて、それで」


シェイド様に通じない単語ばかりを並べてしまう。臣君の能力の恐ろしさもそうだけれど、向こうの世界の兵器や武器をどう説明したらいいのか分からない。

この世界の人にとっては未知の兵器だ。


臣君は全ての情報を記憶できてしまう。

一度読んだ本は忘れないし、写真のように記憶を引き出すことも出来る。

学生の時は便利だったといつだったか本人が教えてくれた。

日本で集めた情報は全て臣君の頭の中にある。銃の作り方も、核兵器だって作れるかもしれない。


「もう少し泳がすか。————リリ、また来る 会えて良かった、俺の妖精」


それだけ言って消えてしまった空間を未練がましく見つめてしまう。


まだ()()と言ってもらえた事に嬉しくもあり、気を遣わせたのかと恨めしくもある。


会えただけでこんなにも嬉しい。

私がここにいる事で彼を守れているならば、このままずっとここにいよう。

私は彼を愛しているから。





◇◆◇





何日経ったのか、この部屋にいると分からなくなる。

一週間なのか、一ヶ月なのか、ただただ長く感じる時間を過ごす。

アブレチアに四季は無いので、毎日同じお庭の様相に、時が止まってしまったかの様な感覚を覚える。


臣君は毎日朝から夕方までキッチリ私といて花嫁修行と称して花道や茶道を教えていくが、今日は夜になっても何故か部屋から出て行かなかった。


「今日は臣君、お仕事は無いの?」


「未来の奥さんと、もう少し一緒に過ごしたいだけだよ?仕事は明日ちゃんとするから心配しないで」


私は臣くんに抱かれるのだろうか。

泣かないでいられるだろうか。

ぼんやりとした頭で考えていると、いつも一定の距離をとって座っていた臣君が急に抱き寄せて来たので、身体が硬直してしまう。


「リリ?緊張してる?」


「……やめて」


「どうして?僕の事、好きでしょう?」


「………………」


「僕とリリなら幸せになれるよ」


臣君の整った顔がゆっくり近付いてくる。

拒否したら、みんなはどうなるだろうか。

拒否してもいいんだろうか。

ぼんやりしがちな頭を無理やり叩き起こして思考するけれど、何もかも間に合わずギュッと目をつぶった。


——ダンッッッッ!!!


衝撃音と、畳が揺れたような振動が部屋に響き目を開けると、私と臣君の間にいつか見た亜麻色の髪の少年が割り込んで、私を背にして臣君と向き合っていた。


「あんたにそれは許されてないんだよね~、団長怒ったら怖いしさ、引いてよ」


「っ——!お、おみ……く……」


臣君の左手の甲に短剣が刺さり、畳に縫い付けられいる。臣君が右手で短剣を引き抜くと、ブシュッと音をたてて傷口から黒いモヤが噴き出てきた。


何でも無い風に傷口を抑えるとモヤは止まったけれど、そのまま着物の袖で覆い隠してしまう。飄々とした臣君の態度も相まって、今見た事が現実だったのかよく分からなくなってくる。


「——————ほんと、代理君は駒が多くて羨ましいよ。斥候(せっこう)までいるとはね」


「実力の差じゃねぇの?」


「さあ、どうだろうね。興が冷めた。もういくね、リリ」


「あ………………」


「ここでいい子にしててね。明日またくるよ」


臣君が部屋を出て行ったのを確認して、亜麻色の髪の少年が話しかけて来た。


「二度目ましてだね~、クレッグって呼んでね!団長の部下だよ~。あ、第二の方じゃなくて、グラセン騎士団の方ね!」


「……グラセン、騎士団……」


今あったはずの戦闘と、この小柄な少年の喋り方がミスマッチで声が出てこない。

亜麻色の髪とクリクリしたピンクの目が可愛らしい少年は、全く動じていない様子で続けた。


「そそ、大丈夫?こわかったね!」


「あ……ありがとう、助けてくれて。臣くん、銃、出さなかった……良かった、い、今のうちに、逃げて」


「えぇ?任務中で逃げたら僕が団長に殺されちゃうよ~おみおみは妖精ちゃんの何なわけ?」


「と、遠縁の親類だよ、昔お世話になっていたお家の跡取り息子さん……大きな病院を経営してて……」


「あいつ、本当に妖精ちゃんの知るおみおみかな~?」


「えっと……どういう……?」


「ん~僕らもまだ確信はないんだけどさ~確かめに行ってみる?」


「だ、駄目。私の世界の兵器を持ってるの。だからみんな逃げて欲しい」


「ふーん、妖精ちゃんがここにいる理由はそれかぁ」


「テオ君の具合はどうかクレッグ君は知ってる?」


「元気だよ~心配ない。妖精ちゃんはさ、ずっと怖がって言うこと聞いてる生活でいいの?」


「シェイド様が殺されるよりずっといい」


「あの人殺せる奴この世にいないと思うけど……」

クレッグ君は何かブツブツ言って考え込んだ後、私の目を見て言った。


「我慢することは何かを成す事じゃないよ?」


「——————っ!」


「さぁレッツゴ~!」


「えぇ!?」


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