聖教会3
「リリ様、体調がよろしければ、庭を案内して頂けませんか?公爵家の庭だ、なかなか見応えがありそうです」
「お庭ですか?私もあまり詳しくはないのですが……」
「スラン、猊下の案内を」
「畏まりました」
「リリ様と少しお話をしたいだけですよ。他意はございません。お天気もいいですから。どうでしょう、リリ様」
「それでしたら……はい」
「共を付けさせて頂く」
「こちらにも護衛はおりますよ。素晴らしい忠犬ぶりですね。魔公爵が犬公爵に変わった様だ」
「チッ…………何とでも」
あ、深い意味はわからないけど、これは嫌味と悪口だな。こんな事サラッと言うなんてやっぱこの人要注意だ。
シェイド様、素がでちゃってるよ。かっこいいけど。
「じいやが一緒なら、共に参ります」
聖主さんはそれには答えず
「では、参りましょうか。お手を」と左腕を私の手が置きやすい位置に出してくれる。
「はい、ええと……猊下」
「リリ様は聖教会の頂点に立たれるお方。私に敬称はいりませんよ。私の事は、セフィロス——いや、セスと」
「………………」
こういうときは黙ってるのが一番だよね。
じいやが先に立ち、私達を庭へと案内してくれる。
庭の小道に入ると付かず離れずの、でもいつも目視できる距離にいてくれた。
「こころ安らかにお過ごし頂いていた様で安心致しました。魔公爵の元に匿われていると聞いた時は心底ご案じ致しました」
「魔、公爵…………?」
「おや、何も教えてもらっていないのですね」
「シェイド様の事ですか?」
「グラセン公はあの様な見目でしょう?リリ様が怯えて暮らしていらっしゃるのではないかと急いでお迎えにあがったのですよ。ご無理はされておりませんか」
今まで不思議に思っていたことのパズルのピースが急速にはまっていく。
「我がアブレチアはエルフと天使が番ってできた国といわれております。エルフが男神、天使が女神ですね。お二人が番い、妖精の娘と精霊の息子ができた。彼らがアブレチアの国土に巣食っていた魔を追い出してこの国をお作りあそばしたのです」
「魔、とは、黒い魔獣の事ですか?」
「リリ様のご降臨の際、魔獣に出くわしたのでしたね。さぞ怖かったでしょう。そうですね、魔、とは魔獣をさしていますね」
あぁ、だから。
ばあやも黒は忌避される色だって言っていた。
建国神話なんて、そんな根深い所に疑問の答えがあったなんて。
エルフのような繊細な外見の、色白の人への憧れがあるんだ。
目の前の聖主のような人。この人、だから女性の扱いに慣れてるんだ。シェイド様と違って。
「グラセン公はあと一週間ほど療養をと言っていましたが、私共としましては今すぐにも姫君を安全な場所に連れて帰りたい所存にございます」
「一週間……」
すぐにもここを出立するのかと思っていたけれど、あと一週間、シェイド様の近くにいられる?じいやとばあやとも……
チラッとじいやに視線を送ると、ニコニコ笑顔を返してくれる。
「じいや殿、ばあや殿にお心を許していらっしゃるようですね。お寂しいでしょう」
ばあやの事も知っているのか。私が仲良くしている人は調査済みなのかも知れない。
「こうするのは如何でしょうか。すぐにも我らが姫を聖都にお連れしたいのは山々ですが……。
グラセン公の言う通り、一週間延期いたしましょう。
私どもはグラセン領の教会に滞在いたします。譲歩する代わりと言っては何ですが……どうでしょう、その間毎日、私とデートしていただけませんか」
パチンとウインクしながら提案されてタジタジしてしまう。
「で、デート?」
「どうか重く考えないで下さい。今日の様にお話の時間を設けて頂ければ。この国の事や他国のこと、建国の歴史、様々なことお伝えしたい一心でございます。何もご存知ないのは、不安でございましょう?」
「それは——はい」
「決まりですね。美しい姫との時間に年甲斐もなく浮かれてしまいそうですよ」
「猊下は、おいくつなんですか?」
「おや、私に少しでも興味を持って頂けたのでしょうか、嬉しいですね。今年で三十一になります。行き遅れておりまして、この歳まで独身を貫く孤独者でございますよ」
「神官様も、ご結婚なさるのですか?」
「特に禁止の規律はありませんよ?夫婦仲が良い事を推奨する側ですので」
「なるほど……私は知らないことがいっぱいありますね」
「お教えいたしますよ。勉強会ですね。楽しそうです」
「お嬢様、風が出て参りました。そろそろお戻りに。お身体に障りますゆえ」
じいやが促してくれる。
「あ、はい」
「では戻りましょうか、グラセン公に視線で殺される前に」
??シェイド様ここにいないのに。よっぽど嫌いなのかな。
公爵家の正面玄関前では、聖主さんの部下の四人が既に礼を取った姿勢で待機していた。
シェイド様も待ってくれていて聖主さんから私のエスコートを代わってくれる。
シェイド様のエスコートは聖主さんのエスコートの様な腕に手を乗せるタイプではなくて、指先を繋いでくれる。シェイド様の手のひらに指先を乗せると柔らかく掴んで導いてくれる。
「公爵殿、貴殿の要望通り一週間お待ち致しましょう」
「ご配慮に感謝致します」
「姫様、ではまた明日に。
デートのお約束、嬉しく思います」
「は!?」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「名残惜しいですが、これで」
聖主さんが私の手の甲にキスをして帰っていく。
本当に手慣れていて圧がすごい。
「…………チッ…………」
本当に仲悪いなぁ。けど、聖主さんといるとシェイドさまが素を出してくれる事が増えて嬉しい。
玄関ホールに入ると、山積みのプレゼントボックスと格闘しているばあやがいた。
「??誰か、お誕生日なのですか?すごい量」
「何言ってるんですかお嬢様、これみんな聖主猊下からお嬢様へのプレゼントでございますよ!!多すぎるのも問題です!!まったく!!」
「えぇ…」
「全部捨てとけ」
「えぇえ……!!」




