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タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する  作者: 雨香
第2章

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バレンタイン


私に与えられた部屋は庭に面した角のお部屋で、三間続きになっている。

寝室と、庭に面した縁側のあるお部屋、和風モダン風に仕上げられた洋室が一間。


夕方臣君が部屋を出ていくと私にはやる事がないので、毎日洋室にあるピアノを弾く。

中庭にいるシェイド様に届く様に。


ショパン、リスト、ブラームス 

愛の曲を丁寧に丁寧に紡ぐ。

気持ちを込めて。


時間ばかりが余って毎日手持ち無沙汰になってしまう。


ピアノを片付けて、ふとお庭を見ると、近くにイレイの花が満開に咲いているのが見えた。


桔梗に似た黒い花は、この世界では忌避されているようだけれど、シェイド様の色だからか私は何となく気に入っている。


「紅茶とケーキを用意してくれますか?」


そばに控えていた使用人に声を掛けると、黙礼をして部屋を出て行った。

これでほんの少し一人になれるだろう。

花鋏(はなばさみ)をもって庭に出る。

草履が用意されているわけはないので足袋のまま。

すぐそこのイレイの木まで。


イレイの木を見ているつもりが、奥に小さくみえるあの人のシルエットばかりを追ってしまう。シェイド様の影がゆらめいた気がしてそれだけで心が躍る。


もう少し、もう少しだけ近くに。




◇◆◇



ピアノの音が止み、リリの気配がこちらに動いた気がして、目立たない様に移転する。

リリの部屋近くには立ち入りが禁止されている為に動きずらい。


それでもこちらに小走りに走ってくるリリの数歩先に移転する。


「リリ!」


使用人達とはまた少し形の違う、見た事のない艶やかな衣装を着たリリは楚々として美しい。

異世界の衣装の様で、色彩豊かなそれはリリの美しさと相まって、妖艶な雰囲気さえある。


「俺の……天使」


俺の言葉にハッとした顔をし歩みを止めたリリが目を伏せ、今にも泣きそうな顔をするので戸惑う。


「もう——妖精じゃ……ないから?」


リリが自分の黒髪をグッと掴んで、絞り出す様な声で言う。


「!?ちが、何をいっ——」


この国の男は愛しい女性を綺麗と思えば天使と、可愛いと思えば妖精と表現する。それは容姿の問題ではない。所作だったり、性格だったり、雰囲気だったり全てを含む。

リリはそれを知らない?

俺は説明した事があったか?

妖精に似てるから俺が好きになったと思っていた?

見た目の問題じゃない!

嫌な汗が背中を伝う


「シェイド様が無事なら私はそれで十分です」


「リリ、俺は……」


ペコリ


お辞儀をして踵を返す俺の婚約者の後ろ姿に焦りばかりが沸いてくる。


「リリの気持ちにいつも甘えていたのは俺の方だな」


自分のバカさ加減にうんざりする。





◇◆◇





「なぜ今日だけリリ様の部屋近くの警備許可が出たのでしょうか」  


広すぎる庭を、クリフと共にリリの部屋にむかって歩く。

リリに会ったあの日からピアノの音がしなくなり、焦りばかりが募る。

顔が見たい。話がしたい。


すれ違う変わった衣装を着た使用人がキャアキャアとうるさい。


「分からん事が多いな。それにこの館の女どもはやけに愛想がいい。おまえにだけじゃく、俺にまで。そもそもなんで俺とおまえだけ敷地内の警備を許可されてるのかも分からん」


「リリ様のご様子が分かるかもしれないので良いですが、今日だけというのが引っかかりますね」


「意味のあるものと無いものごちゃ混ぜにして伏線ばら撒くタイプはめんどくせぇな」


「あなたもそうじゃないですか」


「そうか?俺はもっと素直だ」


また前方からシンプルな紫の衣装を着た使用人が五人ほどやってきたので道を譲り、騎士の礼をして去るのを待つ。


「あ、あの、公爵様、これ、受け取ってください!!」


俺の前に四人、クリフの前に一人の若い女の使用人が包みを持って目の前で止まっている。


「何か、ありましたか?不審物でも……?」


「いえ、今日はバレンタインですので……」


「バレン……?」


俺とクリフが視線をかわしている隙に、五人とも荷物を押し付けて小走りで走り去って行ってしまった。


「何なんだ……?」


「プレゼント?の様ですよ。ラッピングされておりますし」


「何かの罠か?意味がわからん」


「館内が浮き足だっておりますね、急ぎましょう」


今日だけ許可されたリリの部屋前の庭に警備として立つ。


開け放たれた居室はリリを守るためには向いていない分、母屋から離し、外壁からここまでの距離が長い。


対外の敵に備えて基本は部屋に背を向けて警備しなければならないが、リリの気配が近くにあるだけで安心する。


————「リリ、僕の髪、結ってくれる?どの組紐がいいかな?」


臣の声と微かなリリの声が聞こえる。

十歩程の距離のもどかしさに奥歯を噛む。


「公爵様、これ、手作りなんです!受け取っていただけますか?」


その間にもひっきりなしに荷物を渡してくる女達。


普段はこの場所は使用人は立ち入らなかったはず。

今日だけ女ばかり往来が激しい。


「任務中ですので」


やんわりと拒絶の意を示しても、荷物だけ押し付けて去っていく。

俺の周りが袋と箱ばかりになりイライラが募る。


「団長、橘がこちらに」


屋敷の方を見やると開け放たれた部屋から臣がこちらに歩いてくる。部屋には心配そうな顔をしたリリが残っているのが見える。


「君たち、用はすんだんだろう?もう下がりなさい」


薄紫の衣装をきた使用人達が嬉しそうに臣に一礼をして去っていく。


「やっぱり大人気だねぇ。今日は僕らの世界で女の子が好いた相手にチョコレートを渡す日なんだよね。君は色んな意味で代理君なんだよ。リリにとっては僕の代わり。僕にとっては、僕への秋波を受け止める代わり。君の方がこの世界で地位がある分、君に多く流れてくれて嬉しいよ。仕事をしやすくするためにちょっと僕らの価値観と習慣を植え付けただけだったけど、思わぬ副産物だったよ。僕らの顔ってもてるんだよね」


「洗脳したのか?」


「洗脳じゃないよ?ちょっと教えてあげただけだよ?僕らの世界のことを」


「リリに見せるためか。趣味が悪りぃな」


「リリは僕の遠縁なんだけどね、橘家は家の女が当主の結婚相手を決めるんだってひとこと言っただけで、皆リリに丁寧に接するよ。

あさましいよねぇ」


臣は俺の質問には答えず続ける。


「これで君がリリに接近して優しくするとどうなるか分かる?君を好きな館の女達から一斉にリリへ嫌がらせが始まるだろうね。人の心は汚いよね。僕はちゃんとリリを守るよ。君も守りなよ」


「橘邸の顔ぶれが十人程変わってるんだがなんか知らないか?」


「さぁ?去るものは追わない主義なんだよね。実際、リリ以外はどうでもいいんだよ、僕」


ニコニコとしているが目が笑っていない


「人型の魔獣はどうやって手に入れた?」


「何度も言ってるけど、あれは僕とは関係ないよ。リリを狙って来たんじゃない?便乗させてもらっただけだよ」


嘘をついているくせに、隠すつもりが無さそうな態度に虫唾が走る。


「母屋で働いてる者達に、君達二人を連れてくるからって約束しちゃったんだよね、まだまだ女は沢山いるんだよ。大変だね、君達も。今日はいつもの時間までここの警備を許可するからさ、少し付き合ってよ」


リリが関係していなければ、ここまで慎重に進めていない。らしくない自分への苛立ちと相まって奥歯を噛む。


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