再会
結局あれから三日間シェイド様は公爵邸に帰って来ていない。
「せっっっっっかく同じお部屋になったのに!シェイド様の社畜!!」
「領地に魔獣が出たらしいですよ、私達も詳しくはわからないのですが……どうも人型だとか。人型なんて、聞いたことありませんわ、どこから生まれるのでしょうか、恐ろしい」
ケイトさんの顔がくもる。
「人型って、どんな……?」
「何でも全身赤黒く、魔を纏っていて顔の判別はつかないとか。ここには公爵様の張ってくださった防御結界がございますので安心なさって下さいね」
「私がいれば、魔獣はでないと思ってだけど……力が弱まったのかな?」
「まさか、そんな事あり得ませんわ。現に現れてもとても衰弱しているそうですよ。お嬢様のおかげでございます!」
「セフィロス様もゼロになるわけじゃないって言っていたもんね……」
「何か、悪事があったり天の理に触れるような事があったのだと思いますわ」
「シェイド様、大丈夫かな。ちゃんと休めてるといいけど……」
「お嬢様は安心しておやすみなさいませ、魔法騎士の中でも群を抜いてお強いのがグラセン公爵様ですわ。心配はいりません」
「うん……ありがとうケイトさん。おやすみなさい」
ケイトさんが退出してもなかなか眠れず、シェイド様のお部屋に物音がしないか気配ばかり伺ってしまう。
「こんなんじゃだめだよねぇ……」
独り言が闇に消えていくようで不安になり、カーテンを開けて月明かりを部屋に通す。
「わあ、今日は満月かぁ……綺麗」
お庭の花々が月の光を浴びて白くぼんやりと光ってとても美しい。
「レイオフの花、ここからだと見えないな……夜桜日和なのに」
そう思うといてもたってもいられなくなって、ショールだけを羽織って部屋から出た。
「正面玄関からじゃ、誰かに見つかって大袈裟になっちゃうよね……」
きっとみんな私のわがままに付き合ってくれてしまう。
(たしか、応接室から庭に出られたはず……)
果たして私の企みはうまくいき、首尾よく誰にも見つからずにお庭に出る事ができた。
「いい匂い……夜の匂い」
レイオフの花は公爵邸のお庭の一番奥に咲いている。裸足で出て来てしまったので、芝生の上を選んで歩く。
「はぁ、風が気持ちいい」
気分が良くてぐんぐん歩く。
「凄い…………綺麗」
一面のレイオフの花畑が月明かりを浴びてぼんやりと銀色に光っている。
風が吹くたびに桜と似た花びらが舞い上がり薄桃色の桜吹雪が風に散る。
桜と、花は瓜二つだけれど、その花が付いているのは枝ではなく、茎だ。
この世界では、桜の花畑が見られるのだ。
ぺたんとしゃがむと桜の海に浸かっているようだった。
「素敵…………」
一陣の風が吹き、髪を抑えた時、私に影がかかった。
————「リリ、迎えに来たよ」
懐かしい声。
聞いたことのある。
安心と不安、両方に駆られる声。
「臣、く、ん——————」
——なぜ?
——どうしてここに?
疑問符はカラカラになった喉からは出てこない。
振り返ると、やはりそれは臣君で。
長い黒髪をうしろできっちり結び、和装の臣君はレイオフの花畑に恐ろしくはえて神々しささえある。
頭が真っ白になって動けない私に臣君は楽しそうに話しかける。
「わー、すごい防御結界だなあー。次は何人か連れてこなくちゃ僕が焼き切れちゃうよ。
うーん、今回はむりそうかなぁ、ごめんねリリ。
そうだな……ちょうどいいから一週間後にむかえにくるね。面倒なのも来たし」
そう言って、臣君はフワッと消えた。空間に溶けるように。
「リリッ!!」
息を切らしたシェイド様が移転で急に現れて、私を抱き上げて周りを警戒している。
「何かに会ったか?」
「——っ、何も……」
咄嗟に嘘が出てしまう。
あの人からは逃げられない。
「クリフ!防御壁が破られてる。既に気配はないが警戒しろ」
「大丈夫か?なんでこんなところにいる?」
「あ……眠れ、なくて……ごめん、なさい」
「謝らなくていい、部屋に戻ろう」
部屋に戻っても、シェイド様はすぐに出かけてしまって、私は慌てた顔のみんなにお世話をされてまたベットへ戻されただけだった。
臣君がこの世界にいた。
私を迎えに来ると言った。
もうそれが全てだ。
遠縁の親類にあたる臣君は、私が最後に居候をしていたお宅の実子だ。
街で評判の秀才で、スマートで、いつも女の子に秋波を送られているような人。
私が高校二年の夏に橘家に居候した時には既に社会人だったから、接点は無いと思っていたけれど、引越し当日から臣君は私を構い倒した。
高校までの車の送り迎えに勉強のフォローまで。
臣君が用意したスマホに、毎月何万円もチャージがされて、この時だけは毎日お昼を食べる事ができた。
スマートで優しいお兄さんだなと思っていたけれど、進路希望のプリントが来た頃から何かが崩れて来た。
「リリは看護師になりたいんでしょ?僕の病院の近くの大学の看護科にする?」
「え?私、看護師になるなんて…………」
そんな事言ってないという言葉は臣君の笑顔にかき消され、そのまま看護科志望という事になってしまった。
その間に親から辞めさせると電話があったとかで、バイトをクビになった。
これも臣君が自分で私に言ったのだ。
「リリは働かなくてもいいよ、僕といる時間が減る」
頑張って作ったお友達たちから一斉に距離を置かれ始めたのも臣君が何かしたからだった。
「ちょっとスマホ貸してくれる?リリのお友達とはなしたいんだよね」
私の携帯は臣君支給の物だったし、私に所有権は無い。
だからといって、嫌な事や痛い事をされたかというとそうでは無い。
いつも優しくて穏やかで安心できた。
守ってもらっているという感覚は寄る辺ない私にはある意味の心地よささえあった。
そこへおじいちゃんが現れたのだ。
私に寄り添う臣君をじっと見て何かを感じたのか、すぐに私を引き取ると提案してくれた。
臣君は最後まで渋ったけれど、私が臣君の指定した大学を受ける事を約束したら引き下がってくれた。
この頃は、臣君の籠の中から出ようと思っていたんじゃなくて、たまに息抜きできたらいいなぁというぐらいの感覚だった。
橘の家を出ておじいちゃんの家に引っ越してからは逆に喪失感さえあった。不安で不安定になっていたと思う。
——「無知は罪なり、知は空虚なり」
そんな私に事あるごとにおじいちゃんが言った言葉。
最初は額面通り受け取って、勉強を頑張った。勉強が楽しくなって来た頃に受験があって、私は臣君との約束通り臣君の勤める病院の隣にある大学の看護科を受けたのだ。
全部解けた。簡単だった。
けれど、私はわざと一問ずつ解答欄をずらした。全ての教科で。
不合格になるのはわかっていたので直ぐに就職の希望を出して、推薦で小さな工務店に就職が決まった。
臣君の影に怯える間もなくおじいちゃんが亡くなって、私はこちらにきたのだ。
その後臣君がどうなったのかは知らない。




