眠り1
ソファーに倒れ込んで丸くなったまま時間ばかりが過ぎていく。
シェイド様はとうとう来なかった。
来なかったという事は、そういう事なのだろう。
空が白み始めた頃、眩しいなと思ったら空の中央から黒い点が広がってまたドーム全体が暗くなった。
私を主と認識したドームが私の心地よい空間を作っていく。
————それなら——
——もう私を一人にして欲しい。
——誰も入ってこれない様に。
——何も考えずに眠りたい。
——このまま、私を一人に。
◇◆◇
◇◆◇
◇◆◇
ふと、意識が浮上する。
誰かに呼ばれた様な気がして、ひどくおっくうな気分になる。
——何も聞きたくない
◇◆◇
◇◆◇
微睡の中、好きだった人の事を考える
——幸せだった
——傷つけられても、あの人が好き
——幸せにしているだろうか
◇◆◇
何かを忘れていたような気がして、いやな頭痛が頭に響く。
——痛い
——眠らせてほしい
——ここは心地よい
◇◆◇
◇◆◇
「グラセン公爵様!部屋に小型の魔獣が出ましたの!!私怖くって……!」
しなを作って俺に甘える仕草を見せる。
イリオヤ皇国は聖教会の加盟国ではないが、魔獣色への忌避感は同じくある。
この時点で裏があるのはわかっているのにリリではなく俺に近づく理由が分からない。
やんわりと牽制して部屋を捜索したが、気配すらない。
これは謀ったなと気づいたので、
何とか宥めにかかる。
「慣れない旅先で疲れが出たのでしょう、お部屋前に護衛をつけますので、安心してお休み下さい」
「そう、それなら……」
納得したように見えた隣国の姫は果たして翌日のパーティーでやらかした。
————今夜も私の部屋に来てくださいね?
よりによってリリの前で。
顔色の悪いリリの表情が歪む。
待て!違う!!
パーティーは外交の場でもある。
俺が一人で騒ぐわけにも行かず、奥歯を噛んで引き下がる。
夜中にまた魔獣騒ぎがあった。
今度はしっかり気配もあって、屋敷中捜索することになった。
普段ピンポイントで気配察知できるはずがなかなか捕まらず、気ばかりあせる。
——リリがドームにいる。俺を待ってる。
明け方ようやく姫の部屋で小型の魔獣を捉えた。こんな小さな一匹になぜこんなに時間がかかる?
急いでドームに移転しようとしたが、魔力が弾かれた。
——なぜ?
——リリの気配がどんどん薄くなっている
——怪我をしている?
——違う、弱っている?
——弱って、眠っている?
何をしても中への移転が阻まれる。
生物としてのラインギリギリのところまで気配が落ちた。
ドームの魔力が感じた事のない、独特なものになっているのに気がついてようやく分かった。
——ドームによって、眠らされている。
夕方にはリリがいないと騒ぎになっていた。
第二王子も焦って気配を辿っているようだが辿りきれず、第一が裏庭を荒らして行く。
「クリフ、裏庭のドームを第二で二重に取り囲む!誰にも手出しさせるな!絶対に守れ!!」
ドームをぶっ壊す事も頭をよぎったが、生物としての全ての機能が低下した状態で眠っているリリがどうなるか未知数だ。
色々な事が頭の中で繋がっていく。
「団長!弟がここ最近で姫様が毒味なしでお口に入れた物はこれしか無いと言い張るのです!猊下に検分をお願いしております!!急ぎ会談を!」
変わった柄の異国の菓子箱を持ったアランが、血相を変えて飛び込んできたのを首元を掴んでそのまま一緒に執務室に移転する。
「何故このようなことになっているのです!」
聖主の焦った顔なんて初めてみたな。
「こっちもさっぱりだ。分かった事は?」
「この異国の菓子には魔血が仕込まれています。それも濃厚な……いや、わざわざ濃縮されたような……」
「————殿下か。クリフ!聞いてたか!第二王子を捕えろ!!アラン!お前も行け。必ず捕えろ!俺はドームに戻る。——猊下、この借りは、必ず」
「ハッ、小僧が。必ず守れ」
「言われなくとも」
ドーム前からリリに通信魔法で呼びかける。
通った所でリリが受け取れるかは分からないがこれしか今は手段がない。
外の声は普通に呼びかけても中には聞こえない。
全ての通信魔法が弾かれて、気ばかり焦る。
リリ本人が俺を拒否している様に感じて血の気が引く。
違う、誤解だ!リリ、話を聞いてくれ!
一日経って、三日経って、一週間経っても結果は同じだった。
第二王子は大人しく捕まり、幽閉された。
そっちはクリフに任せて、俺は昼夜ずっと通信を送る。
リリの心に届くように。
話がしたいと懇願するように。
一月経って、リリの気配の大きさにごく稀にかすかな波があるのに気がついた。
リリの意識が戻る瞬間がある……?
朝だったり、夜だったり時間はまちまちで規則性はないが、ごくごく稀な気配の波を逃さない様に集中する。
二ヶ月経って、三ヶ月経って、波が起こる頻度が減ってきた様に感じて絶望感がよぎる。
頼むリリ、戻ってきてくれ!何でもする!
——俺の妖精が手の中から逃げて行く。
◇◆◇
誰かが泣いているような気がして、ふと意識が戻る。ドロドロとした思考がまだ眠りたいと誘う。
——誰?
——男の人が泣いている
——この人が好きだった
——声が聞きたい
◇◆◇
俺自身の時間の感覚も無くなってきた頃、久しぶりに捉えた気配の波に、思わずドームに手をつく。
焦る気持ちを押し込めて、リリの気配を逃さないようにあらん限りの魔力を注ぎ込んで話しかける。
「っつ————!!!リリッ!!!頼む!頼むから返事してくれ!!」
「しぇ、いど、さま?」
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