ドーム
テオ君と手を繋いで王城の裏手を行くと、白樺の木に囲まれたドーム型の建物が見えてきた。
白樺の木が上手にドームを隠していて、白いドームなのに目立たない。
「この鍵、鍵先の凸凹が無いけど、ちゃんと開くのかな?」
「魔力で出来た鍵の様ですね。僕、初めて見ました、凄く高度な魔法技術だと思います」
「う~ん、そもそも扉がないね……」
ドームの入り口に続くアプローチは神殿のように左右に柱がある造りになっていて、入り口は絶対にここのはずなのに扉がない。
「ここの鍵だってシェイド様は言ってたんだけど……」
「魔法でできた鍵なのでそもそも鍵穴を必要としないのかもしれません、手に持ったまま近づけてみてください」
「こう?」
本来なら扉があるべき場所に鍵をぺとっとくっつけてみたけれど、隠し扉が開くとかそんな事はなさそう。
「ん?なんか私達、光ってない?」
うっすら温かみのある光が私を包んでいる。
私と手を繋いでいるテオ君にも伝染してしまっているけれど、嫌な感じはせず逆にじんわりとした温かさがあって心地いい。
「姫様、僕たちドームの中に転移しました」
「えぇ!?」
体を包む光にばかり注目していた視線を外に向ける。
「わわっ!本当だ、すごい!!」
ドームの中は手入れの整った庭になっていて、とても広い。
「なんか、外で見た大きさよりも広くない?」
「……そうですね」
外から見ていたドームは一軒家くらいの大きさだったけれど、ここは運動場くらいはある。小さな湖まであって、混乱する。
「リリ」
「シェイド様!」
振り返るとそこには隊服姿のシェイド様がいて、今日は出会った時に付けていた大きなコートの様なものを左肩にかけている。
はぁ、眼福!!!
「お待たせしましたか!?」
「いや?ここに人が入ったら気配で分かるようにしてあるからな、今来た」
「すごいんです!ふわぁっと光って、中に入れました!怖い膜は通らなかったのに!」
「ああ」
シェイド様は優しく髪をすいてくれて、笑いかけてくれた。
「?小さいのがいるな」
「テオ君です、いつも助けてくれるんです」
「テオと申します、姫様に拾って頂き、下男を務めております」
「へぇ」
「下男?侍従じゃなくって?」
特に違いがわからないけど、私はずっと侍従だと思ってた。何か違うのかな。
「姫様はお優しいので僕を侍従扱いして下さいますが、僕は姫様の侍従になるには身分が低いんです!」
テオ君は特に辛そうという事もなく、いつも通り元気にニコニコ答える。
「それは教本か?」
シェイド様は身分の話には返事をせずに、また別の質問をする。
「あ、はい、ドノヴァン老師のお手伝いをしておりまして」
「あの爺さん、まだ生きてたのか」
「いろいろ教えて頂いてるんです、私、この国の事も、この世界の事も、何も知らないか、ら……」
「そうか」
すいた髪先を持ち上げてキスを落とされた!!
甘い!!!シェイド様が甘い!!!
「シェ、シェイド様?なんかいつもと違いませんか?」
「そうか?俺はいつも通りだけど、敬語をやめろつったのはリリだぞ?」
「そ、それはそうなんですけど、そうじゃなくって……」
シェイド様はフッと笑って私の手を取ってくれる
「湖にガゼボがある、そこに行こう」
「は、はい」
「小さいの!そこの奥にテーブルと椅子があるから、その続きしとけ。一刻後に迎えに来い」
テオ君が黙ってドームの端に控えに行くのを見て、小さな背中に向かってシェイド様が声をかける。
「続きでございますか……??」
「それ。爺さんに何かいわれてんだろ」
小さな手に何冊も持った教本を顎で示してシェイド様が優しく言う。
「!?はい!!ありがとうございす!!!」
ぱあ~と笑顔になったテオ君がペコリとお辞儀をして奥にかけて行った。
「シェイド様はずるいです。私もテオ君に今みたいに笑ってもらいたい!」
シェイド様はニヤッと笑っただけで湖に向かって歩き出す。
はぁ~かっこよさが限界突破してる。
神様、私の好きな人が尊いです!!
背の高い木々が並木に植えられた小道を通って奥の湖に出ると、湖面にキラキラと太陽の光が反射して見えた。
「わぁ!あれ?太陽の光?」
ドームの壁は遠くの方にみえるのに、天井が無い。ちゃんと日差しがあって、柔らかい風まで感じる。
「母上が先代の王から賜った魔法庭園らしい。体が弱い方だったから、ここが母上の世界の全てだったみたいだな」
「シェイド様の、お母様……」
「元々大規模な保存魔法がかかってたし、俺もほったらかしだったが、リリと会う場所にするにはちょうどいいだろ」
湖の真ん中に小さなガゼボがあり、可愛らしい橋がかかっている。
澄んだ水の中に小魚の影が見え、どこからかサラサラと水の流れる音もする。
土の匂いがして、木漏れ日が優しく肌を渡る。
「りりにやるよ」
「へ?」
「その鍵があればどこからでもここに来れる。鍵をもってここに一度入ったからな、リリが主だとドームに認識させた。後はどこのドアからでも、鍵穴に差し込めばここと繋がる」
「えっと?」
「……プレゼントだ」
「プレゼントの規模を超えてませんか?」
「だめか?」
「ダメな……訳ないです、すごく、嬉しい!」
「なら良かった」
シェイド様は笑って私を座らせてくれた。
ガゼボの中は大きなソファーになっていて、真ん中に小さなテーブルまでついている。
「すごい、綺麗……」
「母上に花が枯れるのを見せたくないつって、木ばっか植えたみたいだな。結局こんな桁違いな保存魔法までかけさせてんのに、意味わからん。溺愛していたらしい。」
「ピクニックに来たみたいで凄く気持ちいです!」
「つくりこんだ城の庭園にしか行けない母上は案外こういうのが新鮮で嬉しかったのかもな。公爵家に降嫁してからもちょくちょく来ていたみたいだし」
「ここは、落ち着きますね」
「俺らはどこにいっても人の目があるからな。ここならリリと二人っきりになれる」
「私、ずっとシェイド様とお会いしたかったんです」
「ああ」
「シェイド様のこと、ずっと、す、好きで……」
「ああ」
「失恋して、辛くて、それで、」
「悪かった」
「っ~~~~~~」
シェイド様の声と髪を撫でる手が優しくて、ポロポロと涙が出てくる。
「っあ??」
フワッと横抱きにされて、気づいたらシェイド様のお膝にのっていた。
「え?えぇ?」
「好きだよ。もう我慢しねぇし、譲らない」
「っ~~~~~~」
泣いた顔を見られたくなくて首筋に擦り寄ると、一瞬ビクッとしたけれど、何も言わずに私が落ち着くまでずっと髪を撫でてくれた。
◇◆◇
「俺の妖精はよく泣くな」
ひとしきり泣いて、涙は落ち着いたけど、ずっとシェイド様のお膝の上で結局ドキドキがおさまらない。
「グズッ、泣かせるのはいつもシェイド様です」
「…………クソ、墓穴掘った。悪かった」
「その、私の天使、とか僕の妖精~って、何かのフレーズなんですか?シェイド様、良く言いますよね?」
「へぇ?」
「え?」
「俺は俺の妖精としか言ってねぇけどなぁ。他は誰に言われた?ちょっと待ってろ、殺してくるから」
「ひぃっ!ちが、ちがくて!聞いた事ある気がしただけで!!!」
魔王のスマイルが怖い!!
お顔が整いすぎてて、圧がすごい!
「その、誰に言われても、私はシェイド様しか見てないですし……」
「ッあ~~~~!俺の理性!仕事しろ!!!」
「!?しぇいど、さま……?」
「これはおもったより拷問だな。ガキが一緒に入り込んでて良かった」
「姫様~~~~~!」
橋の向こう側でテオ君が手を振っている、
慌ててお膝から降りようとしたら、シェイド様が私を抱えたまま立ち上がった。
た、縦だき!?
思ったより高さがあって、首にしがみつく。
シェイド様は私を軽々片手で抱いて、湖の橋を渡って、テオ君を近くに呼び寄せた。
「ちょっと起動までまっとけ、小さいの、動くなよ」
「はいっ!!」
テオ君はシェイド様のする事がわかった様で、大人しくシェイド様のマントの中にいる。
「な、何?」
「移転の魔法陣だ。古臭いけど、これなら怖くないんだろ?」
「え?」
さっきと同じ淡い光が私達を包んで、また眼を開けると、目の前にケイトさんのビックリ顔があって、私の自室に転移していた。




