舞踏会2
「なっ!?————はぁ!??」
中央の王族席に現れた彼女を凝視してしまう。
第二王子にエスコートされ、ゆっくりと入場してくる彼女はふわふわと裾の広がる桃色のドレスが似合って美しい。そのドレスが見えているのはスカート部分のみで……。
「っっつ——!!」
「団長の隊服ですねぇ。隊長章ついたままですし。
ご本人気づいておられないようですけど破壊力、凄まじいですねぇ」
クリストフが隣で澄ました顔で言う。
ここで周りの貴族達がチラチラと俺の方を見ているのに気がつく。
「まぁ、なぜ落ち人様が第二騎士団の上着を羽織っておられるのかしら」
「殿下の第一騎士団の隊服色は白ですし、何かのまちがいではなくて?エスコートは殿下がなさっておられるのに……」
「第二の団長様、上着を着ていらっしゃらないけれど……まさか…………」
「彼が此度の落ち人様を最初に保護したそうじゃないか」
何が起こっている!?
なぜ彼女が俺の隊服を羽織っている!?
目に毒すぎるだろ!!
対俺の最終兵器かよ!!!
華奢な身体に明らかにデカい俺の上着を肩からかけ、細い手が前を摘んで押さえている姿が俺に縋っている様に見えてしまってヤバい。
グワァぁっと顔が熱くなり、口元がかってにニヤけるのをあわてて隠すために手で覆うが果たして何の防壁にもなっていないだろう。
「団長、ニヤけるのは後にして、仕事して下さい」
クリストフに氷点下の視線を向けられて、少しだけ頭が冷えた。
「なぜ…………」
「知りませんよ。どうせ後でご挨拶にだけ伺う予定でしたし、その時に聞いてみたらどうですか。ステイです、団長」
「お、おう」
席にエスコートされ、腰を下ろしてもなお俺の上着の端を握りしめている姿を後ろ髪引かれる思いで振り切って職務に戻る。
いや無理だろ……これ…………。
◇◆◇
会場が広すぎて王族席からは一人一人の顔までは分からない。
招待客であるドレスアップした人たちも多いけれど、会場の壁には沢山の商人達もいて、露店を出している。
パーティーにふさわしく、露店の店構えも豪華な生地や衝立を使って華々しい。
招待客達が様々な品を吟味しているのが見える。
もう一方の壁側は立食形式のビュッフェスタイルになっていて、ここまでいい匂いが漂ってきている。
踊り子や小劇団のような人達も居て、一瞬でも退屈する時間がないように設定されているのだろう。
「リリちゃん、食事はこちらに運ばれるけど、王族は皆の前で極力食事はしないから形だけ。
パーティー後にお部屋に軽食を運ばせるからそれまで待っていてね。
飲み物は何でもどうぞ。何にしようか?」
「はい…………では、果実水があれば、それで……」
返事をしながらも目線はキラキラした会場にむいてしまう。
「商団が気になる?後で一緒に行こうね。何でも好きな物を言って?プレゼントするから」
「いぇ……欲しいものなど……でも、見るのは楽しそうです。見学できたらなと思います」
「ふふふ、楽しみにしていて。まずはリリちゃんのお披露目が先だ。あぁ、はじまるよ」
「は……い…………」
急に不安になって、シェイド様の上着の端をギュッと握りしめた。もう彼はそばにはいないけれど、ブカブカの大きなジャケットが私に安心をくれる。
弦楽器の奏でるバックミュージックが不意に止み、王陛下が前に出る。
「皆の集まり、嬉しく思う。今宵は第三の御子の披露目だ。リリ様、ここへ」
「はい」
足が震える。ほんの数歩の距離で足がもつれそうだ。
「りりちゃん、今はこれは取ろうね、不敬になるから。大丈夫、ここに置いておくから」
カイウス殿下がスルリと私の肩から上着を取って私の椅子にかけ、王陛下の前までエスコートしようと手を出してくれた。
急に肩が空気に触れたからか、それとも緊張からなのか、身体がより一層カチコチになってしまい、椅子にかかる上着にすがる視線を送ってしまう。
「りりちゃん?」
「っ……!はい」
今は、こちらに集中しよう。近いうちに返さなきゃいけない物に、いつまでも頼っていちゃダメだ。
「我が国の落ち人、リリ様だ」
「リリ・ユウキと申します。どうぞよろしくお願いします」
覚えたばかりのカーテシーは足が震えて上手くできたかどうか。
「この国に来ていただいた事、誠に嬉しく思う。今日はリリ様のためのパーティーじゃ。楽しんで欲しい」
「はい、ありがとう存じます」
私がお礼をいい終えると同時に会場中に大きな拍手が湧き起こり、楽団がまた心地よく音楽を奏で出した。
カイウス殿下がニッコリ笑いかけてくれて手を取ってくれる。
「上出来だったよ。皆、君の美しさに息を呑んでいたね」
「まさか、そんな事」
(何もかも、色素が薄いだけだよ)
「少し休もう。ここが落ち着かなければ、個室もあるよ」
「いえ、大丈夫です。少しパーティーの様子をここから見学してますね」
「本当は君のファーストダンスを僕にもらいたかったんだけれど、まだダンスレッスンを始めたばかりでは仕方ないね。今日は見学だと聞いているよ。次の機会には、是非に」
「いつになるか、分かりませんが」
「まっているよ。公務として僕はダンスの義務があるから席を外すね。少しまっていて。何かあればケイトに」
「お嬢様、果実水をご用意いたしましたわ。まずは一つ、お疲れ様でございました」
「ありがとうケイトさん」
甘い香りのついた果実水で喉を潤し、やっと少し身体の力が抜けたような気がした。




