尊師2
「さて、この世界の事を知りたいんじゃったか。だが漠然としておるのぉ、まずはリリちゃん姫が何に興味を持っていて、何を不安に思っているのかを知る事からはじめようかの」
「そう……ですね。分からないことが分からない状況が不安です。私の周りが、私の意思とは関係なく動いているので……」
「落ち人様だからのぅ、皆リリちゃん姫を獲得する事に必死なんじゃろうて。
ふむ、本当は歴史や地理の講義から入ろうかと考えておったがな……しばらくはわしとお茶会じゃな。分からない事を質問する時間にしよう。不安は先に取り除かにゃならん」
「ありがとうございます、嬉しいです」
テオ君のカップが空になっていたので新しく注いでやる。目の前で蜂蜜をたっぷり垂らしてあげると目が輝いて、夢中になっている様子が可愛らしい。
尊師さ……おじいさまも同じ事を思ったらしく、後ろの棚からクッキーの缶を出してテオ君のソーサーにクッキーをそっと置いた。
おじいさまとアイコンタクトをし(目は眉毛で隠れているけど!)、頷く。テオ君が気づいて恐縮してしまう前に、テオ君のくちにあーんすると、ぶわっとテオ君の周りに花が咲いてうっとりとクッキーを食べ始めた。
うんうん、うちの子今日も最上級に可愛い。
「ん゛ん゛っ!…………先ずはわしから少し質問をしようかな……リリちゃん姫もクッキーをおたべ」
気を取り直したおじいさまが言う。
うんわかるよ、このテオ君はずっと見てたくなる可愛さのかたまりだからね!
「はい、ありがとうございますおじいさま」
「リリちゃん姫は、落ち人様の求められる役割に気づいておるかい?」
「役割、ですか?自覚はありませんが、魔を弾くとか、弱体化するとか、そんな事を聞きました」
「ふむ。それはただの能力であって、役割では無いな。ではもう一つ踏み込んで、聖教会にとっての第三の御子の役割は何じゃと思う?」
「教会にとって……?広告塔というか、生身の偶像崇拝的な?」
「正解じゃ。賢い生徒じゃの。セフィロスの坊主も必死だったわけじゃな。まぁ、策に溺れた感はあるが、本気になったのかのぉ」
あれからセフィロス様からは何もアクションはない。カイウス殿下を通して令嬢シスターズの恩赦の嘆願書を送っただけだ。
神に逆らったとして斬首なんて、あり得ないもの。
もし斬首なんかしたら、セフィロス様とは一生会わないって書いてやったら、遠い地方の教会に送られる事が決まったそうだ。
事件も公にはなっていない。
カイウス殿下はお腹を抱えて笑っていたけれど、寝覚が悪くならなくて本当によかった。
「では王家にとって、落ち人の役割は何じゃろうかの」
「国土の安定……ですかね。魔物の出現頻度が減るから……」
「うむ、半分正解じゃ。もう一つは聞かされておらんのか」
「まだ何かあるのですか?」
「魔力の強さは国の強さじゃ。わしらは聖典のアースにあるような兵器は使わない。魔法が武器そのものだからな」
「?はい」
「創世の神達により人間は作られたとされる。当時の人間は皆とても魔力が高かったそうじゃ。本来は、魔を退ける駒として作ったのが人間だ、という説もあるほどじゃ。
だが、現在の我々人間は皆強大な魔力を持っているわけではない。
たまに先祖返りしたような奴も現れるが、ごく稀じゃ。
庶民など、生活魔力があればいい方で全く無い者もたくさんおる」
「私の子どもに期待しているって事ですか!?」
「そういうことじゃ。文献では、魔力の高い者が産まれるとある。王家は力を維持しなければならんのでな」
「最低……」
「まぁそういってくれるな。別に道具として見ているわけでは無いからの。なんせ、リリちゃん姫は神の子だからのぉ」
「でも……!」
「カイウスの坊やを当てがうあたり、まだ良心的だな。あの子は腹の立つ事に美丈夫じゃろ?既に奥方のいる第一王子の正室に押し込める事もできた」
「うへぇ…………」
「おや、カイウス坊やはお気に召さなんだか?セフィロス坊主も袖にして、この二人以上の物件はなかなかおらんぞ?」
「この世界の美醜の感覚は、私とはずれている様です。別に顔だけで判断するわけでも無いですし、なぜみんな男性のエルフ顔にこだわるんですか」
「ふぉっふぉっふぉっ、なるほどのぉ。興味深いな。創世の神の力への憧れかのぅ、本能的な物で、仕方がないな。全国民が聖書を持っていると言っても過言では無い。男はエルフ、女は天使様のお顔立ちや妖精様のお顔立ちが好ましいとされておるのは仕方あるまい。
リリちゃん姫にはちっとも響かんのは父神様だからではないかの?だれも、自分の父親は恋愛対象にはなるまいて」
「綺麗な顔だなぁとは思いますけど……特に興味は無いですね」
「ふぉっふぉっふぉっ、誰が勝ち残るのか見ものじゃのう」
「…………」
「明日から好きな時間にここにおいで。わしは一日暇をしておるし、何でも質問しにおいで」
「はい、ありがとうございます」
「それからそこのルトガーの小さな坊は、この部屋の前の廊下に控えさせる。リリちゃん姫がわしとのお茶会をしている間は廊下の本の整理をしておくれ」
「!!承知しました!!」
テオ君が元気よく応えると、それを見てややビックリした顔をしたあと、またにっこり笑う。
「いいか坊、よくおきき。この部屋の入り口側から遠くなる程に年齢が低い者用の教本となる。先ずはそこから整理を始めなさい。今は本と物で溢れておるが、壁に空の本棚がしっかりあるからの」
「はいっ!」
仕事をもらえて嬉しそうだ。
そりゃあただ控えているだけなのはつまんないよね。まだ七歳だし。
「それでな、わしと二つ、約束をしておくれ」
「はい!なんでしょう!」
「一つは、坊が読んで理解できたものから棚へ戻すこと。分かったな?」
「??中を拝見してもよいのですか??」
「もちろんじゃ。時間がかかっても良い。理解できん事があればまとめておきなさい」
テオ君の目がどんどん輝いていく。テンションが上がりすぎたのか、またその場でぴょんぴょんし始めている。
そうか、賢い子だもんね。学びたいよね。
「尊師様!二つ目のお約束は何でしょう!?」
ぴょこぴょこ動くテオ君におじい様は急に難しい顔を見せる。
「それがの~、これはちぃーっとばかり難しいかもしれんがな、リリちゃん姫はまだこちらのことを何も知らんじゃろ。坊が端の教本から読んで、姫の講義にちょうどよい内容があったら教えておくれ。すこし、いや、すご~く難しいかもしれんが」
子どもの扱いがうまくて笑ってしまう。
「僕!僕やります!!姫様のお勉強の教材を見つけるんですね!?」
「いやいや坊よ、教材になる本はお前が読みなさい、理解して、噛み砕いて、どの様に何を、どの順番でリリちゃん姫に教えればいいかをわしに話すんじゃ。教材は持ってこんでもよろしい。坊が理解したなら本棚へ、じゃ」
テオ君は口に手を当てたまま、こんどはホワホワと考えだした、よく分からないけれど、テオ君がすごく楽しそうで嬉しい。
「しばしの間はわしらはただのお茶会を楽しむからの、一度目の提出は一週間後、でどうじゃ。もしも文字がかけなければ口頭でもよろしい」
「はい!!はいっ尊師様!!!」
「ふぉ、ふぉ、いい返事よの、新しい我が助手に期待しておるぞ」




