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タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する  作者: 雨香
第1章

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支配と手綱2


午後の柔らかな陽射しが心地よい外廊下を渡り、聖堂までテオ君と二人で歩く。


聖都の風はグラセン領とは違って乾いていて、土の匂いがしない。


聖堂の中に入ると薄暗く、気温が一段下がった様に感じた。


「思ったより暗いね」


「はい、ステンドグラスは全て午前の光が入るように設計されているんです。午後は礼拝者もおりませんし、あまり使われませんから」


「こんな時間にお会いできるとは重畳(ちょうじょう)ですね」


不意に声がかかって立ち止まる。

祭壇の下に、いつもより豪華な聖位服を纏ったセフィロス様が立っていて、こちらへゆっくり歩いて来た。


「セフィロス様、お仕事中でしたか?お邪魔してしまってすみません」


「いいえ、午後に聖堂の人払いが申請されておりましたので、あなたにお会い出来るかと足が向いてしまいまして」


近くにいたはずのテオ君がいつのまにか扉付近まで下がって控えている。

私はセフィロス様にエスコートされて祭壇に向かって歩く。


「見学ですか?」


「ええ……気になる事が、ありまして」


「気になる事ですか?私にも教えて頂けますか?」


「大した事では、ないのですが」


「どんな事でも構いません。あなたの事を知りたいのです」


ぼんやりと灯す蝋燭の灯りがチラチラとヘーゼルの瞳を揺らす。

私を見定める目、優しいのに、悲しい。


「女神様のお顔がどうしても気になっただけなんです。本当に、それだけで」


祭壇の男神(おがみ)と女神家族をみあげると、やはり地球を抱き込んだ女神様は泣いているお顔で、胸が痛い。


「あなたの祈りは私達とは比べものにならない程の癒しになるのでしょうね。女神様がお喜びになる」


「ふふふ、そんな力はありませんよ」


セフィロス様はただにっこりと笑ってくれた。

やっぱりこの人の沈黙は心地いい。


しばらくじっと像を見ていたら、珍しくセフィロス様が沈黙を破った。


「王家から、催促の手紙が山の様に届いております」


「はい」

いよいよお引越しのお話かしら?


「カイウス殿下が明日、こちらにいらっしゃると。いよいよ王家も痺れを切らした様ですね」


「カイウス殿下……?王族の方ですか?」 


私はこの国の事を何も知らなすぎる。

テオ君に簡単なことから教えてもらおう。


「第二王子殿下です。第一騎士団の団長でもあらせられる」


シェイド様の第二騎士団が王城と聖都の警備で、第一はたしか王族の護衛、だった気がする。


「へぇ、王子様が」


「王子がお好きですか?」


「まさか。お会いした事も無いのに」


「私と王家の地位は、同じです。私では、だめでしょうか」


「それは……えっと……」

この人は、好意の雨は降らせるけれど、好きという決定的な言葉を使わない。


「いえ、急ぎすぎました。忘れて下さい。

あなたとは、時間をかけた方が良さそうだ。

不本意ですが明日の午後、カイウス殿下をお茶会に招く事になりました」


「そのお茶会に出席すればいいのですね?」


「はい、最速で終わらせましょう」


セフィロス様らしからぬセリフに笑ってしまう。


「——?像の横に階段?」

もう帰ろうと、目線が下に下がった所で、踏み台のような数段の階段が像のそばにあるのが目についた。


「あぁ、ミサの時、係の者が魔法で光を灯すのです。ウェンザと、アースに。高い位置にあります故、踏み台ですね。舞台裏はお見苦しいものばかりです」


「登ってみても、いいでしょうか」


「構いませんが、危ないですのでお手を」


数段の階段を登ると、女神様にグンと近くなった。泣いているお顔、幾筋かの涙までよく見える。

ギュッと胸が潰れそうになり、思わず手を伸ばす。

女神様のお顔には手は届かず、抱きしめているアースに手が触れた———————


瞬間周りがパッと明るくなり、煌々とした光の渦に反射的に目を閉じた。

音や衝撃は何もなく、触れた像が一瞬熱を持った様に感じ、私の全身を通り過ぎて行った。


眩しさがなくなり、恐る恐る目を開けると、驚いた顔のセフィロス様が像を凝視していた。


「今、何か……」


「姫様!お怪我はありませんか!!?」


テオ君が慌てて走ってくるのが見える。


「セフィロス様……何か今魔法を?」


「私は何も。リリ様……女神像を」

セフィロス様は像を凝視したまま答える。


「あ…………!」


女神像のお顔が穏やかな表情に変わっていた。慈愛にみちた、柔らかな表情でアースを抱いている。


「何で……?何の魔法?」


「魔力の痕跡がありません。魔法では……ありませんね」


「私の、せい?」


「美しい表情ですね、リリ様のお帰りを喜んでおられるような」


「触れた時に少し、熱を感じました。私の中の、嫌なものを取り払う様な……」


セフィロス様は驚いて今度は私を凝視する。


「あなたの中の魔毒の気配が無くなっています。お母上はことの他、あなたを可愛がっておられる様だ」


お母上、という言葉が可笑しくて、緊張が解ける。もう一度女神様のおだやかな表情を見上げる。

うん、このお顔の方がいい。

私はこのお顔が好き。

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