聖都
グレーの石畳の街並みが美しい。
そこかしこに噴水があり、青い王家の紋章と白地に金の聖教会の紋章のタペストリーが二枚並んで家々のドアに掲げられていて、とても華やかだ。
「わぁ、素敵——」
「ここの石畳が観光地になるぐらい有名なんですよ、馬車は少し揺れますがね」
セフィロス様が苦笑しながら教えてくれる。
「お城がある————ニつ?両方とも、すごく大きい」
「この目抜通りより右に見えるのが王城です。軍事にも対応しなければなりませんので、王城はやや無骨な作りをしていますね。
教会は神々の城として作られておりますので、繊細な建築様式です……どちらがお気に召しましたか?」
「私が、選べるのですか?王城に行くと、聞かされておりました」
「我ら聖教会は第三の御子であらせられるリリ様のご実家、の扱いですね。教会が男神と女神のお住まいですから」
「はい、でも私は王城に行くのですよね?」
「それは……王家と聖教会は対立関係にはありませんが、一枚岩ではないということです」
仲良くないのかな、こんなに沢山の並んだタペストリーがあるのに。
「第三の御子は、家族から離れて世界を守ったと」
「はい、覚えております」
メモもとったもの。
「第三の御子が家族から離れる事が、安寧の象徴となる——というのが王家の主張なのです」
「屁理屈みたいですねぇ」
「完全にいいがかりでしょう?しかしこんな馬鹿な主張に先代の聖主達は従ってきた」
「なぜですか?」
「王子の婚約者として迎えられたからですよ。ご本人の希望には敵いません」
「王子の、婚約者…………」
「ご心配には及びません。聖教会がリリ様をお守り致します」
「私がいても、何の得にもならないのに…………」
「あなたがこの国にいるだけで我が国の魔獣の発現件数が驚くべきスピードで下がっています」
「え?」
「各領それぞれに騎士団がございますが、そこからの情報ですので確かですよ」
「何か別の原因じゃないですか?」
「ゼロになる訳では無いので、逆に分かりやすいのですよ。
あなたが移動した今回の旅、離れていく度に、離れた距離に比例して魔の発現がありましたから。それでも、リリ様ご降臨以前に比べれば雲泥の差なのですが」
「私は、何も…………」
「尊い御身だと御自覚頂けましたか?」
「ええと、まだ……」
セフィロス様がくしゃりと破顔する。
馬車は迷わず聖教会の方へ進んでいく。
◇◆◇
「圧巻ですね」
聖教会に入ってはじめに通されたホールはメインホールの様で、はてしなく天井が高い。
正面の壁が総ステンドグラス張りになっていて、日の光が後ろから真っ直ぐにはいり、キラキラした色を石の床に落としている。
壇上に大きな彫刻があって、以前聖書に載っていた男神と女神家族四人の姿だとすぐに分かった。
男神の手ひらの上に浮かんでいる丸い惑星は、幾重にも土星の様な輪があり、知らない惑星だったけれど、この世界なのかなと見て分かる。
「あ、あれ?これ、地球?」
女神が両手でだきしめている丸い物に目が留まる。
陶器の様な質感の石像で、柔らかな光沢しかなく、色がないため判別がしにくいけれど。
「地球……というのですか?前聖女の文献ではアースと」
セフィロスさまの言葉につい笑ってしまう。
「ふふふ、そうですね、様々な言葉がありましたから。同じ意味です」
「女神様は哀しそうなお顔でアースを抱きしめていらっしゃるでしょう?
第三の御子を憐れんでいると言われています」
「憐れんで……」
「追い出した魔と、自分自身とを核として世界を作ったのです。ですから、あなたが入っている惑星そのものを抱いて泣いていらっしゃる」
「へぇ……あれ、でも、魔獣はまだこの世界にいますよね?追い出せて無いんじゃ……?」
「創世の時代の魔は、知性があったと言われています。魔の一族としてこの地に蔓延っていた。今の世の魔は知性がなく、獣に成り果てたのですよ」
「泣いている姿は、悲しいですね」
「おやそうですか?美しいと、思いますが」
そうなのかな、無性に悲しくなるのはなぜだろう。
「りり様のお部屋にご案内いたしましょう。敷地が広いので、迷子にならない様常にテオをお側において下さいね。テオは何度かここに来て勝手は知っておりますので」
「はい、ここにも小さな湖がありますか?」
「はは、フレルヴェ領の教会が気に入ったのですか?湖はありませんが、ここには敷地内にいくつか泉がありますよ。庭園の中にもありますので、夕食はそこでとりましょうか、楽しみです」
「はい、ありがとうございます」