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出立2

「お迎えに上がりました、お身体に障らない様、ゆっくり楽しみながら参りましょうね」


公爵邸の正門前で聖主さんが優しく言う。


「はぃ、よろしくお願いいたします」


「グラセン領の境に第一騎士団がすでに到着しております。後ほど、顔合わせを行いましょう」


「はい……」


泣かないように、目に力を込める。

振り返ると公爵家のみんなが並んで頭を下げている。

先頭にいるシェイド様も騎士の礼をとってお見送りしてくれている。


「シェイド様、公爵家の皆様、クリストフ様、お世話になりました。私が無事だったのは全て皆さんのおかげです。ありがとうございました」


「お健やかであらせられる様、お祈り申し上げます」


シェイド様は頭を下げたまま言う。


「また、お会いできますか?」


「私も職場は聖都でございますゆえ、拝顔の栄を賜る事もございましょう」


シェイド様の敬意は、拒絶だ。


「はい、楽しみにしております」


泣かない。大丈夫。笑顔。


「お嬢様、これを。クッキーがはいっておりますから、途中でお召し上がりくださいね。

ばあやは心配で心配で」


「ばあや、じいや、優しくしてくれてありがとう、お手紙、書くね。頑張ってくるね」


「~~~~!!お嬢様!お嬢様!!誰が何と言おうと、グラセン公爵家がお嬢様の実家ででございます!いつでも帰ってきて下さいまし!!」


「お嬢様のお部屋は、そのままにしておきましょう。辛いことがございましたらいつでもじいやが駆けつけますぞ」


ばあやが号泣するから、つられて涙が出そうになり、唇を噛んでやり過ごす。


大丈夫、泣かない。大丈夫。


「じいや、ばあや、いってくるね」


ペコリと頭を下げて踵を返す。

口の中に血の味が広がってくる。


聖主さんのエスコートで馬車に入るとすぐに扉が閉められた。

窓も、カーテンがかけられたままだ。  


コンコンと聖主さんが中から合図したかと思うと滑る様に馬車は動き出した。




◇◆◇





「唇を、傷付けないでください」


「あ……」


無意識にずっと力が入っていた様で、意識して力を抜いた。


「あぁ、傷が……」


聖主さんがハンカチで口元を拭ってくれる。

誰かの優しさに触れると、涙が出そうになるから嫌だ。大丈夫。大丈夫。


「もう、泣いてもよろしいですよ」


「え?……いえ…………」


「私の前では、泣いて頂けませんか?」


「それは……」


「ゆっくりでかまいません。信頼を得られる様努めます」


「ありがとう、ございます……」


「カーテンを開けましょう。

グラセン公爵領は豊かな土地ですので、お心が休まるかと思いますよ」


はめごろしの小ぶりの窓から外を見ると、小麦畑がどこまでも広がっている。


窓を開けることができたら、あのお気に入りの窓辺の風と同じ風が入るのだろうか。


あぁ、私、あれだけお世話になっていたくせに、グラセン領のこと、何にも知らなかったんだなぁ。

短い時しか過ごせなかったけれどここが好きだ。

聖都も同じくらい好きになれるかな。



◇◆◇




馬車の旅は案外快適で、グラセン領を出て次の街の大きな教会に馬車は入って行く。


「宿にとまるのでは、ないのですね」


「はは、立場上教会は全て私の管轄下ですし、自由が利きやすいんです。国内に教会は沢山ありますし、貴族用の宿よりも余程快適に過ごせますよ」


「綺麗な、建物ですね。お城みたい」


「そうですね、全ての教会がこの規模ではないですが、各領地それぞれがメインの教会には力を入れて建設するんですよ。男神(おがみ)と女神の住まいとなる神殿として」


「面白いですね、教会はお祈りを捧げる所という認識でした」


「間違ってはいませんね。メインの主教会以外はわりと簡素な作りでごく小ぶりの建物ですよ。主教会だけは、神たち家族に少しでも長く自領に留まっていただきたいという思いを込めて建設するので、豪華になりがちですね」


「私はこの国の事を、何も知らないんですね」


少し疲れが出たのか頭が痛い。

目を閉じてやり過ごす。


「知らない事は悪い事ではないですよ」


そんなはずはない。

知らない事は、恥ずかしく情けない。


「無知は罪なり、知は空虚なり」

 

ぼんやりした頭でつぶやく。

誰の言葉だったか。

いつもおじいちゃんが口癖の様に言っていた。


聖主さんは眉を上げて少し驚いた顔をなさったけれど、何も言わなかった。

この人の無言の空間は心地よい。

配慮されているのに、こちらの配慮を必要としていない所が。

静寂を提供されている感じが。

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