出立前2 クリストフside
「リリ様、お庭にお散歩に行きませんか?出立前に少しでも体力をつけておきませんと」
目の前の美しい少女の目はうつろだ。
日がな一日窓の外をぼんやり見ている。
腕の中に団長の隊服を抱いて、無意識なのか胸のボタンをクルクルと指で撫でている。
話しかければ前と同じ素直で明るい答えが返ってくるので、無理をしているのだろうということがわかる。
団長は聖都での仕事に戻った。
夜も公爵邸にはお帰りになっていない。
徹底的に避けると決めたようで、少なからずそのお考えがリリ様に伝わってしまっている様に思う。
思い合っているはずのお二人に男神も女神も微笑まない。
「そうですね!!馬車の移動なんて初めてで緊張します。 クリストフさんも一緒にお散歩に行きましょう!」
「私はリリ嬢の護衛ですよ、どこまででもお供いたします」
「ふふふ、ありがとうございます!」
少女は丁寧に隊服を畳むと、椅子の上に置いた。
持ち歩くような事まではしないが、置いておいてもスラン殿もメイル殿も、屋敷のメイド達も片付ける様な事はしない。
部屋に戻った時に真っ先に視線で上着を探しているからだ。
示し合わせた訳でも無いのに、誰も団長には報告しない。
今の団長なら必ず取り返してしまう。
自分の痕跡を早く彼女の中から消してしまおうとしておられる。
「今日は猊下からのお花は何だったのですか?」
「今日はピンクのダリアでした!レースのリボンが結んであって、可愛かったんですよ!お見舞いにチョコレートの詰め合わせもついてたので、後でクリストフさんも一緒に食べませんか?」
初日のバラが公爵邸の廊下に飾られているのを見たからか、次の日からは花のイメージを素朴な、淡い物に変えてきた。
これがリリ様のお好みに合ったようで、素直に喜んでお部屋に飾っているお姿を、公爵家の者達は苦い思いで見守っている。
我が主にはない手練手管で雛鳥が食べられるのを黙って見ているしかないのがもどかしい。
「初めて、団長の色々な表情が見れて楽しかったんですがねぇ」
「ん?何か言った?」
「いえ、何でもございません」