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出立前1

真夜中に目が覚めた。


「あれ、私、どうしたっけ?」


魔熱の感覚が薄くある。

聖主さんと会って、それから…………?


あぁ、そうだ。動揺したからか魔熱が出て……その辺からの記憶がかない。


誰かにはこんでもらい、寝かせてもらったみたいだ。

泣いた様で目が腫れている。


「私、死んでたんだ」


声に出しても現実味が無い。

ちょっとひどい風邪……だと思って病院に行った。

肺炎になっているので入院措置がある病院に紹介状を出されたんだ。肺炎以上の事は、この病院ではわからないからって。


町のお医者さんは、何かの数値がどうのこうの言っていて、このまますぐに行けと指示されたけれど、家族のいない私は自分で入院用の荷物をまとめるしかなかった。

新しく借りたばかりのアパートに一度荷物を取りに帰ったんだ。


ゼィゼィいいながら支度して、少し横になって……


おじいちゃんの葬儀やら引っ越しやらで、あのころはずっと体調が悪かった。


そっか、私、死んだんだなぁ。


何となくベットにいたくなくて窓際にある椅子に座り、足を抱えて丸くなる。

月明かりが窓から入って夜なのに部屋は明るい。

窓を少し開けて風を通す。

外の匂いが心地いい。

濡れた地面と芝生の匂いがする。


膝掛けを取ろうとしてソファーを見ると、ソファーの背に見慣れた隊服が無造作にかかっているのが見えた。


シェイドさまの隊服!!


すぐに取って抱きしめる。

シェイド様のにおいがして落ち着く。

香水の匂いじゃない、冬の森みたいな、お日様みたいな……うまくいい表せないけれど。


そのまままた丸くなって座り、朝を待つ。


彼が好き。大好き。




◇◆◇




「何があった」


地を這うような声が出る。


一通りの状況説明を聞いたが、

怒りで頭が沸騰しそうだった。


「異世界で一度お亡くなりになったという事を、覚えておられなかった様です。思い出した事で、急にお体にストレスがかかった様に見受けられました」


クリストフの言葉にスランが続ける。


「原因が何なのか分かりませんが、お嬢様は眠る様に亡くなったのだと思います。普段薬がないと眠れないのは、お身体が本能的に眠ると危険と感じておられるのかと」


落ちた事がトラウマになっているのは気がついていた。

移転魔法を怖がる事もそこに関係していた。

分かっていたのに聖教会側に情報共有をしなかった俺が一番悪い。

俺が守ればいいと、思い上がっていた。


「此度の件、我らの失態でございます。如何様(いかよう)にも、ご処分を」


ニ人揃って頭を下げる。


「いや、一番悪いのは俺だな、聖主と話す段取りを」


「御意に」


守りたいと思って大切に手の中に入れていても指の隙間からこぼれ出ていってしまう。


俺では彼女を守れない。




◇◆◇




「リリ様の魔熱が下がり次第、出立しようと思います」


「あぁ」


「おや、反対なさるかと思っておりましたが」


「…………」


「言いたいことが沢山おありの顔ですね。

あなたの愚かな若い判断が、彼女を苦しめた。——————ガキが」


「承知している。移転魔法を怖がるため送ってやれない。護衛として同行する」


「必要ありません。第一騎士団が一個隊来る手筈です。他に隠していた事はありますか?」


「同理由により、睡眠を怖がる。現在はこちらの手配した医師により睡眠薬を出している」


「はぁーー。第二の団長ともあろうお方が、なぜそんな青い判断を……リリ様の優しさに付け込んだか」


「何とでも。反論の余地もない。俺の判断ミスだ。第一に任せよう」


「おや、引くのですか。すぐに掻っ攫われるでしょうが、よろしいのですか」


「元より俺とは関係ない話だ」


「はっ。引き際だけは期待しておりますよ。

————これ以上お心を惑わせるなよ小僧」


「……チッ。生臭坊主が」


「美しい雛鳥はいつか旅立つということ、ゆめゆめお忘れなき様」



◇◆◇



芥子(けし)の花だね、綺麗」


黄色、オレンジ、ピンクの芥子の花が綺麗にブーケになっていてすごく可愛い。

最初の大輪のバラの花束が来た時は面食らったけれど、ニ回目からは私の好きな花ばかりで嬉しい。


「こちらではモネミの花といって、薬草にも使われているお花なんですよ」


「じゃあ、こっちの世界の芥子の花には毒性は無いんだ?」


「毒性どころか、庶民の万能薬ですよ。煎じて飲むと体がポカポカして、お咳がとまるんです。おまじない程度ですがねぇ」


「私のいた世界では、芥子の花の花言葉は癒し、だったよ。聖主さん、意地悪なお兄さんかと思っていたけど、優しい人なのかもね」


「…………ではこちらも、お部屋にお飾りしましょうね」


「ありがとう、ほんとに可愛いね」


魔熱はあの後一日で下がった。

熱が下がった日にじいやから明後日聖都に出立が決まったと伝えられた。

当初の一週間よりニ日程早くなったけれど理由はわからない。


シェイド様とはもっと会えなくなった。

聖都でのお仕事が忙しいらしく、公爵邸に帰ってきていないみたい。


私が魔熱で迷惑ばかりかけているからかもしれない。

どのみち私にできる事は聖都に行く事しかない。好きな人に迷惑ばかりかけるのはすごく辛い。


あれから聖主さんとも会っていない。

今日はお見舞いのお花が届いて、


“出立の日にお会いできるのを楽しみにしております“


とカードに綺麗な字で綴ってあったから、出立の日までのお勉強会も無しになったみたい。


お部屋でぼんやり過ごすことが増えた。

シェイド様の隊服を抱き込んで、窓際の椅子でまるくなる。

皆が何にも言わないでいてくれるのがありがたい。

ちゃんといなくなるから、今はシェイド様の匂いの中にいたい。

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