久しぶりの対面
「アイラ!君この前の伯爵からの魔道具の修理依頼、きちんと対応したんだろうね?」
セオが珍しく厳しい顔をしている。
「はい?きちんとしましたよ?あの愛人を匿うための隠蔽魔術を施した香水ですよね?」
悪びれる様子もなく、セオにキラキラとした目を向けるアイラ。
「はぁ…。でも伯爵からクレームが入っているんだよ。隠したいものがきちんと隠れていないばかりか、よりにもよって本妻の前でキラキラと点灯するって。」
頭を抱えるセオはため息を吐いた。
その言葉を聞き、思わず吹き出すラヴェンダー。
「だって自業自得でしょ?本妻がいながら愛人を囲っているんです。罰が当たったのではと言ってあげてください。」
「そうは言ってもアイラ、この国では貴族が愛人を囲うのは特別珍しい事ではないんだよ?それに依頼に対して私情を挟んではいけないといつも言っているでしょう。」
アイラの気持ちが分からないでもないセオだったが、引き受けた仕事をきちんとこなさなければ、南支部全体の信頼に関わる。
セオが再び口を開こうとした時だ。
コンコン
扉を開けたのはアールだった。
国家魔道具師として南支部に配属されてから知ったことだが、バンフィールド公爵家は代々、国家魔道具師を束ねる国家魔道具師長にして、国家魔道具師協会の協会長を務める家門だ。
つまりアールの父ユーゴはラヴェンダーの遥か上の上司で、いずれはその地位がアールに約束されていることを意味した。
2年前ユーゴに会った時は何も知らなかったとはいえ、あの時の記憶を消して欲しいとすら思っている。
「おはよう諸君。今日もよろしく頼む。」
頭を下げる3人に手を上げたアールは、ツカツカとラヴェンダーに近付く。
「ラヴェンダー、今日うちの晩餐に招待したいのだが。実は相談したいことがあって。」
そもそもラヴェンダーを推薦したのがアールだというのは公然の事実だったので、こうしてアールがラヴェンダーの元を訪れる事にとやかく言う者は少ない。
「相談したいこととは。」
「実はヘクターの事なんだが…」
アールの言葉に勢いよく顔を上げるラヴェンダー。
「ヘクターがどうかしましたか?」
ラヴェンダーのその反応に苦笑する。
「うん。別に危険が迫っているとかいうわけでは無いから心配しないで。ちょっとした進路相談だからさ。」
「進路相談…分かりました。仕事が終わり次第、公爵邸にお伺いします。」
「うん、そうしてくれ。セオにアイラ、声が扉の外まで聞こえているから注意しなさい。貴族のスキャンダルは、簡単に口にすると被害を被るからね。」
そう言うと、アールは颯爽と部屋を後にした。
「あ…うん。気を付けよう。」
セオが汗を拭きながら言った。
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ラヴェンダーは定時きっかりに退勤し、バンフィールド公爵邸へ向かった。
勤務地である国家魔道具師南支部と、公爵家のタウンハウスは歩いても30分かからない距離にあり、ラヴェンダーは徒歩で公爵邸を目指すことにした。
国家魔道具師になって2年が経つが、未だに支部と家の行き来ばかりでポートマスの街を滅多に歩かないラヴェンダーは、恐々街道を歩いていた。
ガタリ
ラヴェンダーの隣で突然馬車が止まる。
「ラヴェンダー?」
馬車の扉を開けて出てきたのはヘクターだった。
数日前街で見たヘクターとご令嬢の件を思い出したラヴェンダーは、妙に居たたまれない気持ちになってしまう。
15歳になり随分成長したヘクターは、正面から見るとラヴェンダーの知る彼ではないようだった。
「あ…ヘクター?」
馬車を降り立っても、ラヴェンダーより頭一つ分大きいヘクターは首を傾げた。
「そうだよ。すっごく久しぶりだ。行くって言ったのに、会いに行けなくてごめん。」
(15歳の男の子ってこんなに大きいものなの?)
ラヴェンダーは首を傾げた。
「それよりこんなところで何を?一人で歩いていては危ないでしょう?」
「アールに会いに行くところなの。支部から公爵邸はすぐ近くだから。ヘクターは、学園の帰り?」
公爵家で暮らし始めた1年目は、邸宅の中で家庭教師から様々なことを学んでいたヘクターだったが、思いのほか優秀だった彼は、今年から学園に通っていると聞いていた。
「うん。そうだよ。それなら行先は一緒だね。この馬車に乗りなよ。」
ヘクターはそう促すが、ラヴェンダーは苦笑した。
「公爵様は私の上司よ。そんな家紋の付いた馬車には乗れないわ。先に行ってちょうだい。」
「そう?それなら僕も一緒に歩こう。先に帰っていて下さい。」
ヘクターは当たり前のように御者に指示を出すと、ラヴェンダーの隣に立つ。
ラヴェンダーは複雑そうな顔でヘクターを見上げた。
「何その顔。久しぶりの再会なんだから喜んでよ。一緒に歩きたいの。それとも、ラヴェンダーは僕と一緒にいるのが嫌なの?」
しょんぼりするヘクターを見て、ラヴェンダーは慌てて両手を振った。
「そんなわけないでしょう!久しぶりに大きくなったあなたの顔を見られてとっても嬉しいわ。体を壊していない?」
「ラヴェンダーは心配性だな。僕はこれでも剣術を習っているから、体は丈夫になったんだよ。」
そう言うヘクターは、右腕の上腕二頭筋を強調した。
「あら、すっかり男らしくなって。私も誇らしいわ。」
まるで母親のような態度に、ヘクターはムッとした。
「もっと強くなって、大切なものを守らなくちゃいけないからね。」
ツンと視線を前にやりながらそう言った。
「そうね、強くなって…。あなたにも守りたいものが出来たのね。」
ラヴェンダーの言葉に首を傾げるヘクター。
「ラヴェンダー?」
「あ…、ごめんね。行きましょう。こっちかしら。」
様子のおかしなラヴェンダーが、ヘクターの服の裾を掴んで小道へ引っ張る。
この小道は入り組んでいてどう考えても遠回りだが、挙動不審なラヴェンダーを気遣い、素直に従うヘクター。
公爵邸に着くまでの間にラヴェンダーの様子はすっかり元通りになったが、ヘクターは釈然としないまま帰ってくることになった。