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別々の時間

「マズい、遅刻だわ。」


ラヴェンダーは飛び起きて時計に目を向け、絶望的な表情でベッドから転げ落ちる。


衣装ダンスから、白を基調とした、襟や袖口に青い刺繍が入ったワンピースの制服を取り出すと素早く着替えた。


膝上まである白いブーツを履き、腰のあたりで太めのベルトをギュっと締める。


紫の髪を雑に一本に纏めた。


胸に紫のブローチを付け、姿見に映る茶髪に茶色い目の姿を確認して完了だ。


ヘクターがこの家を出て早2年。


ラヴェンダーは22歳になり、国家魔道具師としての仕事に精を出していた。


国家魔道具師の主な仕事は、帝国内に流通する魔道具に不正が無いかの調査や、国境を守る魔道具の点検、新しい魔道具の考案に、有力貴族からのどうでも良い修理依頼などだ。


準備を済ませ、急いで勤務先へ向かった。


ラヴェンダーの勤務先は、ポートマスにある国家魔道具師の南支部だ。


かつてヘクターと訪れた時は、5時間馬車に揺られてようやく到着した場所だったが、今では転移の魔術で家から支部に直通だ。


支部はポートマスの中心に建つ3階建ての大きな建物にあった。


「おはようございます!」


ラヴェンダーが慌てて到着すると、既に出勤し席に着いていた同僚が顔を上げた。


「おはようラヴェンダー。あいかわらずお寝坊さんだね。」


青い長髪を後ろで一本に束ね、青い目に眼鏡をかけたセオ・ファー二バルは、ひょろりとしているがしっかり者で、ファーニバル子爵家の三男だ。


「朝ごはんは食べたの?これ食べる?」


サンドウィッチを差し出したのは、ふわふわと腰までウェーブのかかった茶色い髪にオレンジの瞳の小柄なアイラ・スプーナー、平民出身だ。


二人ともラヴェンダーより5つ上の27歳で、勤務歴も8年のベテラン職員だった。


「おはようございます、セオ。アイラありがとうございます。ご飯を食べている時間がなかったから。」


二人はラヴェンダーと同じく制服を着ているが、男性のセオは白いトラウザースだ。


サンドウィッチを受け取り二人に挨拶をすると、宛がわれたデスクに着く。


経理や庶務はいるが、実働が3人しかいない支部ではお互い気安い間柄だ。


「今日の午後は国境の魔道具の調査でしたよね?」


「うん。最近隣国と南部の国境の魔道具が作動したりしなかったりするみたい。」


隣国は小国で、帝国の支配下に置かれている。


その為特別脅威という訳ではないが、念には念をというのが帝国のモットーだ。


「ラヴェンダーがサンドウィッチを食べたら仕事を始めるとしようか。」


セオがいつもの柔らかい笑みをこぼす。


「ごめんなさい、すぐ食べちゃうから。」


ラヴェンダーは口にサンドウィッチを押し込むと、すかさず立ち上がった。


「さぁ始めましょう。」


3人は笑い合い、仕事に取り掛かった。



―――――――――――――――――――――――――――


予定通り、3人は午後から国境へ向かった。


国境にある魔道具というのは、具体的には物見やぐらとして作られた塔だ。


円柱状の塔の一番上には人が立てる円形のスペースがあり、そこには常時兵が2名、その他に魔力維持の為の要員が10名ほど配備されている。


この塔自体が魔道具で、役割としてはバリケードだ。


国境を越えて帝国に入ろうとする人間が、どこかの指名手配や武器を持つ大勢の盗賊、魔物などの場合入る事が出来ない。


この塔は東西南北に1つずつ建っていて、各国境を4分の1ずつ担当しているという訳だ。


その4分の1たる南部の塔が、ここの所魔物や荒くれ者の侵入を許しているという通報が入ったのだ。


「この塔の点検、いつぶりだって言いましたっけ?」


ラヴェンダーは高い塔を見上げながら言った。


「うーんと、多分…半世紀ぶり?」


セオが苦笑しながら言った。


「早く終わらせて戻ろうよぉ。寒くて仕方ないわ。」


アイラは着込んだマントのフードをスッポリとかぶり、歯をシバリングさせながら言った。


季節は冬の始めだが、今年は特に寒い。


「そうね。チャチャッと終わらせて帰りましょう。」


ラヴェンダーは意気込んだのだった。



不具合の原因は、魔道具が保管されている部屋の湿度だった。


閉め切られた部屋で、雨漏りして渇いてまた雨漏りして、を繰り返しているうちに、設置された魔道具が腐食していたのだ。


「これなら交換で済みそうだね。」


セオはホッとしたように言った。


持ってきていた予備の魔道具を取り出すアイラは、手早く作業を始める。


アイラは既存の魔道具の交換が得意で、セオは壊れた魔道具の修理、ラヴェンダーは新規開発が得意分野だ。


3人しかいない部署で、それぞれ得意とする事が違うのはかなり便利だった。


「終わりー。さぁ帰ろう。ねぇちょっと早いけど、飲みに行かない?」


これが今日の最後の仕事だった。


「それなら、私が報告書を作成しておくわ。二人はいつもの酒場で飲んでて。遅刻した罰だと思って下さい。」


ラヴェンダーは苦笑しながら言った。


「分かったよ、出来た書類は僕のデスクの上に置いておいて。早くおいでね。」


南支部に戻ったラヴェンダーは、手早く報告書を作成する。


(急いで片づけなくちゃ。アイラが怒るわ。)



出来上がった書類をセオのデスクに置くと、ラヴェンダーはポートマスにある酒場に急いだ。


あまり街を出歩かないレヴェンダーは物珍しそうに周囲に視線を巡らせる。


まだ日が沈んでいない商店には若い令嬢が訪れ、カフェには仲睦まじいカップルが見える。


賑やかな街を遠目に見ながら、目的の酒場に足を速めた。


(さすがポートマス。高貴な令嬢令息がわんさかいるみたい。)


酒場に向かう小道に入ろうとした時、女性の小さな悲鳴が聞こえた気がして振り返った。


そこには、2年前のあの日以来、お互いの忙しさにかまけて顔を合わせられずいたヘクターがいた。


時折チェスのやりとりをするのとは訳が違う、本物のヘクターだった。


懐かしさが溢れ、一歩踏み出そうとした時、赤毛の美しい顔立ちの幼い少女と一緒にいることに気が付いた。


少女が転びそうになり、ヘクターが抱き留めてたようだ。


ラヴェンダーの胸がドクンと大きく高鳴ったのが分かった。


その光景から慌てて視線を逸らす。


恐る恐る視線を戻すと、赤毛の令嬢の手を恭しく取りながら微笑むヘクターの姿が目に入った。


再び目を逸らすと、急いで目的地に向かう。


(ヘクターも年頃だもの。令嬢と交流を始める頃よね。でもこのモヤモヤは何かしら。子供を取られる親の気持ち…?)


痛む胸に手を当て、ラヴェンダーは足早に立ち去ったのだった。

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