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ヘクターの悪あがき

ラヴェンダーとヘクターの共同生活が始まってから、12年が経とうとしていた。


「ヘクター。今年の誕生日は、玩具じゃ嫌なのよね?」


1年半前のあの日、ヘクターがラヴェンダーからのプレゼントであるステルス機能付き飛行型玩具を拒否してからというもの、ラヴェンダーは何かを与える時には、必ずヘクターに尋ねるようになった。


そろそろ14歳になるヘクターはさすがに玩具はいらなかったが、首を緩く左右に振った。


「ラヴェンダーからのプレゼントなら、何でも嬉しいよ。」


あの時の玩具が誕生日プレゼントだと後から気が付いたヘクターは、かなり反省していた。


ヘクターの言葉に、ラヴェンダーはパッと表情を明るくする。


「それならこれを。」


ラヴェンダーは、意気揚々と後ろから縦長の大きな箱を取り出した。


箱から二つ折りになった板が出てきた。


「チェス盤?」


「うん。ヘクターはとっても頭が良いから。それにこれは離れた相手とでも対戦できるように作ってあるの。」


受け取ったそのチェス盤に落としていた視線を、ゆっくりと上げる。


「離れた相手とでもって、僕は別に離れた所に友達なんていないけど。」


ヘクターは無性に嫌な予感がして、ドクドクと心臓が脈打ち始めたのが分かった。


「あぁ、ヘクターを貴族の家で預かってもらえることになったのよ。でも離れていても、たまには私とチェスを楽しんでくれても…」


「ちょっと!」


ヘクターが慌ててラヴェンダーの言葉を遮る。


「貴族の?何言っているの?孤児の平民なんかを、貴族が家に入れてくれるわけないでしょう?それにどうして僕に何も言わずにそんな話を進めているの?僕を捨てるってこと?邪魔になったの?」


「へ、ヘクター?落ち着いて。捨てるなんて…。邪魔になったわけでもないわ。」


「それなら何で?」


「その…、私は帝国の仕事をしなければならなくなって、多分あまり帰って来られないのよ。だからといって、子どもを家にずっと一人にしてはおけないし、それに教育面も家の本じゃ心もとないでしょう?たまたま私のお店の常連さんで、あなたの教育面をサポートしてくれる人がいて…」


「いらないよそんなの。家に帰って来られなくたっていいよ。僕が家を守っておくから。それに教育が満足にできないなんて、平民だったら当たり前でしょう?」


はあ、とため息を吐いたラヴェンダーは、緩々と首を振った。


「あなたはとても賢いわ。その才能をうずめるなんてもったいないもの。」


ラヴェンダーの言葉に、ヘクターは唇をグッと噛んだ。


「僕はただ…!」


(あなたに認められたくて、思慮深く賢い人間になりたかっただけなのに…。その結果がラヴェンダーと離れることだなんて。)


ヘクターは憤りとは別の、焦りのような感情で手が震えるのが分かった。


「ねぇ、分かってヘクター。あなたのためでもあり、私のためでもあるの。」


テーブルの上で、血管が浮き出るほど握られたヘクターの両手にそっと手を置くラヴェンダー。


「ラヴェンダーの為?」


ヘクターは、今にも涙が出そうになるのを必死に抑える。


「そう。私は、あなたの何不自由ない生活と幸せだけを願ってきたのよ。これほどのチャンスはもう巡って来ないかもしれない。それに、永遠に離れ離れじゃないでしょう?」


「僕はラヴェンダーと一緒にいるのが一番幸せだ。」


「そ…。そんなふうに…。」


「…ラヴェンダー?」


突然俯いたラヴェンダーを、そっと覗き込むヘクター。


「ごめんね。明日、その人の所に一緒に行くのよ。今夜、準備をしておいてね。」


そう言ったラヴェンダーは、添えていた手を離すと立ち上がり、部屋に戻ってしまった。


取り残されたヘクターは、呆然と閉じた扉を見つめていた。


「明日…?」


(そんなにも突然に、僕を突き放すのは何故…?)


その日ヘクターは何もかも受け入れがたく、一睡もできずに夜を明かした。



―――――――――――――――――――――――――



次の日は休日だった。


休日の朝、ラヴェンダーはいつも昼頃起きてくる。


窓の外が次第に明るくなり、横になっているのが苦痛になったヘクターは、水を飲むためダイニングに繋がる扉を開けた。


ダイニングテーブルには、いつもの黒いワンピ―ス姿のラヴェンダーがいた。


「おはよう。早いのね。」


昨日の話など無かったかのように、ラヴェンダーは無表情で挨拶をしてきた。


(昨日のあれは、悪夢か何かだったのか?)


ヘクターはそんな希望を抱いた。


「出かける準備は出来た?」


ラヴェンダーの言葉で、僅かに抱いた希望が打ち砕かれる。


ツカツカとキッチンに向かうと、グラスを手に取り水差しから水を灌ぐと一気に飲み干す。


「僕は行くなんて言っていないけど。」


「ヘクター…。分かったわ。なかなか言い出せなかった私が悪いの。今日は顔合わせだけでも良いから、一緒に来てくれる?」


あまりにも困り切った顔をするラヴェンダーに、ヘクターの胸はズキリと痛んだ。


「分かったよ、会うだけね。」


静かな家でなければ聞き取れないようなヘクターの小さな声に、ラヴェンダーはパッと表情を明るくした。


「うん!ありがとう!」


あまり喜怒哀楽を表現しないラヴェンダーの喜んだ顔に、複雑な気持ちを抱いたヘクターはため息をこぼした。



――――――――――――――――――――――



「迎えは良いと言ったのに…。」


酷く困惑したラヴェンダーは、家の前に止まる立派な馬車を見つめた。


「小公爵様より、ラヴェンダー様とお連れの方を安全にお迎えするようにと言付かっておりますので…。」


御者は申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえ、あなたは悪くないわ。ありがとうございます。さぁヘクター、乗りましょう。」


ラヴェンダーは後ろを振り返ると、ムスッとした表情のヘクターに声をかけた。


ラヴェンダーに言われて渋々着替えた服は、白いシャツに紺色のベストとトラウザースのアンサンブル、それと黒いシンプルな革靴だ。


数日前に突然渡されたこの服にこんな罠があるなどと、ヘクターは思いもしなかった。


口数の多くない二人が乗り込んだ馬車の中は、まるで人が乗っていないように静かだ。


「帝国の仕事って何なの。危なくないの。」


持ってきた本に視線を落としていたヘクターが、突然言葉を発した。


「ん?あぁ、国家魔道具師にならないかって打診されたの。これまでの魔道具店の商品が目に留まったみたいでね。」


目を合わさないヘクターの方を見ながら、ラヴェンダーは言った。


「ふぅん。」


それだけ言うと、ヘクターはまた貝のように黙ってしまった。


トートンの街から休憩を挟みながら馬車に揺られること5時間強、さすがに疲れてきた頃に、窓の外に大きな街が現れた。


「わぁ。大きな街ね。トートンの一体何倍の大きさでしょうね。」


ラヴェンダーは窓の外を見ながら独り言のように呟いた。


馬車はどうやら中央の大通りを通っていて、馬車が2台余裕ですれ違える上、歩行者も危険がないように歩道が敷設されている。


建物はみな2階建てや3階建ての煉瓦造りで、大きな教会のような建物とはるか向こうに時計台のようなものも見える。


「トートンから5時間くらい来た所にある大きな街と言えば、ポートマスかな。南部公爵領の中心部の街。」


ラヴェンダーは事前にアールから話を聞いていたので心構えが出来ていたが、ヘクターの動じなさには驚いた。


「全く驚かないのね。」


「ラヴェンダーが僕を捨てようとしているということ以上に、驚くことなんてないでしょう。」


ヘクターは持っていた本をパタンと閉じると、憮然とした顔でラヴェンダーを見た。


「ヘクター…。」


ラヴェンダーが口を開いた時、馬車がガタリと止まった。


馬車の扉が開く。


馬車を降りた二人の前に、大きな屋敷が立ちはだかっていた。


建物は白を基調としたレトロな3階建ての造りで、左右対称になっている。


馬車が止まったのは建物の目の前で、周囲を見渡せば広い庭園が広がっており、背の高い塀が敷地をグルっと囲っているのが見えた。


「やあ、ラヴェンダーと弟君。ようこそバンフィールドのタウンハウスへ。君は下がっていいよ。僕が案内する。」


大きな玄関を開けて出てきたのはアール・バンフィールドその人で、彼は出迎えていた執事を下がらせた。


「さぁどうぞ。」


アールはラヴェンダーをエスコートしようと、手を差し伸べる。


しかしラヴェンダーはその申し出を丁寧に断り、ヘクターの方を見た。


「ヘクター、大丈夫?馬車に酔っていない?」


「僕は大丈夫だってば。」


二人のやり取りを見たアールは苦笑し、屋敷に入るよう促した。


ヘクターは目だけを左右に動かし、控えているメイドや執事の顔に視線をやる。


さすが公爵邸の使用人だけあって大っぴらに顔には出さないが、好奇の目を向けている事は明らかだった。



――――――――――――――――――――――――



二人が通されたのは、ヘクターの部屋二部屋分くらい大きな客間だった。


「楽にしてくれ。もうすぐお茶が来るから。それで、君がこれから一緒に住む事になるヘクター君だね。」


アールはヘクターに顔を向けた。


「僕はまだここで暮らすなんて言っていないけれど。」


ポツリと呟くヘクターの服の裾を掴んだラヴェンダーは、困った顔をアールに向ける。


「ごめんなさい。なかなか言い出せなくて、昨日話したものだからまだ受け入れられていないの…。」


「ああ、そうなの。それじゃあ、ちょっと二人にしてもらえる?一緒に住むなら仲良くならないと。ラヴェンダーは、メイドに庭園を案内してもらおう。」


アールが呼ぶとすぐにメイドが入室してきて恭しくお辞儀をすると、部屋からラヴェンダーを連れだした。


閉まりかけの扉から中を垣間見ると、にらみ合う二人が目に入る。


(本当に2人にして大丈夫かしら…)


心配したラヴェンダーだったが、促されるまま庭園に向かったのだった。

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