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別れの予感

アールに依頼の品を受け渡す日、ラヴェンダーはいつものように魔道具店に向かうため、石畳の道を歩いていた。


相変わらず人通りはまばらで、街はまだ目覚めていないように思えた。


突然家屋の角から出てきた黒猫が、ラヴェンダーの足元を駆け抜けていった。


驚いたラヴェンダーはグッと立ち止まり、猫が走り去った方を見つめる。


「驚いた。」


ポツリとつぶやいたラヴェンダーは、再び視線を前に戻すとピシリと固まった。


前から、肩まであるパサついた金髪に、陰りのある青い目の40代くらいの男が歩いて来るのが目に入る。


その男は痩せていて、身なりは仕事に向かう平民のそれだった。


男はラヴェンダーを気にも留めない様子で、根が生えたように立ち止まるラヴェンダーの横を通り過ぎて行く。


男がいなくなってもなお、ラヴェンダーは足を動かす事が出来なかった。


ゴクリと唾を飲み込んだラヴェンダーの心臓はバクバクと脈打ち、静かな街に響いている気すらしてくる。


こめかみのあたりから2筋の汗が垂れてきた頃、ラヴェンダーは突然肩を叩かれた。


「ラヴェンダー?大丈夫か?」


聞き覚えのあるその声の方に振り返る。


「ア…アール。」


消え入りそうな声を発したラヴェンダーを見て、アールはただ事ではない雰囲気を感じ取った。


「顔が真っ白だ。本当に具合が悪そうだな。歩けないのか?」


「大丈夫よ、少し立ち眩みがして…」


「店まで肩を貸そう。いや、家に帰るか?」


緩く頭を振るラヴェンダー。


「ご依頼の魔道具を取りに来たのよね?もう準備は出来ているから、お店までこのまま来てください。」


アールと話すうちに、汗も心拍も落ち着いてきたラヴェンダーは、肩を借りることなく歩き始める。


アールはそんなラヴェンダーを目で追い、肩を竦めると静かに付いて行った。



―――――――――――――――――――――――――――



「さて、どんな仕上がりになったかな。」


アールは店に着いてすぐ差し出された、コンパクトサイズの円盤を手に取る。


色はシンプルなグレー一色で、一見人工的に平たく作られた小さな石板だ。


アールが魔力を込めると、円盤は右手の平から数センチ浮き上がり、10倍ぐらいの大きさに広がると半透明になった。


「上空に座標を書いてください。」


アールはラヴェンダーの言葉通り、左手の人差し指で目の前の空間に何かを描く。


すると円盤の中心には赤い点が一点浮き、周辺を小さな城壁や山々、いくつもの白い点が半透明に浮き上がってきた。


「おおお、面白いな。」


「中心の赤い点が今書いた座標の地点で、そこから半径10キロの範囲を4000分の1サイズで映し出します。白い点は人です。山や建物は縮小して立体的に浮き出るようになっています。」


「思っていたよりずっと分かりやすい地図だ。」


「戦いに使うのなら、仲間と敵の点の色を分けることもできます。ご入用でしたら魔物の識別も可能です。未知の魔物については出来ません。今回は単に地図という事でしたので、人の分布のみ判別できるようにしてあります。」


ラヴェンダーは店主らしく丁寧に説明する。


「うん。この性能で、魔力消費も驚くほど少ないようだ。」


ラヴェンダーの魔道具店が重宝される所以は、その魔道具の性質にあった。


ラヴェンダーの作る魔道具は、そのオリジナリティもさることながら、使用者の魔力消費が極端に少ないという特徴がある。


つまり省エネ構造なのだ。


現存する魔道具は、攻撃系においても生活系においても魔力消費という部分に着目したものは無かった。


性能を重視すればそれだけ消費する魔力も多い。


この帝国の民は皆魔力を持つが、貴族と平民ではその量に差がある。


平民が魔道具を使えばすぐに魔力切れを起こしてしまうが、ラヴェンダーの魔道具は違った。


その為、平民にも広く使われるようになったのだ。


ラヴェンダーとしては特に差別化を図ろうとしたわけでは無く、かつての師匠が言った“使う人のことを思って作りなさい”という言葉に粛々と従っているまでだ。


「お気に召しましたか。」


「あぁ、想像以上だね、満足だよ。このまま頂いて行こう。はい支払い。」


アールが差し出した小袋は、コインがみっちりと詰まっているのが外からわかる。


中身を見ると全て金貨だ。


「こんなには頂けません。この程度であれば、金貨3枚で結構です。」


ハハッとアールは笑った。


「この程度って。ラヴェンダーは自分の作る魔道具の価値を分かってないね。受け取ってくれ。それかそうだな。前に打診した件、引き受けてくれたら金貨5枚にしよう。」


アールは袋から金貨を1枚出して指でピーンと上に弾いた。


「それは以前にも…」


「もし引き受けてくれるなら、弟君の進路の面倒も見よう。」


断わりの言葉を発しようとしたラヴェンダーは口をグッと閉じる。


目の色が変わったのが、アールには分かった。


「進路…。」


「ああ、そうだな。我がバンフィールド公爵家の養子に迎えられないか、父上に聞いてみよう。それが出来なかったとしても、教育面で不自由のない待遇を約束する。」


眉間に深い皺を寄せたラヴェンダーは、どう見ても諾の方に傾いている。


アールはそれが嬉しい反面、これほど彼女の気持ちを左右する“弟”の存在が酷く気に障った。


「でも、私のような身元も分からない平民にそのような資格が与えられるかしら?」


「それは心配ないよ。ここ数年君に依頼し続けていた魔道具は、全て国家魔道具師長の所へ持って行っているし、魔道具師協会と皇帝陛下の反応も良い。ラヴェンダーを口説き落とすために、外堀はすでに埋めてあるってわけさ。」


ラヴェンダーは呆れたような顔をした。


「そういう事なら…、ヘクターが大人になるまで、少なくとも20歳になるまでは、身の安全も保障してほしいの。」


「お安い御用さ。それでは国家魔道具師の件、引き受けてくれるな?」


ラヴェンダーは、諦めたように何度か頷いた。


「でも、この魔道具店で引き受けている依頼が全て片付くまで待ってほしいわ。そうね…来年の同じ時期までは。」


「分かった。約束だ。それにしても、ラヴェンダーは…いつも何に怒っているんだ?」


「怒っている?」


「いや、何でもない。それじゃあまたな。」


そう言ったアールはニッと笑い出て行ったのだった。

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