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二人の平和な一日

ラヴェンダーはその日も、開店から魔道具店で作業をしていた。


生きていくために師匠から唯一学んだ魔道具作りが、今ではそれなりにラヴェンダーの生きがいになっている。


「アールの依頼品、思ったより早く仕上がったわね。」


受け渡し日より1週間も前に仕上がったが、公爵邸へ連絡する気にもならずアールの来店を待つことにした。


カランカラン


ドアベルの音を聞いたラヴェンダーは、制作室から出てカウンターに向かう。


「ラヴェンダーこんにちは!ヘクターは元気?」


店に入ってきたのは、ラヴェンダーやヘクターがよく利用する肉屋のルナだった。


ルナは茶色いショートヘアにピンクのバンダナを巻き、瞳と同じ空色のワンピースに白いエプロンをかけた接客スタイルだ。


「ルナ、こんにちは。ヘクターは元気よ。今日は肉屋に寄ろうと思っていたの。」


「丁度良かった。修理の報酬としてベーコンを持ってきたんだけどどう?」


そう言ってルナが大きな布袋から取り出したのは、2人が数日食べることができるほど大きなベーコンだった。


「わぁ、ありがとう。そんなにたくさん良いの?」


平民の多くは金銭的に余裕が無いので、ラヴェンダーの魔道具店では報酬を現物で受け取る事も多かった。


「もらってちょうだい!それで、これなんだけど…」


ルナが差し出してきたのはラヴェンダーが作った製氷機の魔道具だ。


形状は女性が片手で持てるサイズの鉄の箱で、蓋にダイヤル式のツマミが付いている。


中に水を入れて魔力を込めながらダイヤルを回すと、回した回数分の氷が出来上がる仕組みだ。


肉屋はその日に捌いた肉のうち、一部を生肉で店頭に置き、一部を料理店に卸し、それ以外は保存用にベーコンや干し肉にしたりする。


店頭に置く分の生肉が夏場に痛むことに悩んでいたルナが、ラヴェンダーに相談して出来た魔道具がこれだった。


製氷機を手にした時のルナは、文字通り飛び上がって喜んだ。


『あなたって天才ね!それに、私の少ない魔力でこんな素晴らしい魔道具を使えるなんて夢みたい!今日から半年間は、ラヴェンダーのとこに無料でお肉を提供するわ。』


宣言通り、半年間はラヴェンダーとヘクターは顔パスで肉を貰えたのだった。



「ダイヤルがうまく回らなくて…直る?」


「見てみるわね。」


製氷機を受け取ったラヴェンダーは、一旦制作室に引っ込むと検品を始める。


「大丈夫そう。すぐに直せるわ、少し待ってて。」


制作室から顔を出したラヴェンダーはルナに言った。


「助かっちゃう!本当、トートンの街の人は皆ラヴェンダーにお世話になりっぱなしね。」


制作室で作業に取り掛かったラヴェンダーは、ルナの言葉に顔を緩めた。


人の役に立つという事が、こんなにも心を満たしてくれるとは思わなかったのだ。


「そう言えば聞いた?ブル-ドル王国から流民が入ってくるようになったんですって。」


カシャン


ラヴェンダーが工具を落とした。


「ブルードル王国から?」


工具を拾い、作業を続けながらラヴェンダーは聞き返す。


ブルードル王国は、まだ我が帝国の支配下に無い独立国家で、西側の割と近い距離にある。


「うん。何でも新しく即位した国王が使えないやつらしくて、国中混乱しているみたい。何年か前にも、何だったか…貴族のトラブルがあった国でしょう?不安になった国民が他国に流れているみたいよ。」


商品棚のサンプル品をいじりながらルナは軽く言っていたが、ラヴェンダーの顔色は悪くなる一方だ。


「そうなのね。はい、出来た。」


あっという間に作業を終えたラヴェンダーは、制作室から出てきて製氷機を差し出した。


「早いわね!まぁこの街は南端の田舎だし、流民が来ることもないでしょうね。ありがとう!店に戻らなきゃ、どこで油売ってたんだって夫にドヤされるわ!じゃあね!」


ルナはラヴェンダーと同い年だが、3年間に肉屋のダリルと結婚してお店の看板女将になっている。


「うん、またね。」


ラヴェンダーは店を出て行くルナに手を振りながら言った。


カウンターの丸いすに腰掛ける。


「ブルードル王国…。」


ラヴェンダーはポツリとこぼした。


カランカラン


「ラヴェンダー、そろそろ閉店でしょう?一緒に肉屋に行かない?」


扉を開けたのは、ハンチングを被ったヘクターだ。


ヘクターの顔を見たラヴェンダーは、胸のざわめきが治まってくるのが分かった。


「ちょうど今、ルナからベーコンを貰ったところなの。だから買わなくて平気。ちょっと待っててね。店じまいをしちゃうから。」


閉店時間には僅かに早かったが、この街の人間は時間にルーズで細かい事は気にしない。


閉めたり鍵を掛けたり拭いたり、チョコチョコと動き回るラヴェンダーを見つめるヘクターの目は、どこまでも温かかった。



帰路に就いた二人は、沈みかけた夕日を背に家に向かう。


「わあ、こんなにたくさんもらったの?今日はベーコン沢山入れたシチューにしよう!」


ヘクターがウキウキと布袋を覗いている。


そんなヘクターを見つめるラヴェンダーの目は、夕日に照らされて潤んでいるようだった。


ヘクターの予告通り、夕飯はゴロゴロのベーコンと野菜たっぷりのシチューだった。


そろそろ冬が近いこの頃には、嬉しいメニューだ。


「美味しいわね。やっぱりヘクターは料理が上手だわ。」


「そう?普通だよ、多分。ラヴェンダーが苦手過ぎるだけでしょ。」


揶揄うようにヘクターは言った。


パクパクと食べるヘクターを微笑みながら見つめるラヴェンダー。


こんな生活が、いつまでも続くと二人は思っていた。

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