常連客のアール
ラヴェンダーがアール・バンフィールドという男に初めて出会ったのは、約3年前だ。
10年前に開業したこの店は、最初の5年は魔道具の考案などに費やしていたこともあり客足も少なかった。
時折持ち込まれる修理依頼等を受け細々と営業していたある日、とある客が修理依頼とともに愚痴をこぼしていった。
『それにしても魔道具というのは、結局お貴族様のもんだよな。特に便利なもんってのは、俺らは使う事が出来ないだろう?平民は、緊急時に明かりを灯せるこのランタンみたいに、簡単なもんしかないもんな。いざ使おうと思ったら壊れていやがって。』
それを聞いたラヴェンダーは、平民の魔力の低さというものを初めて肌身に感じたのだ。
その平民の悩みを解消しようと2年ほどかけて考案したのが、魔力消費の少ない魔道具の形態だった。
その魔道具の噂は瞬く間にトートン中に広がり、多くの平民が通う店となった。
そんな噂が、トートンを含む南部を統治するバンフィールド公爵家に届くのに時間はかからなかった。
トートンは公爵領とは言え、直轄はバンフィールド家に仕える男爵家だ。
開業の許可はその男爵が行ったため、不正などが無いか確かめる為に公爵家嫡男であるアールが、父のユーゴ・バンフィールド公爵の指示で直接赴くことになったのだ。
アールが店を訪れたのは、夕刻だった。
「いらっしゃいませ。」
カウンターで作業をしていたラヴェンダーはドアベルの音に顔を上げ、扉から差し込んだ沈みかけの夕日の光が、その顔を照らした。
ラヴェンダーは一瞬目を大きく見開いた。
「っ…修理ですか、制作ですか。」
アールのラヴェンダーに対する第一印象は、“平凡”だった。
しかし何故かアールは、ラヴェンダーから目を逸らせなかった。
「ああ、制作の依頼なんだが。」
「それではこちらのカウンターでご依頼内容の詳細をお書きください。」
促されるまま、アールはカウンターで依頼書の記入をする。
名前の欄は“アール”とだけ書いたが、平民が多く利用するこの店にとってそれは特別なことではないようだった。
「録音機として使う魔道具…ですね。形状、大きさにご希望はありますか。」
「そうだな。常に身に付けられるものが良い。時計とか男物の装身具とか。大きさはそれに見合ったもので。」
ふむふむと頷くと、依頼書にメモ書きをするラヴェンダー。
そんなやり取りを何度かした後、ラヴェンダーは壁にかかった時計をチラリと見た。
「承りました。お渡しは2週間後でよろしいですか。その際不備がありましたら少し延長になりますが。」
「そんなに早く出来るのか?」
「この程度であれば。」
(本当にそんなに早く出来るのか…?それにしても随分若いのに、店主としてしっかり話すな。しかしそれ以外は随分不愛想だ。)
「それじゃあお願いするよ。前金はいくら?」
「頂いていません。」
ギョッとするアール。
「さすがにそれは…。もらった方が良いのでは?」
「構いません。申し訳ありませんが、そろそろ閉店のお時間ですので。」
ラヴェンダーは取り付く島もなく、端的に言ってのけた。
「分かった。それでは2週間後。」
「はい、お待ちしております。」
アールは再びドアベルを鳴らし外に出ると、扉の上方に掛けられた店の看板に目をやった。
「ラヴェンダーの魔道具店、これは君の名前?」
「はい。」
(ラベンダーかと思っていたが発音が違うのか。どこの出身だろうか。)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
きっかり2週間後の昼前、アールは魔道具店の扉を開けた。
「こんにちはラヴェンダー。魔道具の仕上がりはどうだい?」
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」
カウンター越しに手渡されたのは、小さな赤いバラの文様が入ったカフスリンクスだった。
「カフスか。」
「はい。魔力を込めながら表面を押すと録音の開始と停止が出来ます。録画機能もおまけしておきました。」
「え?録画?」
「はい。カフスのサイドに小さな出っ張りがありますので、そちらを押すと録画の開始停止が出来ます。どちらの再生も魔力を込めながら再生停止のボタンを長く押してください。」
アールは言われた通りに試してみた。
「これはまた…。」
「お気に召しませんでしたか。」
ラヴェンダーはアールを真っすぐに見ながら質問した。
「いや逆だよ。かなり気に入った。それではお代は?」
「銀貨5枚です。」
「え?」
「ん?銀貨5枚です。」
聞こえなかったと思ったのか、ラヴェンダーは少しだけ大きな声で言った。
「いや安すぎでしょう。これなら金貨1枚だって足りないかもしれない。」
「お代はこちらで設定しています。」
聞く耳を持つ気が無いようで、ラヴェンダーは受領書の記入を始めた。
「こちらにサインを。」
紙に名前を記入しながら、上目遣いにラヴェンダーを見た。
「ラヴェンダーって良い名だな。また来て良いか?」
ラヴェンダーは一瞬間をおいて、フッと微笑んだ。
「ありがとうございます。」
その辛そうな、不安そうな、嬉しそうな、様々な感情が入り混じったような笑顔に、アールは言葉を失った。
「ご依頼はいつでもお受けいたします。」
ラヴェンダーは受領書をしまい、ぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとう…。また来るよ。」
そうしてアールは、ラヴェンダーの魔道具店の立派な常連客になったのだった。