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ヘクターの心配

ラヴェンダーはショールを胸の前でギュっと握り、自身で経営する魔道具店に向かうべく足を速めた。


ラヴェンダーとヘクターの住む家は小さな森の中にあって、ラヴェンダーの店は森を抜けた先の小さな街にある。


そこは、ダールフォード帝国の南の端に位置する小さな街で、トートンというところだ。


帝都から離れたその街は、住民が比較的多いものの、古い1階建ての石造りの家屋と小さな商店ばかりの穏やかな田舎だ。


観光地というわけでもなく、早朝から開かれる大きな市もないその街は、昼間はそれなりに賑やかだが、ラヴェンダーの出勤時間に外を歩く人は少ない。


“ラヴェンダーの魔道具店”


ヘクターと一緒に住み始めた頃に開業した店で、今では常連客もそれなりに抱える人気店となっている。


店の前に着くと、先端が幾何学的な形のカギを取り出す。


目の前には茶色い煉瓦造りの壁と、真ん中にポツンと一つ複雑な形をした穴がある。


ラヴェンダーがその穴に鍵を指すと、壁の煉瓦がカシャンカシャンと音を立てながら位置を変え、目の前に摺りガラスの小窓が付いた白いアーチ型の扉が現れた。


カランカラン


ラヴェンダーは扉を開けて中に入ると、スゥっと息を吸った。


「やっぱりこの空気は落ち着くわ。」


店内に入ると、正面にはケヤキの木でできたカウンターがあり、そのカウンターの後ろには扉を隔てて商品の保管室と制作室がある。


左の壁際にある商品棚にはサンプル品が置かれていて、右側の出窓からは朝の光が差し込んできていた。


ラヴェンダーは開店までの間、掃除や商品の検品、受け渡す商品の確認などに精を出す。


昨日預かった、故障中の水筒型魔道具を手に取った。


これはラヴェンダーが作ったもので、ラヴェンダーの家にある水差し同様、魔力を込めれば水が勝手に溜まるという便利グッズだ。


故障個所を確認するため、蓋を開ける。


すると突然勢いよく水が噴き出してきて、ラヴェンダーの顔を濡らしたと同時に胸にある紫のブローチを弾き飛ばし、カチャンと音を立てて床に落ちた。


「いけない…」


ラヴェンダーは顔に付く水滴を手で払いながら慌ててしゃがむと、ブローチに手を伸ばす。


肩からハラリと紫の髪がひと房落ちた。


その髪が視界に入り、ラヴェンダーの紫の瞳が揺れる。


急いでブローチを胸に付けた時、カランラカンと店の扉が開く音がした。


ブローチを付け直したラヴェンダーは、慌てて立ち上がる。


「すみません、まだ開店では…」


そこに立っていたのは、ハンチング帽を被ったヘクターだった。


「ラヴェンダーがお弁当を忘れていったみたいだったから…」


そう言ったヘクターは、ツカツカとラヴェンダーに近付くとグッと2段の大きなお弁当を差し出す。


「ありがとう、ヘクター。だけど、ご飯くらい1度抜いても死にはしないから、今度は気にしないで。」


お弁当を受け取るラヴェンダーは、詰めていた息をゆっくりと吐く。


「何言ってるの。そう言って何食も抜くから倒れるなんてことになるんでしょ。それより何でそんなに髪が乱れているの?濡れてるし。ちょっと座って。」


ラヴェンダーは過去の過ちを指摘され、素直に従う。


(見ていなかった…?)


ヘクターは、持っていたハンカチでラヴェンダーの茶色い前髪の水気を丁寧に取り、乱れた髪を結び直した。


「はい、出来た。」


「あ、ありがと…」


カランカラン


再び扉が開く音がして、二人は入り口に目を向けた。


「ラヴェンダー、おはよう。まだ開店時間では無かったか?」


扉を開けたのは、派手な赤い癖っ毛と赤い瞳が特徴的な190㎝はあろうかという屈強な体つきの男だった。


男のヘクターから見ても美男子と言える。


「アール。開店時間はまだよ。」


ヘクターは目を細め、アールと呼ばれた男を睨みつける。


アールは白いシャツに紺のトラウザースというシンプルな出で立ちだが、どう見ても貴族だ。


「おっと、小さな先客がいたみたいだな。すまない。先日依頼していた件だが。」


「待って。ヘクター、お弁当ありがとう。もう家に帰って。」


ラヴェンダーは、明かにヘクターを追い出そうとしていた。


「そう?今日の夕飯はラヴェンダーの好きなポトフにするつもりだから、早く帰ってきてね。」


そう言うと、ヘクターはアールに一瞥もくれることなく店を後にした。


「こんなに早い時間にどうしたの。納期もまだだったでしょう。」


「ただ会いに来た、と言ったら迷惑か?」


アールはニヤリと笑った。


「迷惑だわ。」


ラヴェンダーは視線を書類に落としながら無表情で言う。


「冗談だよ。あぁ、でも傷付くなぁ。実は依頼していた魔道具の納期を1か月早めたいんだ。出来るか?」


「帝国に2つしかない公爵家嫡男様が何を言うのかしら。あなたの一言で、私はやらざるを得ないでしょう。とにかく、1か月なら問題ないわ。」


「助かる。それで、さっきの少年は?」


「お客様には関係ありません。」


「一緒に暮らしているのか?ヘクターというのか?10歳くらいに見えたな。随分通っているつもりだったが、弟がいたなんて知らなかった。」


ラヴェンダーは、アールを無表情で見つめる。


「納期は短縮して1か月後ですね。それではそろそろ開店時間ですので、お引き取り願えますか?」


「君にそう言われては、退散しないわけにはいかないな。それでは1か月後。」


アールはヒラヒラと手を振りながら店を後にした。


アールがいなくなった後、ラヴェンダーは再び開店の準備に取り掛かったのだった。



――――――――――――――――――――――――――



「ただいま。」


ラヴェンダーは、いつもと変わらない時間に帰宅した。


扉を開けると、ヘクターがキッチンで夕食を準備しているのが目に入る。


「おかえり。もう少しで出来るから。」


ラヴェンダーの方を向きはしないが、返事が返って来た。


ラヴェンダーが着替えを済ませてダイニングに入ってくると、既に夕食の準備を済ませたヘクターがテーブルについている。


「今日はお弁当をありがとうね。」


席に着きながらラヴェンダーはお礼を言った。


「うん。」


食事を始めた二人の間に沈黙が落ちる。


「それで…あの、アールって人は、お客さんなの。」


「アール?ああ、そうよ。お客さん。」


端的に答えるラヴェンダーに、何だか無性に腹が立つヘクター。


「あんな狭い空間に、あんな大男を招き入れるのは危ないんじゃない?前から言っているけど、僕も魔道具店を手伝って…」


「ヘクター、魔道具店の方は大丈夫よ。あなたはしっかりしているから私の心配をしているのかもしれないけれど、そこまでやわじゃないわ。」


ヘクターは、にべもないその言葉にグッと息をつめると、その後は言葉を発しなかった。


「ご馳走様。」


ラヴェンダーはそう言って自分の食器を片付け、ヘクターの頭にポンと手を置くと早々に部屋に入ってしまった。


取り残されたヘクターは、ラヴェンダーが触れた頭に手を置きながらため息を吐いたのだった。

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