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金のドレス

ヘクターの誕生日を祝うパーティーの朝、ラヴェンダーはいつもの黒いワンピースに身を包み、公爵家へ向かおうと扉を開けた。


「おはよう、ラヴェンダー。」


扉の前に停まる馬車から降りてきたのは、白シャツに紺のトラウザースという、いつものラフな身なりのアールだ。


「え?アール?どうしてここに?」


「君がうちでドレスを着るっていうから迎えに来た。主役は忙しそうだからな。」


「そうなの?わざわざごめんなさい。ねぇ、アールってお仕事してるの?何だか、いつもフラッと来るけれど。」


長い事気になっていた疑問をぶつける。


「はは!なかなかの無礼者だな、君は。俺だって忙しいさ。今度仕事場に見学に来る?」


アールは公爵家の仕事の一部を任されていると聞いていたが、具体的な内容は知らない。


少し気になったラヴェンダーだったが、かぶりを振った。


「別にいいわ。」


「相変わらずツレないことで。」


アールは肩を竦めながら笑った。



―――――――――――――――――――――――――――――――



アールは馬車の中で何かの書類に目を通しながら、時折ラヴェンダーに話しかけた。


忙しいというのは本当らしい。


「それじゃあまたパーティーで。」


邸宅に着き、ラヴェンダーをメイドに託すと、アールは颯爽と立ち去った。


案内されたのは衣裳部屋で、奥にあるウォークインクローゼットはラヴェンダーの部屋の2倍はある。


中には沢山のドレスやシューズ、装身具が揃っていて、大きなパーティーを開いた時に、予期せぬ事故によって、身に付けているものが汚れたりなどした参加者の為に準備されたものらしい。


その奥に、ひときわ目を引くドレスを着たトルソーが立っていた。


「これはさすがに…」


ラヴェンダーは愕然とした表情をした。


白を基調とし、マーメイドラインには金の刺繍が繊細に施され、後ろに流れる裾はキラキラと金色に輝いている。


首元は清楚に隠れる仕様になっているが、背中が大胆に開いていて、ラヴェンダーの生涯で一度も袖を通した事の無いような手触りの生地だ。


横に置かれた豪華なアメジストのネックレスと合わせると、眩暈がするほど高そうだった。


「これは…本当に私が着るの…。」


「ヘクター様からラヴェンダー様にと、本日納品されたドレスでございます。本日準備をお手伝いさせて頂きます、アリスと申します。」


案内してくれたメイドが進み出てきて、恭しく頭を下げた。


アリスはメイドとはいえ、美しい淡いピンクの髪を1本に三つ編みにして後ろに流し、若々しい肌はきちんと手入れされているようだ。


きっとどこかの貴族だろう。


「あの、畏まらないで下さい。私は平民なので、ここにいる誰よりも身分が低いですから。」


「ヘクター様より、丁寧におもてなしするようにと申し付けられております。どうかご容赦下さい。」


(これはどうしようもないみたいね…)


「分かりました。今日はよろしくお願いします。」


ラヴェンダーは小さく息を吐くと、ペコリと頭を下げた。



アリスは、無駄な動き一つなく、ラヴェンダーの手入れを始めた。


「パーティーは夕方から始まるのに、何故こんなに早くから準備をするんですか?」


爪を整えていたアリスに尋ねる。


「貴族のご令嬢であれば、早朝から準備をします。本日はクラリス様も、4時から準備されていますよ。」


「えぇ…」


アリス曰く、正午前に悠々と到着したラヴェンダーは遅すぎたらしい。


それ以降、ラヴェンダーは無駄口を叩くまいと、睡魔と戦いながら奥歯を噛みしめていた。


一通りのケアとヘアセットが済み、いよいよドレスに着替えようという段階になり、ラヴェンダーは焦っていた。


「あの、このブローチは絶対にどこかに付けたいんです。見えなくても良いんですが…」


(どうしよう。このドレスってポケットある?絶対ないわよね。あるわけない。でもこの恰好にこのブローチは…)


アリスと見つめ合う形で、しばらく沈黙する。


「お守りか何かでしょうか。」


「そ、そうなんです。持病の悪化を防いでいて…」


流れるように嘘を吐いた。


「持病の。そうですか。それでは見えないスカートの裏側に付けましょう。」


「本当に?ありがとうございます。」


あからさまな嘘に対して何も言わないアリスに、ラヴェンダーはホッと胸を撫でおろしたのだった。


着替えの間中、紫のブローチを両手でギュっと握り、支度が済むと、自分でスカートの裏に取り付ける。


(これで何とかなりそうだわ。)


「こちらへどうぞ。」


ラヴェンダーはアリスに促されて大きな姿見の前に立つ。


「うわぁ…」


ラヴェンダーが動くたび、ドレスはキラキラと金色に輝いている。


化粧などしたことのないラヴェンダーの顔からそばかすが消え、大きな茶色い目が強調され、薄く赤い口紅を引いた清楚な仕上がりである。


切る事が面倒で伸ばしっぱなしになっていた茶色く長い髪は、キラキラと輝く紫のリボンと一緒に一つに緩く編まれて前に流されていた。


“まるで3人目の自分みたい”


「お美しいですよ。」


ずっと無表情を貫いていたアリスが、フッと微笑んだ。


「ありがとうございます。」


コンコン


アリスが扉の向こうを確認しに行く。


「ヘクター様が迎えにいらっしゃいました。」


始めて履くヒールに、覚束ない足取りで扉に向かう。


「ラヴェ…」


扉から出てきたラヴェンダーを見て、ヘクターが固まった。


「ヘクター、とても素敵なドレスをありがとう、あの、ねぇ、ヘクター?聞いてる?」


ヘクターの眼前で手をヒラヒラとさせるラヴェンダー。


「は!ごめんね、あまりにも綺麗だったから…。とってもよく似合ってる。」


ヘクターが顔を赤らめてそう言うと、つられてラヴェンダーの頬も赤く染まるのが分かった。

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