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二人の不思議な共同生活

「良い?これは、ステルス機能を搭載した攻撃特化型玩具よ。」


鼻の頭に散るそばかすと、大きな茶色い目が温かい印象を与えるその女性は、かなり物騒な言葉を発した。


前髪は眉の辺りで短く切りそろえられ、腰まである茶色い髪はサラリと一つにまとめられている。


服装はいつものシンプルな黒いワンピースだ。


「ラヴェンダー、またそんなに怖いものを僕の玩具にしようとしているの?」


やれやれというように肩をすくめた男の子は、一瞬ラヴェンダーの方に視線をやり、すぐにまな板の上のニンジンに視線を戻すと、麻のダボッとしたシャツの袖を捲った。


「ヘクター、朝食の準備の手を一旦止めてこっちに来て。ただの飛ぶ玩具と思ってくれればいいわ。偶然攻撃もできて他人に魔力を感じ取られにくいっていうだけ。子供には玩具が必要でしょう。ほら、もう少しであなたの…」


「だから、偶然攻撃性と隠ぺい性を持たせる必要がどこにあったのさ。特化型って言ってる時点でそれがメインでしょ。それに僕はもう12歳で、玩具で遊ぶ子供じゃないってば!もういいよ。ご飯は自分で作ってよね!」


ヘクターはその琥珀のような金の瞳でラヴェンダーをにらみつけ、短く切られた指通りの良い金髪を靡かせ、自分の部屋に戻ってしまった。


「もう玩具じゃなかったのね…。」


両手に収まる程度の大きさの、鳥の形をした木の玩具を見下ろす。


ダイニングに取り残されたラヴェンダーは数歩で彼の部屋をノックすることが出来るが、そうはしなかった。


キッチンを見ると、スープを作ろうとしていたようだ。


「よし、私が作りましょう。」


黒いワンピースの長袖をグッとまくる。


慣れない手つきで刻んだニンジンやジャガイモが時折床に落ちるのも気にもせず、一通り切ると雑に鍋に放り込み水差しで水を灌ぐ。


「まぁ良いでしょう。」


満足げなラヴェンダーが鍋の下に手をかざすと、フワッと火が熾きた。


このコンロは、ラヴェンダーによって作られた魔道具だ。


2口ある金輪にそれぞれ鍋を乗せると、その下に作られた穴から火が熾きるシステムになっている。


白い水差しには勝手に水が貯まるよう設計していて、魔力を込めれば使うことができるのだ。


「コトコトしてきたから良いでしょうね。さて、仕事に行かなくちゃ。」


沸騰して1分も経っていない上に味付けもまだだが、ラヴェンダーは火を消し身支度をするために自室に向かう。


扉を開けると、シングルベッドと衣装ダンス、姿見が一つずつあるだけの簡素な内装だ。


ラヴェンダーの部屋はヘクターの部屋の隣にある。


二人の住む平屋は、ダイニングキッチンをグルッと囲むように部屋が並んでいる。


つまり家屋自体が円形なのだ。


それぞれの部屋以外に、書庫とユニットバスがある。


身支度といっても、いつも着ている黒いワンピースに茶色いロングブーツを合わせ、茶色い小さなバッグを斜めにかけて厚手のこげ茶のショールを羽織り、リボンに紫の小さな花が一つだけ付いた簡素な茶色のクロッシェを被って完成である。


装身具と言えば、胸元に肌身離さず付けている小ぶりな紫のブローチだけ。


準備が整うと、ラヴェンダーは玄関の扉を開けた。


冬が近づいたこの頃の朝はかなり気温が低いため、ラヴェンダーは小さく身震いする。


「朝食を食べていかないの。」


自室の扉を少し開け、ヘクターが顔を出していた。


「作っておいたわ。良ければバケットと一緒に食べてね。いつもの時間には帰るから。」


そう言うと、ラヴェンダーは扉の外に消えた。


「まるで森の妖精みたいな恰好で…。綺麗なんだからもっと着飾ればいいのに。」


閉まった扉に向かい、ヘクターは小さくこぼした。


ヘクターは言われた通り鍋からスープをよそい、バケットを皿に乗せるとテーブルに着いた。


スープを一口飲む。


「ん?」


いびつな形のジャガイモを口に放り込むヘクター。


ガリッ


「硬っ!味もしないし。まったく…自称20歳のくせに、料理の腕前は壊滅的なんだから…。」


やれやれと思いながら、残すと酷く落胆するラヴェンダーが想像できたので、時間をかけて全部食べ切った。


ヘクターは再び自室へ戻る。


ヘクターの部屋は、この狭い家屋からは想像もできないほど広い。


部屋には、大人がゆうに3人は寝られるだろうベッドが1つと、その横には3段の引き出しが付いた猫足のサイドチェスト、ベルベッドの豪華な一人がけソファと丸いローテーブルのセットと、立派な本棚には様々な本が隙間なく詰まっている。


部屋のそこかしこに、毎年誕生日にラヴェンダーから送られる玩具と称した魔道具が置かれていたが、それらを配置してもなお広さに余裕はあり、むしろ余り過ぎなくらいだ。


ラヴェンダー曰く、部屋に拡大魔術がかけられているとか。


どうして自分の部屋だけそんな魔術がかけられているのか尋ねると、キョトンと首を傾げながら言った。


“子供はたくさん走るでしょ。広い方が良いもの。”


ヘクターは、10年もの長い月日を共に過ごしているラヴェンダーという女性について、何も知らないに等しかった。


二人に血の繋がりが無いのは一目瞭然だ。


ヘクターが3歳の頃、貧民街に捨てられていたのをラヴェンダーが拾ったのがきっかけだったらしい。


だからそれ以前のヘクターのことは知らないの一点張りだし、自分のことは話したがらない。


『私のことなんて知っても、別に面白くないでしょう。』


とにかくラヴェンダーは口下手だった。


話すのを嫌がっているわけではないようだが、何を言えば良いか分からないようだった。


「今日も魔道具がたくさん売れると良いね。」


ヘクターは窓の方を見て、ポツリとこぼす。


しばらくじっと窓の方を見ていたヘクターは、書庫へ向かった。


書庫の左右の壁には天井まである大きな本棚が備え付けられていて、隙間なく本が並んでいる。


勉強が好きなヘクターは、幼い頃から書庫で様々なことを学んだ。


ヘクターがどれほど一生懸命読もうと、不定期に本が追加されているようで、いつの間にか知らない本が増えているのだ。


読みかけていた本を手に取ると、中央に鎮座した立派なデスクと座り心地の良い椅子を素通りして、窓際のお気に入りの席に着く。


本を読むのが楽しいと言ったヘクターに、ラヴェンダーが初めて与えたプレゼント。


それは、ゆらゆらと揺れる薄黄色の一人がけロッキングチェアだった。


もう7年は経つそのチェアは、座面がくたびれていたし色もくすんでいる。


しかしヘクターにとっては、かけがえのないものだ。


ペラリと本をめくる。


“侮られたくなければ賢くあれ”


“他者を軽んじる人間になりたくなければ思慮深くあれ”


“いかなる時も、凛として前を向け”


ラヴェンダーは、いつもヘクターにそう言い聞かせていた。


時折彼女は、自分に言い聞かせているような素振りを見せる時もあった。


ラヴェンダーがヘクターに何を望んでいるのかは分からなかったが、ヘクターは彼女の期待に応えたかった。


孤児だった自分を、10年もの間見返りなく育ててくれた恩人。


12歳になった今では、彼女に特別な感情を抱いている事も自覚していた。


(まだ子ども扱いしてくるのが悔しくて、さっきは怒鳴ってしまったけど…)


賢く、思慮深い人間になりたい。


「あ、そう言えば、ラヴェンダーはお弁当を持って行っていないや。」


ヘクターは広げた本を閉じた。

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