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 夏に海で水着になったせいか、自分の身体を見せることに、あまり抵抗がなくなった。


 トレーニングするときも、半袖に短パンを選ぶようになると、顔見知りの人たちと会ったときに、「おっ、太ももいい感じなんじゃない?」などと、褒められるようになった。そうするとさらに嬉しくて、その後のトレーニングのやる気も増す。


 トレーナーの熊井も、無表情ながら、うんうん頷いてくれる。拍手の仕草は音に反応してシンバルを鳴らすゴリラの玩具みたいだし、ぺちぺちぱちぱちというなんとも間抜けな音がした。


「ありがとうございました!」


 と、一礼して背を向ける。俺は知らず、拳を握りしめる。


 今日も顔に似合わず、くっそ可愛かったな、あの人。


「そんな! 自分に自信を持てるようになった勇次郎くんにお願いがありまーす!」

「いやなんでお前ここにいるんだよ」


 見学だけでいいや、と入会しなかったはずの火野と、ロッカーで出くわした。みんなに褒められていい気分だったのに、驚いて思わず手が出た。


 ツッコミチョップを甘んじて受けた火野は、「いた~い」と、ヘラヘラしながらトレーニングウェアに着替えている。俺は先輩ぶって、「そんなに着込んでたら筋トレ効果を最大に引き出せないぜ」と言ってやろうとしたけれど、火野の「お願い」に先を越された。


「今度ネットで知り合った子とオフ会するんだけどさ。金村も来ない?」


 それってすなわち。


「合コン?」

「うーん。まぁ、似たようなもんかな」


 俺は少しだけ考える。


 これまでも、合コンに誘われたことは何度かある。彼女が欲しくないわけじゃないから、一年のときは都合が合えば参加していた。けれど次第に誘われなくなったし、誘われても行かなくなった。


 それもこれも、俺の顔が可愛いからである! 


 女の子たちは俺を見て、


「可愛い~! えっ、すっぴんでコレ? 睫毛なっが! ちょっとビューラーで巻いて・・・・・・天然カールしてる!」


 という着せ替え人形を愛でるか、


「うわ・・・・・・マジで男? 萎えるんですけど。美形は好きだけど、女のうちらより可愛いのはちょっと」


 と、無駄に反感を抱くかの二択。ちなみに現状、前者の方が多い。


 お人形遊びの感覚でも、他の参加者の男からすれば面白くないらしく、帰りには「もう二度と誘わん」と、キレられること多数。


 もはや俺にとって、合コンは鬼門だった。頼んでくる連中も減ったし、俺も何かと理由をつけて、行かなくなった。


 だが、そんな日々も終わりだ。


 逞しくなった俺は、もはやリ○ちゃん人形ではない。女子にきゃっきゃされるなら、可愛い顔じゃなくて、脱ぐと意外といいカラダ、がいい。


 これはリベンジを決めるときが来たのではないだろうかっ!


「よし。参加してやろう」

「男に二言は?」

「ねぇよ」


 火野はにんまりと笑った。なんでこいつはこう、笑うと邪悪になるんだろうな。何か含みがあるんじゃないかと、いつも疑ってしまう原因だ。 今回はきっと、普通に俺が頑張っているご褒美だろう。


「それじゃ、詳しいことはあとでメッセージで送っとくわ」

「おー。頑張れよー」


 トレーニング時間に遅れる、とダッシュする火野を見送って、俺はといえば、どんな服を着ていこうだとか、可愛い女の子が来たらいいなあ、と考えて、むふふと笑いが止まらなかった。





 火野が指定してきた日。バイトを早退して、居酒屋に直行する。


 乱れた髪の毛を駅のトイレで整えて、笑顔の練習だ。可愛いじゃなくて、かっこいいと言われるように・・・・・・なんてやってたら、他の利用者がやってきて、「なんだこいつ?」みたいな顔をされた。やばい、恥ずかしい。


 そそくさとトイレを出て、早足で待ち合わせ場所へ向かう。


 スマホで確認したら、普段行く安い店とは違って、チェーン店でも少し高級志向というか、「和風」「オシャレ」「雰囲気重視」「しっとり」を売りにしていそうな店だった。


 学生じゃなくて、社会人相手なのかもしれない。火野のオタク繋がりらしいけれど、年上美人のお姉様とかぁ・・・・・・。


「・・・・・・なんて思ってた俺が、馬鹿でした!!」


 店の前にいた火野に声をかけ、彼の周囲の人間を一目見た瞬間に、俺は回れ右をしそうになった。そんな俺の反応も予想済みだったのだろう。 いつになく俊敏な動きを見せた火野は、俺の肩をがっちりと掴んだ。


「お前、これ合コンじゃないじゃん!」

「『みたいなもん』って言ったよね?」


 合コンとは男女の出会いの場。しかし火野の周りにいた連中の中には、女子が二人しかいなかった。俺たちを入れて男は五人もいて余っている。


「ちなみにお前が女子だと思っているうちのひとりは男の娘で、もうひとりはレズビアンなので男に一切興味がありません」


 なんだよそれ、と叫びかけて、先ほどちらっと見かけた女子とおぼしき人影を思い出す。どちらも若くて、キャンパス内で見かけたら、思わず目で追ってしまいそうだった。


 ・・・・・・そのどっちかが、男!?


「おっ、興味湧いてきました? ちなみに声聞いてもわからんと思うぞ。俺らはSNSで繋がってるから、どっちがどっちかわかってるけど、それでも『ん?』ってなるもん」


 ずるずると引きずられて、オフ会の輪に戻される。


「あ、こいつ。Uじろです」

「おまっ」


 火野による俺の紹介はたった一言、夢雲テディの配信のときにしか使わない名前だ。SNSは捨て垢なので、Uじろの名前は他のどこにも出していない。


 火野主宰のオフ会の参加者たちは、俺の名を聞いて、わっと盛り上がった。


 なんで。


「え~? マジで? あのUじろさん?」

「こんな可愛い顔してたんだ」

「待って。この顔で、てでちゃんの後方彼氏面してたの・・・・・・?」

「二次創作不可避!」

「こないだも罵倒しながら赤スパ投げてたよなあ」


 わぁわぁと言い立てる彼らの言葉を総合すると、この集まりはどうやら、夢雲テディのオタクたちの集いらしい。


 そこにアンチの俺がいるわけにはいかないのでは? 戦えというのか? 


 火野の顔を見れば、彼はにやりと笑う。


「まぁまぁ」


 と、盛り上がる面々を宥めて、俺の背中を押して「もう店、入りましょ」と促すのだった。





 オタクの声はでかい。それを見越して個室が予約されていた。行動力のあるオタクは、こういうとき、段取りがよい。


「それじゃ、第一回べあーずオフ会を始めます! 乾杯!」


 べあーずとやらになった覚えはない。べあーずとはなんぞやと思いつつ、もはや質問する気力もない。どうせ夢雲テディのファンの通称であることは、予想がつく。


 火野手製の名札には、ハンドルネームの他、SNSのアイコン付きだ。俺のも用意されているが、動画サイトのアカウントには画像を設定していないため、俺だけなぜか普通に顔写真入り・・・・・・恥ずかしいからひっくり返しとこう。


 思い思いのドリンクを手に、グラスをぶつけ合う。アンチ一対オタク六の圧倒的アウェー感だが、乾杯の輪からのけ者にしない辺り、こいつらは気のいい連中なのだと思う。


 俺はべあーずの連中を観察する。一番上は五十代で、下は俺たち大学生組という感じか。女の格好をしたふたりは、俺よりも少し年上っぽい。自己紹介も聞いたが、どちらも少しアニメ声っぽいところがあって、マジでどっちが男なのかわからん。


 自己紹介もそこそこに、話題は当然、夢雲テディになる。


 どの動画が一番よかっただとか、最近トークがスムーズになっただとか、そういうポジティブな意見が並ぶ。


 ちびちびと酒を飲みながら、俺は黙って彼らの話を聞いていた。ファンコミュニティにアンチが入っちゃいけない。たとえ、うんうん頷いて聞いていたとしても、これはただの相づち。賛同に見えるかもしれないが、合いの手を入れて、コミュニケーションをスムーズにするための処世術だ。


 間違っても、「わかる」「それな」と、口を挟んじゃいけない。場の空気がおかしくなる。


 みんな会話に夢中で、食事が蔑ろになっている。酒はじゃぶじゃぶ進んでいるが。


 サラダをとりわけ、焼き鳥を串からはずし、飲み物がなくなりそうな奴にメニュー表を渡し、決まったところで店員を呼ぶ。


 こいつら俺がこの場にいなかったら、どうなっていたんだ。飲みはしても、おかわりという行為は頭からぽーんと抜けていそうだ。飲み放題付き四千円だぞ。社会人なら端金だろうが、学生同士の飲み会じゃあ、もっと安い店に行くし、クーポンもフル活用する。火野とふたりなら宅飲みか、オンライン飲みである。


 甲斐甲斐しく世話をしている俺をよそに、会話は続く。よくもまぁ、夢雲テディだけで話が続くものだ。


 人間みな、自分の話をしたくなるもの。よくよく聞いていると、軸は夢雲テディにありつつも、自分のことを開示する流れになっている。


 火野はまとめ役らしく、適度に全員に話を振っていった。中にひとり、一番年上の男性は強かに酔っていた。俺はこっそりと、彼の注文したウーロンハイを普通のウーロン茶に変える手配を店員に頼む。


 すり替えられたことにも気づかないくらいで、彼は大きな声で言った。


「べあーずの中でも、俺ほどてでちゃんのことを知り、応援している人間はいない」


 そんな風に豪語し始めたものだから、他の年若い面々は、顔を見合わせる。さっきまではおとなしく、他人の話をよく聞く人のように見えていたのに、と。酔うと人格が変わるというか、元の人格が出てくるというか。


 彼は夢雲テディの話をしているようで、その実、「俺が、俺が、俺が」の連続であった。仕事でも成功を収めているこの俺様だからこそ、夢雲テディのよさに気づいたのだ、と早口の男に、火野もさすがに閉口している。


 俺は黙って聞いていた。それだけこの人は、彼女(暫定)のことが好きなんだろう。俺が注意するのもおかしな話だ。


 けれど、


「だいたい、君たち若い連中はてでちゃんへの貢献が足りないよ。先月はスパチャで何円使った? 一万か? 二万か? だめだめ。そのためにバイトをひとつ増やすくらいじゃなきゃ。特に女子は、いくらでも稼ぐ方法があるんだからさあ」


 と、セクハラ発言が入って、キレた。


「おいあんた」

「あ?」


 持っていたグラスの水をぶっかける。頭冷やした方がいいぜ、と。


 文字通り冷や水を浴びせられた男は、一瞬呆けた顔をすると、猛烈に怒り始めた。


「な、何をするんだね君は」

「全部こっちのセリフだよ、オッサン。あのさ、金出してるファンが偉いとかどうとか、その話もう決着してんだけど」

「なんだと」


 古参のトップオタを気取る割りに、こいつは夢雲テディの中性的で元気っ子のビジュアルと気弱な性格のギャップ、可愛らしい声という、表面上にしか興味がない。


 彼女がファンとの間に何を求めているのか、全然わかっちゃいない。


「二ヶ月前のメンバー限定配信」


 言っても、オッサンは首を傾げるばかりだった。はぁ、とこれ見よがしに溜息をついてやる。


「ファンの悩み相談に乗ってる雑談、見てねぇの?」


 バイト禁止の学校に通う高校生が、メンバーシップの登録はしたけれど、大学生や社会人のようにスパチャを投げることができなくて、テディちゃんのファン失格かもしれない、という悩みをぶつけていた。


 夢雲テディは顔を曇らせて、言った。


『僕は配信をしてお金をもらっているけれど、お金のために配信してるわけじゃないよ。最初はね、僕の声を聞いた友達にやってみないかって誘われたんだ。本当の僕はコンプレックスだらけで、友達もほとんどいなくてね・・・・・・こんな自分を変えられたらいいなって、やってみることにしたんです』

『まだリアルでは、仲良くなりたい人にも話しかけられないんだけど、こうやってみんなと話すことで、僕だけじゃない、誰もがいろんなコンプレックスや悩みを抱えているんだって、気づくことができた。僕が頑張っているのを見て、みんなを勇気づけられたらなって思ってます』

『だからね、お金のことは気にしないで。自分のことに使って。僕はみんなとお喋りして、ファンの子たちの輪がもっともっと広がって、仲良くなってくれるのが嬉しいから』


 真摯な語りに、コメント欄は沈黙していた。あれ、あれ? と、反応の薄さに困惑する夢雲テディに、視聴者は慌ててコメントを書き立てた。 自分の悩みを吐露するもの、夢雲テディを励ますもの、悩み相談をした高校生には、お小遣いからメンバーシップに登録してるだけでえらいよ! というコメントも。


 ちなみに夢雲テディのメンバーシップは月500円である。


「夢雲テディは金のために配信をしているわけじゃない。金を理由にして、他のファンを見下す、あんたみたいな奴がいることを悲しむ。本当に彼女のことが好きなら、ちゃんと彼女の言葉を聞けよ。それで思うことが何もないなら、あんたはべあーずの風上にもおけない」


 ぶるぶると震えるオッサンに、あ、これもしかして殴られるかもしれん、と覚悟を決めた。でも、そうはならなかった。他の面々が、俺に味方をしてくれたからだ。


「そうだよ! さっきからてでちゃんの話に見せかけて、そのときの配信で自分がいくらスパチャしたとか、そういう話ばっかりじゃん!」「てでちゃんの崇高な目的にそぐわない言い方は、ファンじゃないですね。ブロックします」


 誰よりも怒っていたのは、女の子(仮)の片割れだった。額に青筋を浮かべながら笑うという、なんとも器用なことで。

 立ち上がった彼女(?)は、オッサンの頭を掴んだ。あ、あれ? 手、でっかいな・・・・・・俺よりもでかいのでは? オッサンの頭をがっつりアイアンクローできるくらいって、相当では?


「女の子に向かって水商売とかフーゾクとか、そういうの匂わせるセクハラ発言が許せないね・・・・・・おいオッサン。あんただって、その手の需要はあるんだよ? あんたみたいなみすぼらしいオッサンを縛って鞭打ちして泣かすのが好きっていうゲイコミュニティだってあるんだからね? その手の知り合いに紹介してあげよっか? お給料以外にも稼ぐ手段はあった方がいいだろ? ご自慢のスパチャ、もっと増やしたらてでちゃんの目にも止まるんじゃない? あぁん?」


 凄みのある表情に、オッサンは「ひぃん!」と悲鳴を上げた。まったく可愛くなかった。俺に水をぶっかけられたことなど忘れて、自分の貞操を守るため、ドタバタと出て行く。おい、金置いてけ。


 ぐちゃぐちゃになった宴席は、一度静まった。どう収拾を付けるべきか。俺がキレたのが発端なんだから、俺が謝るべきだよな、と頭を下げかけたところで、火野が先に謝った。


「ごめん。俺があの人の参加を断り切れなかったせいです。楽しいオフ会が台無しになって、本当に、ごめん」

「ジェットさんのせいじゃないよ-。あの人以外は本当にてでちゃんのファンの人ばっかりだし、会えてよかった」

「そうそう。あたし、リアルでてでちゃんの話する人いないからすごい嬉しいの!」


 アイアンクローかましたのがたぶん男の娘なんだろう、彼女・・・・・・彼? は、火野の頭をよしよしと撫でた。つかお前、SNSではジェットってハンドルネームなのか。初耳だ。


「あー、えっと、俺がキレたのも悪かった。聞き流すことができなかった」

「さすがにあれはねぇわな。Uじろさんがキレなきゃ、俺が暴れてたかもしれん」

「そう言ってくださると、助かります」


 みんなで謝りあって、とりあえずオッサンの会計は割り勘することになって、仕切り直しである。ドリンクを改めて注文し、乾杯をやり直す。


「ねえ、ところでさあ、Uじろさん」

「はい」


 女子(片方は男だが、便宜上)ふたりにサイドを固められ、にわかモテ期か!? と一瞬思ったが、両方とも男には興味ないことに気づいてしょんもりしつつ返事をする。


 にやぁ、と笑ってふたりは俺に言った。


「Uじろさん、やっぱり、てでちゃんのオタクでしょ?」

「メンバーシップ入ってるのは知ってたけど、ちゃんと細かいところまで見てるんだよね。あたしたちの会話に『わかる』顔してたの、ちゃんと見てるんだからねー」

「なッ」


 そんなことない! と否定するも、迎えるのはにやにや顔のオタクたちだ。


「Uじろさん、年貢の納め時だ」

「突発ライブ配信のときだって、いつもいるじゃないか」

「そうそう。お金の話を蒸し返して悪いけどさ、Uじろさん、あのおじさんに負けないくらい赤スパ投げてるよね?」

「あ-、こいつ、テディちゃんにスパチャ投げるためにバイトしてるようなもんだから」


 おい、勝手に人の懐事情を暴露するな。


「ほら、認めて早くラクになっちゃいなよ」

「ぐぬぬ」


 ぐうの音が出ないほど追い詰められたときって、漫画じゃないけど本当に、「ぐぬぬ」としか言いようがなくなるんだな。


 大きく舌打ちをして、俺は一度下を向く。やんややんやと盛り上がっていた面々もまた、沈黙して聞く態勢だ。


「お、俺は・・・・・・」

「うん」


 長く黙してしまう。これまで一生懸命に否定して、虚勢を張って生きてきたことを認めるのは、エネルギーが必要だ。それがたとえ、Vtuberのオタクだということであっても。


 そうだ。俺は、夢雲テディが好きだ。あのビジュアルに宿る、優しくてドジでいじらしい、可愛らしい魂の部分が好きだ。あと、なによりもあの声。わざとらしい作り声じゃない、ふわふわと日だまりみたいな声が、好きだ。


 持っていたグラスを天に掲げる。


「俺は、夢雲テディが好きだ――ッ!」


 うおおお、と雄叫びが上がる。再度かんぱーい! かんぱーい! とグラスを合わせ、仕切り直しである。


 同じ話題になって悪いな、と恐縮しつつも、頷くだけじゃなくて自分でも語りたかった話を、俺は怒濤のように言って聞かせる。何が一般寄りのライトオタクだ。夢雲テディに関しては、ガチオタじゃないか、とセルフツッコミを内心入れながら、それでも止まらない。


 嫌がらずに聞いてくれるみんなが、俺を甘やかすのが悪い。うんうん頷いて、「わかる」と一緒になってはしゃいでくれる。持つべきものはオタク友達。隣の火野を見ると、サムズアップしている。


「Uじろさん、なんでアンチの振りしてたの?」

「いや、だって、俺、夢雲テディにちょっと似てるだろ? 自分と同じ顔のVtuberを推してるって思われたら、ナルシストっぽいじゃん・・・・・・」


 まじまじと見つめてくる、火野以外の四組の目。最初に笑い出したのは、女装男子。


「いや、言うほど似てないって! それこそ自意識過剰でナルシストっぽいよ?」

「そうだよ。二次元と三次元は別物」

「て、てでちゃんに似てるなど、お、おこがましいッ!」


 ゲラゲラと笑われて、少し恥ずかしい。でも悔しいとかそういうのはなくて、まさしく自意識過剰というか、火野の言葉に踊らされた自分が悪いんだよな。


 一緒になってお前は笑ってるんじゃねぇ。


 肘で突くも、火野は俺の心情など気遣ってはくれない。こいつはこういう奴だった。


 ひとしきり笑い終わったあとで、話題は夢雲テディの性別についてに移る。


「てでちゃんは女の子だと思うなぁ。一人称が『僕』なのは、そういうキャラづけってだけで」

「あたしも女の子であってほしい! ガチ恋なので!」


 レズビアンだという女子が、自分の願望を述べると、かけている眼鏡をかちゃかちゃと動かす昔ながらのオタク仕草で、男が反論する。


「し、しかし二次創作市場では、夢雲テディのイラストについているタグは『男の娘』が圧倒的多数・・・・・・ッ!」

「あんなに可愛いのに、女の子のはずがない」


 好き勝手に討論する彼らの間に、俺は入らないで黙っている。


「まぁビジュアルは置いておいても、なかのひとは絶対女の子でしょ。ボイスチェンジャー使ってないよね?」


 成人男性には素の声であれは出せない、と女の子推しの子が言えば、「それは、まぁ」と、男の娘推しの奴も認める。


 俺の頭の中には、たったひとりの例外の顔が浮かんでいた。「きゃあ」とか「ひゃん」とか、ホラーゲームをしているときの悲鳴と、同じ声をリアルで聞いたことがある。


「Uじろさんはどっち派?」


 話を振られて、俺は「たぶんなかのひとは男・・・・・・」とは言えず、俺は「俺はどっちでもいい。どっちでもあるし、どっちでもないっていう、曖昧なところが夢雲テディのいいところだと思う」と、ごまかしごまかし、哲学的なことを言って煙に巻いた。


「さすが。後方彼氏面アンチの皮を被った大ファンの言うことは違うねぇ」


 など、感心されることは一切ないはずなのだが!






 SNSは捨て垢しか持っていないので繋がることはなかったが、連絡先は個別に交換した。火野に招待され、べあーずオフ会メンバーというグループの一員にもなり、トークアプリ上での交流をしている。


『今日の配信楽しみだね』

『あと十分!』

『Uじろさん、最近チャット欄いないよね。どした?』


 どうしたもこうしたも、これまでアンチだった俺が急に夢雲テディの大ファンです! っていうデレたコメント始めたら、アカウント乗っ取りを疑われるだろうが。かといって、これまでどおり罵詈雑言(とは、べあーずである彼らは思っていないようだが)を浴びせるのも、気が引ける。


『見てるし、スパチャ投げてるんだからいいだろ』

『いや~、Uじろさんのあのツンデレ発言がないとちょっと寂しくって』

「勝手に言ってろ」


 思わず声が出た。ツンデレとか言うんじゃねぇ。俺は断じて、そんな漫画のキャラみたいな性格じゃない。


 そうこうしているうちに、配信の時間が来た。トークは沈黙し、みんなそれぞれ、配信のチャット欄に現れる。書き込みたい衝動に駆られるが、我慢だ。


 雑談は和やかに進んでいった。いつもどおりであった。俺がアンチ発言をしながらスパチャを投げなければ、こんなものである。


 あれ、もしかして場を荒らしてるのって俺か?


 話は秋の行楽シーズンに何をしたいか、という話になる。テディは「山に登りたいな。紅葉きれいな山、知ってる?」と、リスナーに話題を向ける。


 それぞれ住んでいる地域も違うため、全国津々浦々、紅葉自慢の山が書き込まれるのを、テディは楽しそうに眺めていた。


『それじゃあ、一緒に行くパパにも提案してみるね~。ありがとう』


 聞き間違いかと思った。チャット欄も同様で、


【パパ!?】【PAPA!?!?!?!?】【ぱ・・・・・・ぱ?】と、困惑している。


 そのうち誰かが、【えっ、パパ活?】とか言い始めると、事態は混迷を極めていく。テディが異常事態に気づいたときには遅かった。


 ネットの中には、ボヤを大火事にするのが趣味みたいな連中がいて、そういう奴はきなくささを感じ取るセンサーが優れているものなのだ。ファン以外の人間がなだれ込んできて、「Vtuberがリアルでパパ活」と騒ぎ立てている。


 俺はスマホでSNSのリストをチェックする。トレンドにも「パパ活」が上がってきていて、青くなった。


『えっ、え、パパ・・・・・・活? 僕そんなことしてないです! あの、パパっていうのは・・・・・・』


 弁明をしようとしたところで、ぷつんと接続が切れ、配信がストップした。事故なのか、それともこれ以上の騒ぎを嫌った運営の判断で切ったのかはわからない。


 パパ活という言葉は強い。俺はテディがそんなことをするわけないと信じているが、その単語が出てきた時点で、詰みなのだ。


 テディを信じている俺の頭の中には、よく知るムキムキのトレーナーが、見知らぬオッサンと腕を組むビジュアルが浮かぶ。


 ・・・・・・頭痛とともに、胃のあたりがムカムカしてきたぞ。



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