道端でJKを拾った話
ふと現代ものを書いてみたくなったのでつらつらと筆を走らせた短編です。
「神田ー! そろそろ終電だぞー!」
うわ、もうそんな時間か!
あわててPCをシャットダウンさせながら、荷物をまとめていく。
PCの電源が落ちるのを確認すると、同僚たちと一緒にオフィスから外に駆け出していった。
終電に飛び乗り、今日が終わっていくのを電車の中で見送る。
窓の外は真っ暗で、流れるネオンが物悲しい気分にさせてくれる。
――こうやって人生が過ぎていくのかなぁ。
入社して十年、うだつの上がらないサラリーマン稼業だ。
「ありがとうございましたー!」
愛想のよいコンビニ店員の声を背中に受けながら、今日も家路につく。
夜道を歩きながら、週明けの仕事に思いを馳せていく。
毎日がこんなで、女っ気などあるわけが無い。
「その辺の道端に、可愛い女の子が落ちてないかなぁ」
思わず小声でつぶやいていた。
自宅への帰り道、最後の曲がり角を曲がる――アスファルトの上に、女の子が倒れ込んでいた。
……見間違いじゃないよな?
目をこすってから、改めて女の子を見つめる。
高校生っぽい制服を着た女の子が、確かに自宅のアパートの前で倒れていた。
……まさか、死んでないよな?
そっと近づいて様子を伺う。どうやら呼吸はしているみたいだ。
寝てるだけなら起こしたいが、このご時世だと迂闊に触る事もできやしない。
……警察に電話するか。
尻ポケットをまさぐるが、そこにスマホの感触がなかった。
あわてて鞄の中も漁ってみるが、どうやら会社に置き忘れてきたらしい。
マジかー! 今日は金曜日だぞ?! 土日をスマホなしで過ごせって言うのか?!
……いや、それより目の前の緊急事態を何とかしよう。
仕方なくそっと肩を揺さぶり声をかける。
「あのー、起きてください。こんなところで寝てたら危ないですよ?」
いくら揺すっても女の子に反応はない。
――ああもう! これが酔っ払いのおっさんなら放置していくんだけどもね?!
未成年の女の子を放置していくのは、さすがに無理!
かといって近所づきあいもないので、こんな時間にチャイムを鳴らして電話を借りる訳にも行かないし……。
スマホが無いから、交番の場所もわからない。
「……仕方ない、人生を賭けるか」
これで通報されたらそれまでだ。
人助けで前科が付くのを覚悟して、女の子を抱え上げて、自分の部屋に連れて行った。
****
女の子をベッドに寝かせる。
……目の毒だな、毛布を掛けておこう。
そっと胸元まで毛布を掛けて、なるだけ視界に女の子が入らないようにしておく。
「……風呂に入るか」
着替えの準備を整えてから、シャワーを浴びに浴室へ入っていった。
シャワーを浴びながらこれからを考える。
思わず拾ってきちゃったけど、俺の人生が破滅しないようにしつつ、女の子を家に帰すにはどうしたらいいだろうか。
起きたら事情を説明して、納得してもらう所からだろうか。
……でも、こんな時間になんで学生が制服で倒れてたんだ?
一応、あの子の事情も聞いておくか。
シャワーを浴び終え、スウェットに着替えて浴室から出た俺が目にしたのは、コンビニ飯を無心で食い漁る女の子の姿だった。
「……それ、俺の飯」
俺の言葉で女の子が顔を上げ、目を輝かせながらサムズアップをしてきた。
「……美味しいって言いたいのか?」
女の子が満足そうに頷いた。その口はひたすら俺の晩飯を貪り続けている。
俺は盛大なため息をついてから、床に座り込んで頭をタオルで拭いていた。
「まぁ、元気なようで良かったよ。怪我をしてるって訳じゃないんだな?」
女の子は頷いた。
「家は近いのか? それを食ったら送っていく」
女の子が少し迷ってから、首を横に振った。
「家が遠いのか?」
女の子は首を横に振った。
「……帰りたく、ないのか?」
女の子が、ためらいがちに頷いた。
「……そうか。事情があるんだな。
飯を食い終わったら、少し話を聞いてやる。
その後は、きちんと家まで送る。それでいいか?」
女の子が口の中の物を飲み込んで、初めて言葉を口にする。
「……よくないです」
そんなことを言われても、このままだと未成年略取とか言われちまうしなぁ。
社会的な死が間近だ。
「じゃあ、どうしたら家に帰ってくれるんだ?」
「……うちに、知らない男の人が居るんです」
おっと? 穏やかじゃない流れだな?
「不審者か?」
「お母さんの、新しい恋人だと思います」
「そうか……」
家に居場所がなくなった、ってあたりかな。
「だからその人が家から居なくなるまで、ここに居させてください」
「う~ん……その人はいつ帰るんだ?」
「いつも、朝になると帰っていきます」
つまり、朝までここに居させろと、そういうことか?
「家はどこなんだ?」
「ここ、ツギリヤハイムですよね。間取りがうちと一緒だし」
「ああ、確かにそうだけど……ってことは、ご近所さん?」
「うちは一階の角部屋です」
「え、お隣さん?」
女の子の目が、俺の目を見た。
「……神田さん、ですか」
「そうだけど、よく知ってるね」
「表札を見てますから。そうですか。隣なんですね、あの人が居るの」
女の子の目が、角部屋の方向を睨んでた。
どうやらかなり印象が悪い相手みたいだ。
幸いこのアパートは壁が厚い。大人が夜の遊びに耽っていても、音が聞こえてくることはない。
俺は小さくため息をついて立ち上がった。
「そうか、お隣さんなら少しは気が楽だ」
戸棚からウィスキーとショットグラスを取り出し、テーブルに置いた。
いつものように指一本分の量をグラスに注ぎ、一気に呷る。
「――ふぅ。空腹だとやっぱきついな」
ふと視線を感じ、女の子の顔を見た。
俺のことを観察するように見つめていた。
「お酒、飲むんですね」
「少しだけね。俺は弱いから、毎晩一口だけ飲むんだよ」
「……それで満足できるんですか?」
「ウィスキーはアルコールが強いし、俺は酒に弱い。丁度いい感じで良い気分になれるんだ」
「……たくさん飲んで、暴れたりはしないんですか?」
「しないよ? そういう酒の飲み方はしない。第一、君が居る前でそんなに酔っぱらってたら、君が危ないだろう」
前後不覚で未成年を襲っただなんて、親族に顔向けできやしない。
「……そのお酒、どんな味がするんですか?」
「お酒としては甘い方じゃないかな。味も香りも甘みを感じるお酒だ。
この銘柄は雑味も少なくて、すっきりと飲みやすい。
君も大人になったら試してみるといい」
「……ちょっと飲んでみたいです」
「だーめ。お酒は二十歳になってから」
俺はショットグラスをシンクに置いて、ウィスキーを戸棚にしまった。
あー、やっぱ空腹に酒はまずかったか。いつもより酔いが回るな。
俺はベッドの上から毛布を持ち上げ、床の上に丸まった。
「君はベッドで寝なさい。じゃ、おやすみ」
俺は酔いに任せ、目をつぶって意識を手放した。
****
朝の光が眩しくて目が覚めた。
なんだか身体が重たい。晩飯を抜いたからなぁ……。
ゆっくりと目を開けると、目の前に女の子の寝顔があった。
「は?!」
混乱しながら上体を起こすと、自分がベッドで寝ていたことに気付く。
だが次の瞬間、頭の中が真っ白になっていた。
女の子が隣で寝ていて、しかも半裸の下着姿、俺も半裸でスウェットを脱いでいた。
――何があった?!
あわてて女の子に布団をかぶせ、自分のスウェットを探す。
床に散らばるTシャツとスウェットを見つけ出し、急いで着こんでいった。
女の子の制服も見つけてしまったが、そちらは触らないことにする。
急いで昨晩の記憶を漁っていく。
俺は確かに、床で寝ていたはずだ。
毛布が床に落ちているから、それは確かだ。
前後不覚になるほど酒を飲んだか? 確かに空腹にウィスキーだ、多少は酔ったと思う。けどワンショットだぞ?!
混乱して頭を抱えていると、背後から女の子の声が聞こえる。
「あーあ、神田さん、やっちゃいましたね」
あわてて振り向くと、身体を布団で隠しながら女の子が上体を起こしていた。
「やったって何を?! 昨日何があったの?!」
女の子が枕元からスマホを取り出し、写真を見せてきた――半裸の女の子に添い寝される俺だ。
「……なんで写真撮ってるの」
女の子がにっこりと微笑んだ。
「この写真をばら撒かれたくなかったら、合い鍵ください」
「どういうこと?!」
「あの人がうちに来たときの避難場所として、この部屋を使わせてもらいます。
あ、私は田村明日香です」
「あ、ご丁寧に。神田美咲です――じゃなくてさ?!」
女の子が楽しそうに笑っていた。
「みさきって、女の子みたいだね!」
「うるさいな! 気にしてるんだから、それは言わないでもらえる?!」
「じゃあ美咲ちゃん、お腹空いたんだけど、朝ごはんはまだ?」
この子、とことんマイペースだな?!
「わかった! 買ってきます! だから大人しく部屋に居て!」
「はーい」
「着替えるから後ろ向いてて!」
女の子――明日香がにたりと笑った。
「えー? 一緒のベッドで肌を重ねた仲なのに、今さら着替えを恥ずかしがるの?」
「しーりーまーせーんー! いいから向こう向いてて!」
「はーい」
明日香が背中を向けている間に、俺は急いでスウェットを脱いでジーパンを履いた。
財布を取り出し、中身を確認してから明日香に告げる。
「家に帰っててもいいけど、写真はばら撒くなよ?!」
それだけ言い残し、俺はコンビニへ走っていった。
****
帰宅すると、明日香はまだ部屋の中に居た。
制服を着て、テーブルの前に座ってスマホをいじっている。
「……夢じゃなかったんだな」
夢であればと、道中願っていた。
とんだ厄ネタを拾った気分だ。
明日香は顔を上げてニタリと笑った。
「可愛い女の子が部屋で待ってるなんて、幸せな夢ですね」
「確かに君は可愛いけどね?! 幸せかと言われるとかなり判断に困るよ?!」
テーブルの上にコンビニ袋を置いて、明日香に告げる。
「適当に買ってきたから、好きなのを食べて。俺も適当に食うから」
俺はサンドイッチを選んで袋から取り出し、食べ始めた。
明日香もおにぎりを取り出して、美味しそうに食べ始めていた。
しばらく無言で食事をする時間が過ぎていく。
食事をしながら、俺は考えをまとめていた。
酔っぱらって女の子を襲うような状態ではなかった。
だが朝の状態は、あの通りだ。
となると、明日香が俺をベッドに運んだのか?
「……よく俺の身体をベッドに運べたな」
「声をかけたら、自分でベッドに移動してくれましたよ?」
寝ぼけてベッドに歩いて行ったのか……。酔っぱらってたせいか、そこは覚えてないな。
「半裸になることに、抵抗は感じなかったのか?」
「神田さんが私を襲う人じゃないって、わかってましたから」
それはそれで、男として屈辱なんだが。
「だからって、俺みたいなおっさんと添い寝とか、普通は嫌だろうに」
「でも神田さん、まだ二十代ですよね。ギリギリセーフです」
「なにがセーフなの?! 社会的にはアウトなんだけど?!」
「こっちの話なので気にしないでください」
ん? 俺は年齢を教えたっけ?
「なんで俺の年齢知ってるの?」
「お財布の中から、マイナンバーカードを見ました」
「それ勝手に見ちゃダメな奴!」
「無造作にテーブルの上にお財布を置いてる方が悪いと思います」
「悪くない! ここは俺の部屋!」
「お客さんが来ているときに、お財布を出しっぱなしは失礼ですよ?」
「俺を脅迫してる君がそれを言う?!」
「それはそれ、これはこれです。身から出た錆ですよ?」
賑やかな朝食が終わると、明日香が立ち上がった。
「そろそろ、あの人が帰った時間だと思います。
私はこれで帰りますね」
「ああ、もうそんな時間か――なに、その手は」
明日香は俺に向かって右手を差し出していた。
「ですから、合い鍵ください。写真をばらまきますよ?」
あーもう! 本気だったのか?!
「わかった! わかったから少し待ってて!」
俺は引き出しの中から合い鍵を取り出し、明日香の右手の上に置いた。
「できれば写真は消してくれ! 間違って誰かに見られたらそれで俺の人生が終わる!」
「考えておきます――それじゃあ美咲ちゃん、またね」
そう言い残して、明日香は部屋から出ていった。
これが妻とのなれそめであり、俺の黒歴史だ。
妻にとっては大切な思い出らしい。
未だにこの時の写真を残していて、たまに俺に見せつけてくる。
「美咲ちゃん、欲しいものがあるんだけど」
「わかった! わかったからその写真しまって!」
俺と明日香の関係は、今も変わっていないようだ。