⭕ 「 生き甲斐 」って何だろうね?
生き甲斐
それは、世に生きている価値を見出だすなり。
生きる価値あることであり、価値ある生き方であり、世に役立つ事である。
我が作す業、たとえ些細な事あろうとも、それがたとえ他に見出されざる事であろうとも、誰も気付く事なき縁の下の力持ちであろうとも、世に役立つ事に代わりはない。
それは、我が作す事が、或いは他の働きの助けとなることもあり、他の働きの原となる事もあり、又同じ様な幾人かの力が集って、知らず識らずに、世のお役に立つ事もあり、或いは他の働きの障りを除いて助けとなる事もあるであろう。
己がささやかな働きに、誰も気付くまい、然し、常に神佛のみ、その生き得る価値を対して、生きるべき道を照らされ、庇護の手をさしのべていられるのである。
唯見れば、何の妙なき路傍の人々の足に踏みにじられる雑草さえも、土の乾きを防ぎ、土の崩れを守り、そして、自らも、その土とその湿いに依って、強く生きる道を与えられているのである。
そして、そこに自ずからの生きる甲斐、天賦の価値を見出すのである。
尊きものは、生き甲斐ある生活を見出すことあでる。
──という言葉(?)があります。
「 声を出して読んでみてください 」と書かれているので、試しに声を出して読んではみましたが──、個人的には「 う~~ん? 」って感じで、ピンと来ません。
裕福では無いものの、それなりに “ 幸せ ” だと思えるような暮らしを出来ているからでしょうか??
読んでみて「 心が奮えた 」とか「 感動した 」とか「 元気になった 」とか……。
読んでも心に響かないのは、私の方に問題があるんでしょうね。
読者さんは「 生き甲斐 」を読んでみて、何を感じましたか?
人間が邪魔だと思って引き抜いて捨てられる雑草にも「 雑草なりに役割があって、地面に生えているんだな~~ 」って事は分かりました。
雑草を例えに使われると、確かに「 頑張ってみようかな 」って思えそうですよね?
昔、遊んでいたゲームの中に「 雑草の意地を見せ付けろ!! 」って言うセリフもあったぐらいですし。
因みに私の自宅の庭には、毎年たくさんの雑草が生えています。
今年は、いっぱい猫じゃらしが生えていました。
雑草ボウボウの中庭も慣れると中々、良いもんですね。
今は冬なので雑草はそんなに生えていませんけど、春が楽しみです。
タンポポも沢山、咲きますよ。
それでは、Byサーです。




