✒ 「 平和学習 」と闇の「 二重基準 」
どぅもぉ~~。
毎週月曜日、本屋に貢いでいる阿呆ボンでっす★
先週【 動画の話 】を投稿しましたが、その数日後に記事が書かれている新聞をもらったので、内容の一部を紹介したいと思います。
読んでみましたが、オツムの弱い私には小難しい内容となっています。
動画の方が分かり易いかも??
【 辺野古の犠牲 「 平和学習 」の闇と二重基準を排し、正常な法治国家の回復を 】
沖縄・辺野古沖で発生した平和学習の転覆死亡事故は、教育現場における特定の思想教育が、生徒の安全確保という最優先事項すら無視していた異常性を浮き彫りにした。
悲劇の背景には、左派的活動は黙認し、保守的価値観を排斥する歪んだ「 二重基準 」と、法執行機関の「 ことなかれ主義 」がある。
【 平和学習の名を借りた刷り込みと悲劇 】
3月16日、波浪注意報が出る悪天候にも関わらず、出航を強行し、修学旅行生を含む2名の尊い命が犠牲となった沖縄・辺野古沖での転覆・死亡事故。
この悲劇の背景にあるのは、「 平和学習 」という美名のもと、一部の教員が自らの偏った価値観や左派的な思想を、判断能力が十分でない未成年の生徒達に刷り込む為の教育現場の危うい実態である。
同志社国際高校の方針により、違法すれすれの抗議活動を行う団体の抗議船に生徒を乗せる事が常態化していたという事実は、イデオロギーの押し付けが生徒の安全確保すら無視していた異常性を示している。
教育の場が特定の政治闘争の具に利用された事は、看過できるものではない。
【 歪んだ「 二重基準 」メディアの共犯関係 】
この事件は同時に、現在の日本社会を蝕む深刻な二重基準の存在を浮き彫りにしている。
政府の正当な事業や保守的な活動に対する違法で暴力的な攻撃は、「 市民の切実な声 」や「 表現の自由 」として美化され、許容される。
その一方で、伝統的な家庭観や国家観などの保守的な価値観は、「 価値観の押し付け 」等として教育現場やメディアから徹底的に排斥される傾向がある。
更に異常なのは、左翼系市民団体の過激な活動に対する社会の対応である。
本来は厳正に対処すべき公権力すら、彼等を「 腫れ物 」のように扱い、マスコミに至っては、その違法な活動内容や地元住民への被害の実態を意図的に報道しない。
辺野古の現場では、沖縄県知事の意向もあり、反対派の違法行為すらも容認する風潮があり、警察官や名護防衛事務職員などへの暴言、暴行すら放置されていた。
このような特定のイデオロギーに基づく暴力や不法行為が罷り通る現状は、到底正常な法治国家とは言えない。
【 「 事なかれ主義 」や「 犠牲者待ち 」の脱却 】
辺野古の悲劇は、現場の海上保安庁や警察が反対派との衝突やメディアからの「 権力の弾圧 」という批判を恐れ、厳格な法執行を回避し続けた「 事なかれ主義 」の果てに起きたと言っても過言ではない。
現場の海上保安庁や警察がテレビや新聞からの批判を恐れて職務を放棄する事は、法治主義の自殺に等しい。
日本社会は、尊い犠牲が出なければルールの運用を見直さない「 犠牲者待ち 」の悪習から直ちに脱却しなければならない。
もはや、現場の裁量やメディアの顔色を窺って対応を曖昧にしている段階は過ぎた事を、この度の事故は示している。
政府および法執行機関に強く求められるのは、不当な妨害行為に対して即座に取り締まりを行い、刑事・民事の両面から厳格に法的処置を講じるという運用の厳格化である。
一部の活動家による実力行使や違法行為の跋扈を看過する事は、少数意見の尊重とは全く異なるものであり、民主主義の否定に他ならない。
次世代の若者達を歪んだイデオロギーの犠牲にしない為にも、毅然たる法執行によって、正常な法治国家としての公平性と信頼を今こそ取り戻すべき時である。
文字を打つのに疲れましたので、この辺で止めときます。
難しい内容ですね。
想像力が乏しいので、何と無くしか分かりません。
『 沖縄県知事の “ 意向もあり ” 反対派の違法行為すらも容認していた 』って事は、初めて知りました。
そうなると【 辺野古沖転覆死亡事件 】の発生には、直接的では無いものの沖縄県知事も一枚噛んでいる加害者の一員って事になりませんか??
沖縄県知事も被害に遭った学生さん達,保護者さん達,ご遺族の前に出て来て、きちんと謝罪しなければいけないのでは??
「 抗議活動を行う団体 」に対しても、厳しく対処してほしいですよね?
容認するくらい仲良しな間柄なら厳しい対処なんてしないかも知れませんけど??
「 遺族が執筆されたnote 」ですが、検索してみたら【 X 】で読めました。
読めはしましたけど、拡散の仕方は分かりませんでした。
それでは、Byサーです。




