第16話 英雄混浴
『それが? こんな少年みたいな体を見られたところで何を思うことがある? 相手が欲情さえしないのに、ぼくが恥じらうなんて、それはすこし傲慢ではなかろうか?』
「は、はぁ……」
『それとも、なにか?! 見苦しいというのか!! ならば、とくと見るがいい!! この中性的な美を象徴した、純真無垢なぼくの体を!!!』
立ち上がり、大股開きでポーズを取ろうとした――
『およしなさい!』
そのとき、アイギス様がソフィ様の体にタオルを巻き付けた。
『婦女子たるもの、いかなる体型であろうと衆目に晒されてよいものではありませんよ。隠すほどにその魅力は際立つのですから……恥じらいを知りなさい!」
ちなみにアイギス様も裸だけど、体にタオルを巻き付け、長い髪は頭の上でお団子みたいになってまとめられている。アイギス様もまた温泉を楽しむ気満々のようだ。
『そして、フィル! 婦女子の裸をそのように物珍しげにじろじろと見て、盛りのついた犬のように……みっともない! 泰然となさい! 英雄たるもの、婦女子の裸のひとつやふたつ、つまらぬものだと興味の欠片もないように装うのが嗜みというものですよ!』
ぬぁ! いきなり怒られた!
「す、すみません!」
とりあえず誤っておいた。ぼく、英雄じゃないんですけどね。
『まあ、わたしほどとなると、どれほど自制しようと自然と目がいってしまうのはやむを得ないことなのかもしれませんけどね』
えっへん、と胸を張るアイギス様。
胸を張っているのに……あ~、凹凸がほとんどない。タオル越しにこんもりとわずかに盛り上がるだけ。ため息が出るほどの美人さんなのに、……残念!!
『なにか失礼なことを考えてますか?』
「イイエ、ソンナコトアリマセンヨ?」
『ならよいのです。英雄は色を好むもの、あなたも早くわたしくらいの美人を見つけられると良いですね。そのときは英雄に相応しい寵姫に躾けてあげますからね』
「あ、ありがとうございます!」
アイギス様はソフィ様を連れ立ち、洗い場に向かった。
……おっ? なかなか――
『良い尻だな、流石は砦の乙女どの、基礎はしっかりしていると見える』
――ぼくじゃないよ? この声は……ギガマラテス様だ!
『ああいうのが好みか? フィルよ』
「あっ、ギガマラテス様――」
声に振り返る。
ギガマラテス様は浴槽に顔だけ出して大の字で……でででっ! でかい! 股間に棍棒が……なに、これ? 普通でコレなら本気出したらどうなっちゃうの? グレートクラブ?
『老婆心でいうが、エルフはやめておいた方が良いぞ』
「え? は? エルフ?」
何の話? ギガマラテス様のご立派様に気を取られて話についていけてないんですが?
『エルフは見目は良いが、肉が足りなくて抱き心地がいまいちなのが難点よ』
『あそこの具合もいまいちだしな』
と、これはギャギャント様。……え? ギャギャント様。浴槽の端っこに腰掛けて、なぜかスケッチしてるんだけど。
ちなみにギャギャント様のスケッチブックも、アイギス様のタオルも、彼らと同じ碧い炎できている。でなければ幽霊みたいな彼らには触ることもできないのだろう。
『だな~、その見目で何人かエルフの寵姫を囲ってみたが、きつい、というか、カタイ、というか……初めての時など千切られるかとおもわったわい』
大人の会話でゲラゲラ笑うおふたり。
……な、何の話? コドモノボクニハ……ん? なんか視線を感じ――ぎゃ~! アイギス様が睨み付けてくるんですが!? ……わ、話題を変えよう!
「ところでギャギャント様は何を?」
『良い機会だから裸の女どもを姿絵に残してやろうと思ってな。お前にもあとでやろう。寂しい夜のオカズにでもするがいい』
ギャギャギャギャギャ! と大笑いのギャギャント様。
はぁ、裸の女の子の絵で何をしろ――ん? 視線が……ぎゃああ! 今度はリリンカがこっちを睨んでる!! 裸は良いのに絵はダメなの?? なんで?! 理不尽!!
『必要なかろう。伽ならあのリリンカという娘にやらせればいいのだ』
「は? ……はぁ? な、なんでリリンカが?」
ギガマラテス様の藪から棒のひと言に、思わず敬語を忘れてしまった。
しかし、ギガマラテス様は気にした風もなく、むしろ悪戯っ子のように笑って、
『命がけで助けてくれた男の子になびかぬ女子などおらぬよ。今夜あたり試してみるといい。寝室に連れ込み、美味い酒でほどよく酔わせた後、耳元で二言三言、甘い言葉を囁きながらベットに押し倒すのだ。なに、最初は抵抗されるだろうが、それもまた一興よ。物言わせぬように接吻で口を塞ぎ、羽毛と戯れるかのようにその玉体を愛でれば、あとはお主のなすがまま。存分に精を出し、十月十日の成果を楽しみにすればよい』
……うぐっ! ちょっと想像してしまった。
流石、40人もの寵姫を囲った蛮勇王。含蓄あるお言葉だ。
『あ~、そうだそうだ、忘れるところだった』
悪戯っ子のようだったギガマラテス様の声の調子が、不意に元に戻った。
『褒美だ』
「褒美?」
浴槽に体を沈めながら、ギガマラテス様はぼくに手を差し出した。
ぼくは両手でその手をありがたく受け取る。手渡されたのは……。
「『星屑』?」
予想はしていたけど……なんで?
『またひとつ至宝を救ったであろう?』
「至宝?」
ギガマラテス様に言わせれば「女の子」のことだ。
でも、リリンカを救ったときにひとつ貰ったはずでは?
『ほれ、あの娘、テュッテイ……だったか?』
「あ~」
『お主が駆けつけねばゾンビの餌になっていたであろうからな』
「なるほど、拝領いたします」
『うむ』
……やった、やったよ! 次は何を上げようかな~♪
『ぼくかもひとつ上げるよ』
「――ふぇ?」
振り返ると、ソフィ様がいた。今度は、ちゃんと体にタオルを巻いている。
何気なく差し出された手には『星屑』が輝いていた。
「いいんですか?」
『珍しいゾンビの生態が見れたからね』
「珍しいゾンビの生態?」
『ゾンビのエネルギー事情さ。旧来の説ではゾンビは眠らず食べず飲まずで動き続けると言われていたけど、どうやらそうではなかったらしい。君が戦っているのを余所に共食いしているゾンビが観測されたんだよ! これが何を意味しているのか、わかるかい?』
興奮のあまり大仰な身振り手振りで説明するソフィ様。
そんなに手足を振り回したら、あわわわっ、タオルが、体に巻いているタオルが……。
『聞いてるのかい!!』
「ソフィ様、タオルが……」
『ゾンビのエネルギーは共食いによって補われていたんだ! これは凄い発見だよ!』
空を仰ぐように両手を上げるものだから、ついにタオルが外れ、ソフィ様のお体が……。
『おバカもの!』
間一髪、後ろからアイギス様が飛び込み、ソフィ様のタオルを押さえてくれた。
『淑女は恥じらいを持ちなさいと何度も言っているでしょうに!』
『誰も気にしないと思うんだけど……君は気にするかい?』
ソフィ様に問いかけられた。
気にするか、気にしないか。そんなのは決まってるじゃないか。
「ぼくは同年代の女の子の裸と言うだけで結構、嬉しいですが……」
んんん? 正直に話したら妙な沈黙が……なぜ?!
ソフィ様はもじもじしながら体にタオルをきつく巻いているし、アイギス様はため息をついて、呆れたようにやれやれといったご様子。……ぼく、何かやっちゃいましたかね?
『求められるとなるとなんだか面映ゆいね……』
『フィル、それでは盛りのついた犬と変わりありませんよ?』
え、え~、どうして? 意味わからんのですけど!?
『お前には女の落とし方も教えてやらんといかんらしいな』
と、これはギガマラテス様。
『ゴブリンだって獣性を解き放つのは暗い洞窟の中と相場が決まっているのになぁ~』
と、こっちはギャギャント様。
うぐっ……つまりぼくはゴブリン以下?
『女の子の扱い方はあとで教えるとして、とりあえずこれを』
アイギス様がそう言って差し出したのは……。
「アイギス様まで?」
本日、みっつめの『星屑』だ。
『あなたは大変に多くのゾンビを屠りましたから、これはその恩賞です。多くのゾンビを屠ることは結果として多くのものを救うことに繋がります。一層、励むように』
「ありがとうございます」
おっ、おおおお! ぼくの手に燦然と輝く『星屑』がみっつも!!
うひひひひっ、みっつも『星屑』があったら《スキル》上げ放題だ!
これは温泉にゆっくり浸かっている場合じゃないな、さっさと上がって――
『無駄使いは止めておけよ』
「――はぃ?」
脱衣所に置きっぱなしの英雄辞典に直行しようとしたぼくを止めたこの声は……。
「ハイドロン様?」
あ、あれ? 声はすれどお姿が……。
『ここぢゃここぢゃ!』
手羽先の骨みたいな手が温泉から出てぷらぷらと揺れている。
あ~、ハイドロン様、そんなところにいた。
近づいてみると、……ひぃぃ! 温泉の中にドラゴニュートの骨が沈んでる!! これは……事件? 事故? どちらにしろ何かしらの事案をうかがわせるような光景だ!
「なっ、なんで沈んでるんですか?!」
『骨の裏側まで温泉を堪能しようと思ってな』
「というか、どうして沈んでるのに普通に話せるんですか?!」
『思念波で話してるからぢゃよ。わしは、ほれ、声帯がないから普通に話せんからな』
「そ、そうだったんですか……」
『それよりも「星屑」は温存しておけよ?』
「そ、そうですね……」
でも、みっつもあるんだし、ひとつくらい使っても――
『忘れたか? 黒魔法使いの一件を』
「――あぅ!」
『転ばぬ先の杖も結構だがな』
たっ、確かにそうだ……あのとき、『星屑』がひとつ余ってなかったらテトラお姉さんの傷を治すための魔法を作り出すことはできなかった。浮かれて、すっかり忘れていた。
「温存しておきます」
『それがいい、それがいい』
残念だけど、温存することで誰かを救えるのなら、それに超したことはないのだ。
……と自分に言い聞かせるぼくだった。




