第15話 湯煙事情
で、何事もなくジルタスの街の通用門に到着。
門番の人に冒険者カードを提示し、いくつかの質問に答える。
どっから来たのかとか。滞在の目的とか。そんな感じのたわいのない質問を。
「騎士団、来ませんでした?」
話ついでに聞いてみた。
「夜明け前に来たな。街の郊外で野営しているそうだが……関係者か?」
「いえ、無関係です。道中で見かけたもので」
「森で何かあったらしいな。何か知ってるか?」
「ゾンビが湧いてました」
「ゾンビが? ああ、そうか……ゾンビ退治のためか」
なるほど、と頷く門番さん。
ゾンビ退治のために騎士団がこの街を訪れた、と思っているらしい。本当は、ゾンビに遁走してこの街に逃げ込んだだけなんだけど、まあ騎士団の名誉のために黙っておくけど。
「運が悪かったな、騎士団がゾンビを退治してからくればよかったのに」
「そ、そうですね……」
「さぞ森でゾンビに難儀させられたんだろ?」
門番さんはそう言って苦笑い。
ぼくは、リリンカもだけど、首を傾げた。
「はて? どうしてぼくらが難儀したとわかるんですか?」
「そりゃ、おたくら……酷い匂いだもの」
「「――!!」」
なっ、なななんと! ぜんぜん、気がつかなかった。
……もしかしてゾンビの死臭でもうつってた?
「宿屋に行く前に、公衆浴場に行くことをお勧めするぞ。なんと温泉だ! この街の自慢……といえば聞こえは良いが、そこしか掘り当てられなくて、たった1カ所では見栄も張れないから公衆浴場にして街人に解放しているだけなんだがな」
「温泉! いいわね!」
リリンカは手を叩いて喜ぶけど……温泉だぁ~?
昔、大兄ちゃんとドラゴン退治の帰りに、火山の麓に湧いてたやつに入ったことがあるけど、あんまり良い思い出がない。凄い臭いし、凄い熱いし、噴火の余波で高熱の上気が吹き出したりして、もう気が気ではなかった。ドラゴンと戦っていた方がまだマシだった。
「早く行くわよ!」
がしんっ、とリリンカの手がぼくの腕を掴む。
「いや、ぼくは水浴び――」
「街の北東に行けばでっかい看板が出てるからすぐわかるはずだ!」
門番さんが親切に教えてくれるけど……。
「あの、ぼくは水浴びで――」
「ありがとう!」
ぼくの意見などこれっぽっちも聞き入れて貰えず、どなどなどな~、と連れ去られる。
最後に、門番さんと目が合うと、彼はニヒルな笑みを浮かべてぎこちなくウィンクして、なぜかサムズアップで見送ってくれた。
「……?」
何か含むものを感じるけど……良からぬことであることは確かなように思えた。
……かぽーん。
どこからかそんな音が響く。
水浴びで良かったのに……やってきました温泉。
流石、街の名物というだけあって個人宅のお風呂とは段違い。
広い、とにかく広い。
湯煙に隠されて果ては見えないけど、浴槽だけでドラゴンが入れるくらい。
石造りの風情ある設えで、街中なのにまるで天然自然の温泉みたい。
……まずは浴室で体を洗って、と。
「うぉ!」
蛇口があったから捻ってみたらお湯が出た。
側にあるこの長い管がついたやつは……もしかしてシャワー?
流石、街の名物を謳うだけあってインフラ魔法は完備されているようだ。
来て良かったかも。お湯が出るならお湯の方がいいもんね。
もってきた石鹸をしゅわしゅわと泡立てて、まずは頭を洗う。次に体を洗って、よし綺麗になった。くんくんと鼻を寄せてみるけど、石鹸の良い香りしかしない。
シャワーの蛇口を開き、入念に石鹸の泡を落とす。
ちなみにうちのお供3匹は温泉に行くとなった途端に逃げやがった。
3匹とも体を洗われるのが嫌いらしい。
まあどっちみち温泉にペットの持ち込みはできないようだから、いいけどね。
さて、いよいよ浴槽だ。
青みのかかったお湯が浴槽でちゃぷちゃぷと揺れている。
前に大兄ちゃんと入った温泉は赤褐色で、泥を何倍にもお湯で薄めたみたいな風合いだったけど、何をどうすれば同じ温泉でもこう差が出るのやら、まあどうでもいいけど。
おそ~る、おそる爪先を入れてみる。
んんっ! ちょっと熱いけど、入れないような温度じゃない。
タオルを浴槽に浸けないように頭の上に載せて、ゆ~っくりと浴槽に肩まで浸かる。
「うひ~」
思わず変な声が出た。
でも、納得だ。なぜ、人は温泉を求めるのか。
ただひと言「うひ~」というために温泉を求めるのだ。
「ぎもぢいいいい~」
体の内側から蕩けてしまいそう。《蛮勇王の秘訣》のおかげで【すたみな】は減らないけど、流石に一晩中ゾンビを相手にいていたら疲労は貯まるものだろう。
疲労と一緒に体を支えていた力まで、どろどろと溶け出しているみたいで、気を抜くと、……ぶくぶくぶく、このまま水没してしまいそう。
「こら、待ちなさい!」
……んにゅ?
リリンカの声だ。隣の女湯からかな?
「お~、広い!」
今度はシルキーの声。
どたどたどたっ、と慌ただしい足音が……あ~、あれ? 近づいてくる?
「走るな!!」
「とぉ~!」
――ざっ、ぱああああ~ん!
突如、ぼくの目の前に水柱……いや、湯柱が盛大に吹いた。
「飛び込むな! まずは体を洗ってから――」
「あっ、フィルだ」
ざぶんざぶんと波打つ浴槽から青い髪をぺったりと頭に張り付かせて、すっかり可愛くなったシルキーが顔を出す。
「――あんた、女湯で何してんの?」
振り返ると、あ~……こちらは真っ裸のリリンカ。
堂々としているから、ついまじまじと見てしまったけど、……うん、エロいな。
小柄で引き締まった体に、白い肌、大きすぎず小さすぎずのご立派なふたつの双丘、ニンジャ装束姿ではここまで主張していなかったと思うけど、……着痩せするタイプかな?
「女湯って……脱衣所で分かれるとき、ぼくはちゃんと男湯の脱衣所に向かったよ?」
「そうね、それは確かに……」
う~む、と考えるリリンカ、そして、ぼく。
「今の時間は混浴って書いてあった~。入り口のところに」
「そうなの?」
「そう」
「教えてくれればよかったのに」
「シルキーはどっちでもいけるから」
「でも、リリンカが……」
「あたしは特に気にしないわよ?」
真っ裸で堂々とするリリンカ。
逆に、ぼくの方が恥ずかしくなってくる。
「クノイチだもの! 裸を見られたくらいで恥ずかしがっていたら仕事にならないわ!」
「そうなの?」
「裸を見られたくらいでいちいち恥ずかしがっていたら、あたしの裸を見て鼻の下を伸ばしている阿呆の首をかき切れないじゃない?」
「そ、そうなんだ……」
その阿呆のひとりであるぼくを見るリリンカの目がすーっと細まる。
な、なにかな? 妙な視線をちんちんのあたりに感じるんだけど。
「あんた……衆道の気でもあるの?」
「しゅ、しゅどう?」
「女の子より男の子の方が好きなの?」
「いや、ぜんぜん、そんはことはないけど?」
「うそ」
「……なんで?」
「あたしくらいの器量好しの裸を見て、あんたのご立派様はぴくりともしないで……ちょっと傷つくんですけど?」
「こ、これは……特訓したからだよ」
「特訓? なにそれ?」
「ぼく、上にお姉ちゃんが3人いて、ぼくがお風呂に入っていると、なんでか入ってくるんだ。でね、そのときにお姉ちゃんの裸を見て、ちょっとでも反応してしまうと、馬鹿にされたり意地悪されたりするんだ。それが嫌だったから反応しないように特訓したんだよ」
「姉の裸で反応って……」
別の意味でぼくの見るリリンカの目差しが怪しいものになる。
「あー、あー、違うよ? 違うからね? そんなんじゃないんだから! 姉と言っても従兄弟のお姉ちゃんで、弟のぼくがいうのもなんだけど、うちのお姉ちゃんはみんな美人さんで、弟とはいえぼくも男だから、その……しょうがなくて、うっかり姉であることを忘れて反応してしまう――」
「はいはい、そういうことにしておくわよ」
「リリンカさん!?」
本当に理解してくれた?! なんか、哀れな生き物を見るような目差しなんですけど!?
「ほら、シルキー、体洗うから1回、上がりなさい」
「妖精は世俗の汚れにまみれることはないのだ~」
「嘘おっしゃい。例え、そうでも体を洗ってから入浴するのがマナーでしょう」
「わかった~」
背中から羽を生やし、お湯の中から浮き上がるシルキー。
その後ろ姿は、筋肉なんてないようにまるっこくて本物の女の子みたいだけど、胸は真っ平らで、股間には、本当に男のアレも、女のアレもついていないようだった。
『妖精の分化はなかなかに興味深いテーマだ』
あれ? ソフィ様の声だ。
振り返ると、温泉の縁に腰掛け、足だけ温泉に浸かるソフィ様が。
『男を好めばその身は女となり、女を好めばその身は男になる。しかし、男を好みながらもその身は男となり、女を好みながらもその身は女となる、という現象が散見される。これはなぜか? 分化は妖精の主に対する感情がキーとされているが、実のところ妖精が主といただくものの性癖が問題なのではないか、とぼくは思うのだ』
「あの、ソフィ様……」
『なにか? まだ講釈の途中だよ?』
「真っ裸なんですけど……」




