アナザーサイド~斜陽~
「なっ、何用ですかな?」
ステンドグラスが夕日に輝き、教会に深い影と、燦々たる光をもたらします。
入り口付近の濃厚な闇に身を置くのは、ふたつの人影。
ひとつは、あの少女。もうひとつは……。
「いいだろ?」
「な、なにがですかな?」
努めて冷静に問いかけます。
「昔からよく暗殺者を差し向けられる性分でな」
んぐっ、と喉が鳴ります。
「まだ若かった頃はいちいち怒り狂ったものだが、よくよく考えると、向こうから有能なコマが転がり込んでくるわけだ? つまりだ、探さなくても有能なゾンビの素が手に入るんだから、これもひとつの……役得? っての?」
「か、彼は……?」
「もちろん、殺してゾンビにしたぞ。あんまり質は良くないけどな」
「は、はぁ……」
「お礼」
「――は、はぃ?」
「一応、お礼でも言っておこうか?」
「はははっ、何のことやら……」
とりあえず誤魔化しますが、背中の汗が止まりません。
「気にするな、別に怒っちゃいない」
「はははっ、本当に何のことやら……そ、そんなことより……首尾は? 首尾はどうです
か? 交代の監督官の足止めは上手くいっていますか? 交代の監督官には、まだ――」
「ああっ、そのことなんだが、悪いがやめたわ」
「――は?」
「交代の監督官って何人も、何回も来るわけだろ? それをいちいち足止めしたり、追い返したりするわけだ? それは、つまりだな――俺は、いつになったら騎士墓稜の鍵が手に入ることができるんだ? って話になるわけだ? だろ?」
「そ、それは……」
「だから、やめた」
「……や、やめて、どうするのですか?」
額から汗が噴き出し、つーっと頬を伝います。
「ああ、ひとつ誤解がないように言っておくが、暗殺者を差し向けられたからじゃないからな? 俺にとっちゃそんなんもう慣れっこだから、気にしていないからな?」
「何のことやら存じ上げませんが……」
「最後通告だ」
「……はぃ?」
「騎士墓稜の鍵を出せ」
「だから、何度も仰っているでは――」
「出さないんだな?」
「……」
「そうか~、残念♪」
ちっとも残念じゃないように言うと、少女はにやりと笑います。
野獣のような犬歯が覗き、濃厚なクマに縁取られた三白眼が、より鋭さを増しました。
まったく、気味の悪い笑顔です。
「なら、いいや。自分で探すから」
「自分で、探す?」
嫌な予感に、額からだらだらと汗が噴き出します。
「ゾンビ共を使って街中しらみつぶしに探すんだ。人海戦術っての?」
「無駄ですよ」
はっ、と鼻で笑ってやります。
「ゾンビの数なんて、たかが数百でしょ? そんなものはあっという間に――」
「問題ない。俺のゾンビは特別製だからな」
「と、特別製?」
「俺のゾンビはな、殺した奴をゾンビに変えるんだ!」
「なんと!」
「ゾンビになった奴が、また誰かを殺せば、そいつもまたゾンビになる。そうやってネズミ算式にゾンビが増えていけば、あっと言う間に街中、ゾンビだらけ、って寸法さ!」
少女は、ひひひっ、と笑い、自慢げに言いますが……とんでもないことです!
街中の人間がゾンビに変わってしまっては金貨が稼げなくなるではありませんか!?
「おやめなさい、そのようなこと! システム神の天罰が下りますよ!」
「上等っ!」
――なんと不遜な! 天罰と聞いて、恐れるどころか少女は不敵に笑います。
不遜、不敬、不信心っ! かくなる上はシステム神のお手を煩わせる必要もありません!
「ロミィさん!」
「……」
「……ロミィさん?」
教会騎士のロミィさんを探しますが、見つかりません。
いつもなら教会のどこにいても目につくのに……役立たずのデミジャイアントめっ!
「あののっぽの姉ちゃんだったら衛兵に呼ばれてどっか行っちまったぜ?」
「――ぐっ!」
「せいぜい、この絶望を楽しんでくれ♪」
少女はそう言うと、私に背を向け、教会のドアを開きます。
夕日が差し込み、入り口付近の闇が一気に緋色に染まります。
払われた闇の中から少女の影が私の足下まで伸びてきて……ぎょっとしました。
邪悪な何者かが、私の魂に舌舐めずりしたような気がしたのです。
「ど、どこへ?」
「祭りは高みから見物する主義でな」
入り口が閉じ、教会を深い闇が包み込みます。
いつしか日は落ち、夜が始まろうとしていました。
「ふ、ふんっ! あのような者の行いが成就するはずがない!」
ゾンビをいくら増やそうと、この街には冒険者ギルドがあるのです。
勇猛果敢な冒険者によって遅かれ早かれ、ゾンビは駆逐され、あの者は吊されることとなるでしょう。ええ、そうです――きっと、そうなるに違いありません。
「システム神よ、かの者に天罰を」
女神像に祈りを捧げ、そのご尊顔を仰ぎます。
刻々と深まる夜の闇にその表情までうかがうことはできません。
ですが、私は信じているのです。
約束された奇跡で、必ずやこの忠実なる僕を助けてくれることを。
何故なら――。
偉大なるシステム神が、この私を見捨てるはずがないのですから。




