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第8話 出発、そして……

 教会を出て大通りに戻ったぼくらは途方に暮れていた。


「クラスチェンジできなかったけど……これからどうしよ?」


 身の丈に合った依頼で金貨10枚を溜めるのが誠実ではあるけれど。

 正直、金貨10枚を稼ぐのにどれくらい掛かるのやら。……半年くらい?


「……」


 リリンカはおっかない顔で黙り込んでいる。


「とりあえず冒険者ギルドに行って、適当な依頼でも――」


「隣町」


「――はぃ?」


「隣町の教会ならどうかしら?」


「何か違うの?」


「隣町の神父様はかなりの老齢で、もう財産を蓄えることに興味がないらしくの。だから、クラスチェンジも最低限のお布施でやってくれる、って冒険者が話していたわ」


「へ~……」


 うまい話にはなんちゃら、と教えられてきたので、素直に喜べない。

 お布施は安いけど、またなんやかんやで大金を要求されるパターンではなかろうか。

 もしくはその隣町に行くまでに途方もない苦労を強いられるとか?


「ジルタスの街よ」


「へ~、本当に隣町なんだ」


 街道を馬車で行けば、約3日。

 徒歩でも、道中の「ヘテロ大森林」を横断すれば、同じく3日でつく距離だ。


「ただ、ジルタスには冒険者ギルドがないから……」


「依頼を受けるためには、またここに戻ってこないとダメ、ってこと?」


「そう」と頷くリリンカ。


「考えるまでもない。さっそく馬車の予約を取ってくるよ」


 まずは乗合馬車停留所に行って、3人分の切手を買って、


「あっ、待って!」


 何やら切羽詰まった声でリリンカが呼び止めた。


「なに?」


「あ、歩いていかない?」


「ヘテロ大森林を横断する、ってこと? あそこ魔獣が出るよ?」


 ちなみに、さっきの『横断で3日』というのはまったく魔獣と出会さなかった場合の話。


 運悪く強力な魔獣や群と出会し、武運拙く遁走するような事になった場合はその限りではない。森の中を迷いに迷って、3日でジルタスの街に辿り着くのは、もはや絶望的だ。


 仮に勝てたとしても、疲労から移動速度は落ち、予定通りとはいかないだろう。


「あまり森の奥に行かなければ……だ、大丈夫じゃない?」


「馬車の方が楽だよ?」


「そ、それによ? 魔獣と出会したら一石二鳥じゃない?」


「どこらへんが?」


「依頼を受けなくてもあんたの実力を見ることができるし、ただでジルタスの街に行けるし、……ほ、ほら! すっごく、良いことずくめじゃない?」


「確かにそうだけど……」


 妙だな、言っていることは理に適っているのに、リリンカの口調にはまるで自信がない。

 何かから言い逃れしているみたいだ。何か、から……ああ、そういうことか!


「もしかして乗り物とか苦手な人?」


「ち、違うわよ?!」


 即答で否定された。しかも、どもって声で。


「本当に?」


 世の中には馬に乗っても酔う人がいると聞いたことがある。

 馬車ならなおさらだ。

 馬車の車輪は馬の足ほど上手く衝撃を吸収できないから、ちょっとの凹凸でガタゴトと大変な振動が馬車を襲い、乗っていると気分を悪くする人が出るのだとか。


「あ、あたしが乗り物酔いするわけないでしょ?」


 ――何を根拠に?


「あ、あんたはどうなのよ?」


「ぼく? ぼくはあの振動が心地よくてすぐに眠っちゃう人ですが?」


「ぐっ……勝ち組か!」


「違うと思うけど、まあいいや」


 ジルタスの街で格安でクラスチェンジできるとしてもいくら掛かるかわからないわけだし、お金を節約することに越したことはない。別に、急ぐ必要もないしね。


「宿屋に戻って準備してくるから。一時間後に街の北通用門で待ち合わせでいい?」


 ざおーたちも呼び集めないとだしね。


 ぼくの可愛いしもべである、ざおー、サビ丸、ちゅるるの三匹は、ぼくに付き合わせて宿屋に缶詰にするのも可愛そうだったので、街に解き放ってあるのだ。


 今頃、サビ丸はオシッコで街中に縄張りを広げ、ざおーは街路樹の枝先で日向ぼっこの昼寝としゃれ込み、ちゅるるは大空を謳歌しているに違いない。


「いいわよ、あたしも準備しなきゃだしね」


「……」


「……何よ? 早く行きなさいよ」


「念のため、酔い止め買ってこようか?」


「いらんちゅーの!」


 リリンカをからかうことで、ちょっと溜飲を下げたぼくだった。






 1日目は街道沿いを進み、そこで野宿。

 2日目からヘテロ大森林の横断に乗り出す。


 鬱蒼とした森の中。

 群生する木々があちこちに根を伸ばすから地面はデコデコのボコボコ。

 何重にも重なった枝葉が空を隠し、木漏れ日が気まぐれに森を照らし出す。


 村の近くにあった森と規模こそ違えど同じようなもんだろ? 

 なんて高くをくくっていたけど。うん、でっかい勘違いだった。


 大森林の名前は伊達ではない。

 歩きづらいわ、見通しは悪いわ……あっちこっちから獣の気配はするわ。

 人がピクニック気分で足を踏み入れて良い場所ではない。……普通に、死ぬわ。


「早く来なさいよ」


 頭上からリリンカの声。

 なぜ、頭上か?


 苔で滑ることのない足場を求めて、ひたすらに地面とにらめっこしていた顔を上げると、木の上のリリンカと目が合う。


 一瞬、ドキッとした。リリンカの格好と、いつの間にそこに、という意味で。


 リリンカの格好は、冒険者ギルドの受付嬢の制服ではなかった。


 鎖帷子の上に、『キモノ』と呼ばれる東洋の服を戦闘用に仕立て直した『ニンジャ装束』を身に纏い、顔がばれないように覆面で鼻と口を隠し、おでこには鉢金を巻いてある。


 前日、北の通用門で再会したときには、すでにこの格好だった。

 なんでもリリンカのクラスは『ニンジャ』なのだとか。

 この格好は『ニンジャ』の伝統的な戦装束らしい。


『ニンジャ』って何? と聞くと、こっちでいう『斥候』と『暗殺者』をない交ぜにした東洋固有の特殊なクラスなのだそうだ。ちょっと誇らしげに言っていた。


「何よ?」


「別に……」


「半径30メートルに魔獣はいないわ。進むなら今よ」


 言うだけ言うと、リリンカは木から木へと跳び移る。……見事なものだ。

 猿のように木から木に、枝から枝に渡り、ムササビのように滑空し、音もなく着地すると、今度は足音を響かせることなく猫のように進み、リスのようにまた木を登るのだ。


 リリンカは『斥候』と『暗殺者』をない交ぜにしたクラスだと言っていたけど、謙遜なのは、単に説明するのが面倒だったのか、そのふたつとはまったくの別物だとわかる。


 少なくとも隠密行動においてはそのふたつを凌駕しているのではなかろうか?

 ……って、とリリンカがこっちを見て睨んでいる! 

 猫科の猛禽に樹上から狙われる草食動物の気分だよ!


 早く来い! 来なければ置いていくわよ? なんてことを考えてそうだ。

 こんなところで置いて行かれたら堪ったもんじゃない! 遭難待ったなしだ。 

 とりあえず急ぐことにしよう。






「……起きなさい」


 痛っ……額に、何かが、こつん、ってぶつかって、痛っ……くないけど、痛い。


「起きなさい、ったら」


「――ん?」


 リリンカの声。

 戦士となって暴れ回っていたぼくが急速に遠のく。


「……」


 寝てた。目が覚める。焚き火に照らされ、木の上のリリンカがうっすらと見える。

 ……何ごっ……うぷっ! くさっ……何、この匂い?!

 思わず鼻をつまむが……うぐっ、つまんでもまたくさい!

 おかげで一瞬で目が覚めた。


 ここは? 森……の中。本当に? 

 でも、この匂いは……この腐葉土と腐肉を混ぜ合わせた毒の沼みたいなこの匂いはいったい……清涼な森の空気が、すっかり汚されてしまったみたいだ。


 あたりは真っ暗。……まだ、夜か。で、思い出す。

 夕暮れになって野営したこと。

 リリンカが取ってきた野兎を夕餉にしたこと。


 ぼくたちよりもずっと五感に優れたざおーたちに番を任せて、みんなで寝入ったこと。


 時刻は……枝葉に隠れてお月様が見えないからわからないけど、体感的に真夜中?


「何事?」


 ただ事ではない。

 サビ丸は暗闇に向かって「ううううっ!」とうなり声を上げ、反対側の闇に向かってはざおーが棍棒を油断なく構え、ちゅるるはぼくの頭の上をくるくる回って警戒している。


「――敵よ」


 ただ事じゃない状況で、リリンカのそのひと言はすんなりと頭に入った。


「《音当て》」


 長剣を拾い上げ、適当な石を小突く。

 りぃーん、と鈴の音にも似た音が響き――。


「――っ!」


 続く言葉がでなかった。

 いつものように頭の中にマップが表示されるのだけれど……、

 マップのほとんどが真っ赤に塗り潰されていたのだ。

 意味するところは、ひとつしかない。


「敵に囲まれている!」


 でも、まだ距離はある。200メートルくらい?

 と、とりあえずシルキーを起こして戦闘準備をしないと!


「シルキー……起きて」


「んにゃ? ……くちゃい」


「敵だよ」


「敵ぃ~」と顔を上げるシルキー。


 そのとき、暗闇の中に、いくつもの……いくつものいくつものいくつもの!


 ――赤い光が輝いた!


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