アナザーサイド~監督官の野望~
貧乏人の相手はいつも困ります。
請求した金額をすんなりと出さない。出すにしてもすんなり出さない。
これだけでどれほどの時間と労力が潰れるか、彼らは理解していないのです。
時は金なり。
詰まるところ、それだけで彼らは大きな損をしているというのに。
まったく、これだから貧乏人は……。
まあ、いいです。
あの小娘は、制服から冒険者ギルドの所属のようですから、あとで冒険者ギルドに請求書でも送っておきましょう。金貨1枚も2枚ももらえれば儲けものです。
おっと……そろそろ時間ですか。
愛する妻と娘を教会に残し、庭園に足を運びます。
約束通りなら彼女はすでに庭園に来ているはず。……いました。
相変わらず辛気くさい小娘です。
遠方より取り寄せた見目麗しい花たちと比べるとその醜悪さがかえって際立ちます。
愛想の欠片もない三白眼。獣のようなギザギザの牙が居並ぶ口。
海藻のようにもさもさとした濡れ羽色の髪。
髪に隠れて顔立ちはよくわかりませんが、まあ高が知れていることでしょう。
……なぜ、神はこのような醜悪な生き物を作ったのか理解に苦しみます。
大方、我が愛しのキャラベルが愛でるために存在しているとするなら、彼女はその醜さでもって人を楽しませるためにあるのではないでしょうか。きっとそうに違いありません。
「遅かったな」
花壇の影からぬっと顔を出し、開口一番がそれです。
実に腹立たしい。監督官であるわたしに対する敬意の欠片もありません。
「んっ、んん……」
咳を払い、居住まいを正します。
こんな小娘に感情を揺さぶられたとなっては程度が知れるというもの。
冷静に務めます。
「首尾はどうですか?」
「抜かりはねぇ、もうこの街の外で、夜に安寧を迎えることはねぇよ」
けけけっ、と小娘は下品に笑います。実に、不愉快な小娘です。
一挙手一投足が人を不快にさせるためにある、と言っても過言ではないのでしょうか?
「それは結構。しっかりと頼みますよ」
「それよりも約束を果たせよ」
小娘は小遣いをねだるように薄汚い手を伸ばしてきます。
泥と血に汚れ、爪は黒く変色した不潔極まりない手です。
死臭が漂ってくるような気さえします。
「前金はすでに払ったでしょ?」
死霊魔法使いへのクラスチェンジといくつかのスキル。
前金としては十二分でしょう。もう報酬と言っても良いくらいのものです。
「違う。騎士墓稜の鍵だ」
「ああ、そのことですか……何か思い違いをしているようですね?」
「思い違いだぁ?」
「わたしが依頼したのは交代の監督官の『足止め』ではありませんよ?」
「……はぁ?」
「交代の監督官の生首を持って来なさい。そうですね……3つほどあれば十分でしょう」
「ふっ、ふざけんな! 最初の約束は『交代の監督官がこの街に来れないようにしろ』ってだけだろ? 俺はその通りにした。すでに約束は果たされたはずだ!」
食ってかかりますが、小娘の恫喝程度、何て事はありません。
ふんっ、と笑い飛ばしてやります。
「まだですよ。わたしはね、安寧と安全と金貨が欲しいのです。特に、金貨が。あと100枚ほど集めるためにも、まだこの地位から退くわけにはいかないのですよ」
「知ったことか!」
「……約束が曖昧だから齟齬が生まれる。いいでしょう。交代の監督官の生首を3つ持ってきたら騎士墓稜の鍵を渡しましょう。あなたでも理解できる物々交換です」
「ぐぬぬぬっ、俺を騙したのか?」
「騎士墓稜の鍵はそれだけの価値があると言うことですよ」
騎士陵墓とは、名だたる騎士が死した後に祭られ、予言の日、悪魔の大軍が深淵から這い出てきたときには蘇り、これと戦う、と言われている地下陵墓のことです。
奉じられているのは、歴史書になお残すような高名な棋士ばかり。
故に、騎士は死してこの陵墓に祭られることを最上の誉れとしているそうです。
誉れは大した金貨にならないので、私は興味の欠片もないのですが……。
はてさて、この小娘はそんなところの鍵を手に入れて何をするつもりなのやら。
ろくなことをしない予感はあります。けれど、関係ありません。
何故なら、私は騎士墓稜の鍵など持っていないからです。
おそらくどうがんばっても騎士墓稜の鍵を手に入れることはできないでしょう。
あれを手に入れられるのは、当世の教皇様くらいでしょうか?
金を積めば近しい地位にまでは上り詰めることができるかもしれませんが、生憎と教会関係に興味はありません。私はただ爵位が欲しいのです。厳密に言えば、貴族となって領地を拝領し、領民共をこき使って、半永久的に金貨を稼ぎたいのです。
爵位を買うためには、まだいくらか金貨が足りないので、小娘にはまだ働いて貰います。もちろん、騎士陵墓の鍵がないことは秘密にして。
「理解していただけたでしょうか?」
ぐぬぬぬっ、と小娘は吠えながら、私を下から睨み付けます。
何と卑しい面構えでしょうか。品位の欠片もありません。
まったく、これだから下賤のものは困ります。高貴なる私に使われているだけでも相当な誉れだというのに、それを理解するような知性が絶望的に欠けているのでしょう。
「わかったのなら早く仕事をしなさい。なに、たったの3つですよ」
「ぐっ! 今度は約束を違えるなよ!」
「ええ、もちろん――」
言う間に、小娘の体は真っ黒な泥となって崩れ落ちます。
詳細はわかりませんが、どうやら魔法の一種のようです。
本体は別のどこかにいて、泥を依り代とした偽物で会話していたのです。
実に、汚らわしい。泥を依り代にするとは魔法まで小汚い小娘です。
「――善処しますよ」
小娘と入れ替わりに別の気配が湧き立ちます。
死臭が匂うかのような小娘の気配とは一転し、今度は血臭が匂うかのような気配です。
あまりのおぞましさに私はそちらを振り向くことさえはばかられます。
正直、同じ空気を吸うのも躊躇われます。
「折を見て殺しなさい」
「いいのか? あいつの制御がなくなったら、その……暴走するんじゃねーのか?」
「だから、なんだというのです?」
後ろから、うぐっ、と息を呑む気配。
「……あんた、本当に神父か?」
「ええ、それは間違いなく」
「たまげたぜ……神父なのに街の連中のことをいっさい考えてないんだな?」
「考えていますとも。有事ですからね……多少は、お安くしてあげようかなと」
「はははっ、酷い神父だ。下手したら火事場泥棒よりもたちが悪い」
「言葉には気をつけなさい。今は慈悲深き神父ですが、次はどうなるかわかりませんよ?」
「おお怖い怖い! さっさと仕事を終えてオサラバした方が良さそうだ!」
「それがいいでしょうね」
血臭が匂うかのような気配が消え、庭園に爽やかな風が吹きます。
やれやれです……必要とは言え、あのような者たちと付き合わなければならないとは。
領主となった暁には、まずあの男の首を吊ることにしましょう。
代わりはいくらでもいますし、生かしておくのは何かと不味いですからね。
「お父様っ!」
教会から出てきた我が愛娘ににこやかに応えます。
「キャラベル、用意はできましたか?」
「はい、お父様!」
これから娘と妻と街で買い物です。
ふと、あの妖精のことが頭に浮かびます。
たった金貨10枚も払えない貧乏人のガキが負ぶっていた妖精のことです。
あの妖精を売り払えば、キャラベルの1回分の買い物代くらいはなったでしょう。
実に、惜しいことをしました。
あんな貧乏人が所有されるよりは、キャラベルを喜ばせるための金貨となった方が、遙かに価値があるというのに。
まあいいでしょう。
金貨があれば、人も、その心も思うがままです。
――そう。
いざとなれば、また誰かを雇って殺して奪えば良いだけなのですよ。
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