第7話 監督官
咄嗟に振り返る。
脇のドア――ロミィさんが入ってきたのとは反対側――に男の人がいた。
一目で偉い人だとわかる。
だって、冠には煌びやかな宝石がちりばめられ、黒地の祭服にはこれでもかと金ぴかの意匠が施されていたから。黒一色のロミィさんの修道服とは、雲泥の差だ。
男の人が、つかつかとこっちに向かってくる。
細面で、深いしわが刻まれた神経質そうな顔立ち、顔には丸い眼鏡。
……多分、30代くらい?
長身だけど、縦にひょろっとしていて、横の厚みがあまりない。
冒険者で例えるなら魔法使いタイプ。
目は、切れ長でつり上がり、狐の目のようだ。
わずかに覗けた鳶色の瞳が、値踏みするみたいに、ぼくを、リリンカを見る。
そして、シルキーを見たとき、切れ長の目が、さらにす~っと細くなった。
「……?」
シルキーは小粋に首を傾げるだけだけど、
……嫌な感じ。
少なくとも人を見る目じゃない。
「何事ですか? ロミィ執務官」
男性が問うと、ロミィさんは鈍器の構えを解いて、
「デウス神の御心に逆らう不心得者です、監督官」
監督官? なるほど。豪奢な衣装は、その地位を表したものか。
「神聖なる教会で刃傷沙汰とは穏やかではありませんね」
「……あんたが諸悪の根源、ってわけね?」
一方で、リリンカは構えを解かない。
ロミィさんどころか監督官にまで躍りかかっていきそうな気配だ。
「諸悪の根源ですか? これはまた異な事を」
「ただのクラスチェンジで金貨30枚も要求しておいてよく言う!」
「心外な。デウス神の御心ですよ」
「ろくなスキルを持たないまま、スキル習得費用を稼ぐために高難易度の無茶な依頼を受けた冒険者がもう何人も帰ってない、って聞いた! あんたのせいでしょうが!」
「痛ましいことです」
「何を他人事みたいに!」
「いえいえ、決して他人事ではありませんよ。冒険者様方から寄付をいただかなければ、当教会はたちまち飢えてしまいますからな。そうだ、良いことを考えつきましたぞ!」
ぱんっ、と監督官は手を叩いた。
「冒険者様方の困窮は理解しているつもりです。無理をして亡くなられた方がいることも。
ですので、次回以降は冒険者ギルドの方々と話し合いの機会を設けさせていただくとして、今回に限っては100分の1の金額でよしとしましょう!」
「「100分の1!?」」
リリンカと思わず顔を見合わせた。
……なんという、破格の提案!
破格すぎてリリンカも思わず苦内を構えるのを止めてしまうほどだ。
「本当に?」
「ええ、デウス神のお膝元で嘘は言いませんとも」
「本当の本当に?」
「ええ、ええ、間違いありませんとも」
……おおっ! なんという太っ、
「ただし、その前に……大変に残念ではありますが、慰謝料を払って貰わなければ行けません」
「い、慰謝料?」
寝耳に水な発言に、思わず聞き返してしまう。
「教会で刃傷沙汰などのっぴきならないことですからな。あなた方も衛兵のお世話にはなりたくないでしょ?」
「た、確かに……そう、だけど」
「金貨10枚で手を打ちましょう」
「き、金貨10枚?!」
金貨50枚の5分の1ではあるけれど……。
金貨1枚も持っていないぼくにとってはとんでもない大金だ!
自然自然とリリンカと顔を見合わせ、お互いに首を横に振る。
要約するとこうだ。
「あんた、お金ある?」
「あるわけないじゃん!」
「わたしも……」
というか、ぼく、関係なくない?
刃傷沙汰はリリンカとロミィさんの間で起こったことだから、
「ば、馬鹿じゃないの! 結局、ぼったくるんじゃん!」
リリンカが逆ギレ気味に叫ぶ。
「ぼったくりなどとんでもない。正当な金額ですよ?」
対して、しれっと言い放つ監督官。
……食えない奴。
初めから金貨10枚をぼったくる気だったんじゃないか? という気さえしてくる。
ああ、でもぼくには関係ないから、
「行くわよ!」
――は? なぜかリリンカに手を掴まれ、どなどな~、と外に引きずられて、
「お待ちください」
監督官が引き留める。
「あなたが負ぶっているのは、もしかして妖精ではありませんか?」
誰のこと? って、シルキーのことか。
「うにゃ?」
……静かだと思ったら、寝てるし。
「シルキーが、何です?」
「不躾ではありますが、金貨20枚でどうでしょう?」
「――は?」
「足りませんか? では、25枚では?」
「さっきから……何の値段ですか?」
何となく察しはつく。けれど、言葉にするにはあまりに不愉快だった。
「妖精のお値段ですよ。知りません? 妖精は、魔法使いには高く売れるのですよ?」
「へ~」
「オスなら魔法薬の材料に、メスなら孕ませて一族に妖精の血を入れるのです」
「……っ!」
「高い魔法適性を子々孫々に受け継ぐことができれば、魔法使いとして大成は約束されたようなものですからね。……金貨30枚ではどうですか?」
「じゃ、冗談じゃない!」
怒りのあまり声がどもってしまった。格好悪っ……いや、構うものか!
――さっきから何を言っているんだ? 魔法薬の材料とか、はっ、孕ませるだとか……シルキーは道具じゃないんだぞ? シルキーは、シルキーだ。馬鹿にするなっ!
と、本当は言いたかったのだけれど、感情と思考と口の動きがかみ合わず、酸欠の金魚みたいに口をパクパクとさせただけだった。
「とっ、友達を金貨なんかと交換できるわけないだろ!」
かろうじてこれだけは言うけど、
「それは残念です」
ちっとも残念じゃなさそうな監督官の声。
必死なぼくに対してあまりに冷ややかで、なんだか馬鹿にされたような気分。
「と、とにかく……失礼する!」
監督官に背を向け、逃げるように出口に向かう。
「金貨10枚集まったらまたお越しください」
振り返る気にもならないけど、さぞ鼻持ちならない笑顔を浮かべているに違いない。
嫌な奴……ただただ、胸くそが悪い。
ただの拝金主義者ならまだしもシルキーを道具扱いするなんて……許せない!
さっさとこんなところから、
「お父様! お出かけの準備はできましたわよ! ――あら?」
……出ようとしたら、ドアが忽然と開き、女の子が勢いよく飛び出してきた。
「お客様かしら?」
女の子は小首を傾げてぼくを見る。
つられてぼくも見るけど、何というか……すげぇ女の子だった。
何かはわからないけど、上物の生地で織られたドレスを着込み、
何かよくわからないけど、キラキラした装飾品を全身に身につけ、
何かはよくわからないけど、真っ赤な靴を履いているのだ。
頭の天辺から爪先の先までキラキラのギラギラ。
貴族のお嬢さんかな? と本気で思った。
けど、顔立ちは小綺麗ではあるが、貴族特有の……垢抜けたものではなかった。
女の子は視線を、ぼくと監督官の間で何度か往復させると、にやりとした。
正直、気分の良い笑みではなかった。人を舐め腐った笑みだ。
「あらあら、またですの?」
女の子はにやりとしたまま、ぼくの顔を下からのぞき込むようにして言った。
続く言葉に、当然、良い予感などしようもない。
「お父様にお金を払えず、すごすご退散ですか?」
くすくすっ、と女の子は笑う。楽しげに、無邪気に、そして――どこまでも意地悪く。
「大変ですねぇ、お金がないとクラスチェンジもできない。クラスチェンジできないと、ろくなスキルも覚えられない。スキルも覚えられないからお金を稼ぐこともできない。どん詰まりですね、おかわいそうに」
くすくすっ、と女の子は笑う。言葉とは裏腹に、そこに慈愛の類はいっさいない。
「それで、わたくし最近思うのですよ」
何が? とは聞いてやらない。
「その程度のお金も払えないようなあなたに、そもそもどのような価値があるというのですか? 月を取ろうと手を伸ばすほどに、最初から無価値なのではないでしょうか?」
――よし、殴ろう!
「およしなさい、キャラベル」
最初の一歩を踏み込む間もなく、女の子とは別の声がぼくを止めた。
声は、女の子の後ろ側から――ほどなくして声の主が姿を現す。
声の主は、妙齢の女性だった。
女の子と同じ金髪を肩まで流し、高価そうなドレスと装飾品で着飾っている。
女の子と比べれば、まだマシではあるけど、全身やっぱりキラキラだし、ギラギラだ。
でも、こっちはちゃんと垢抜けていて、貴族特有の気品のようなものが感じられた。
「お母さん様!」
「そのようなことを言ってはいけませんよ、世の中には、このような不憫な方もいらっしゃるのですだから」
「は~い!」
女の子は無邪気に、底意地悪そうに笑った。
対して、女性の言い方こそアレではあるけど、悪意のようなものは感じられなかった。
本気でぼくを哀れんでいるっぽい。……それはそれで癪ではあるが。
……なんか、本気で怒るのが馬鹿らしくなってくる。
毒っ気を抜かれた、ってやつ?
彼女らの主義主張は、確かに腹の立つものではあるけれど、もめ事に発展させてまで彼女らを「わからせる」必要があるのだろうか? とさえ思えてくる。
ぶっちゃければ「勝手にすればいい」という感じだ。
彼女らが何を、どう思おうと、もはや知ったことではない。
同じ空気を吸わないのであれば、ぼくには何の害もないのだから。
今回、たまたま同じ空気を吸ってしまったためにこうなっただけの話なのだ。
こんなところに来なければ、二度と会うこともないだろう。
「……行こう」
女性の脇を通り抜け、教会を出る。
綺麗な庭園がぼくを出迎えてくれるけど、楽しむ気分でもなし、足早に通り過ぎる。
「――ふにゃ?」
ふとシルキーが目を覚ました。
「どうした?」
「英雄辞典がぴくんぴくんして……何か、変な感じ……だけど、眠いから……あとで」
「――?」
よくわからないまま、背中からシルキーの寝息が聞こえてくる。
「何なんだ、いったい……、――おや?」
今一瞬、花壇の影に誰かいたような気がしたけど……。
気のせいかな? 二度見したけど誰もいないや。
「どうしたの?」
後ろからリリンカが聞いてくる。
「今、誰かいたような気がしたんだけど……」
「……気のせいじゃない?」
リリンカも同じ方を見るけど、やっぱり誰もいなかった。
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