第6話 デウス教会
まとまったお金ができたので、ぼくらは次に教会に向かうことにした。
なぜ、教会か?
冒険者に限らず、ぼくらは教会で『デウス神』と呼ばれる神様に『実績』を捧げることで、クラスチェンジできるからだ。
教会は、街のほぼ中心にある。
昔はフレイルの街の郊外にある、小高い丘の上に居を構えていたそうなのだが、監督官の交代のおりに、今の場所を変えたのだとか。
おかげでニッケルトンさんのお店から徒歩5分――。
迷うことなく教会に辿り着く。
名うての庭師によって整えられた城壁のような生け垣に囲われた立派な建物だ。
敷地内に一歩踏み込めば、豪奢な庭園がぼくらを出迎える。
名前も知らない、ただただ綺麗な花に彩られた庭園は、俗世とは一線を画す教会の敷地内とは思えない、まるでどこかの貴族の邸宅に迷い込んだみたいだ。正直、落ち着かない。
『平民風情が! 何用で我が敷地内に足を踏み入れたかっ!』
……なんてお偉い貴族様の怒鳴り声が今にも聞こえてきそうだ。
「悪趣味な庭ね」
ぼくの三歩後ろを歩きながら、リリンカが吐き捨てるように言った。
「どれもここいらには生息しない花ばかり」
「……そうなの?」
「庭を珍しい花で彩ることで、富と教養の高さを顕示しているのよ。……きっと、ろくな人間じゃないわね、ここの監督官は。貴族にでもなったつもりなのかしら?」
「そ、そうなんだ……」
歯に衣着せぬリリンカの発言に、ぼくは苦笑いを浮かべるしかない。
言う間に、教会の入り口に辿り着く。
観音開きの、片方のドアを押し開き、こっそり中を覗き見る。
入り口から赤いカーペットが伸び、その左右を会衆席が等間隔で置かれている。
奥には、説教台。さらに奥にはデウス神を象ったとされる女神像。
システム神の奇跡を描いたとされるステンドグラスの窓が女神像の後背に輝く。
天井には、煌びやかなシャンデリア。……場違い感半端ない。もっと質素なやつならわかるけど、こういうのって普通、どこかに宮殿とかにあるものじゃ――、
「早く入りなさいよ!」
「――うぎゃ!」
お尻を何かに小突かれ、転げるように中に入る。
「中も、……悪趣味ねぇ」
リリンカの中に入って開口一番がこれだ。というか!
「け、蹴った? 蹴ったよね?」
「のろまなのが悪いのよ」
「ぼく、のろまじゃないですけど!」
――逃げ足なら自信あるし!
「あっそ」
「あっそ、って……酷い!」
「そんなことより……」
ぼくを一顧だにせず、リリンカは周囲を見渡した。
「どうやってクラスチェンジするの? あの女神像にでも祈ればいいの?」
「それは――」
教えてやる義理はなかったけど、教えなかったら教えなかったで馬鹿にされそうだったので、寛大な心で教えてやろうか、と思ったそのとき。
脇のドアから修道服姿の女性が音もなく入ってきた。
「もしかして知らないの?」
にや~、と意地悪く微笑むリリンカ。……もしかしてお気づきでない?
ごきゅん、と唾を飲む。
見ちゃいけないものを見たような気分。
散々、魔物と戦ってきたけど、この手合いは流石に慣れることはない。
言う間に、修道服姿の女性は説教台に辿り着く。
……目が合った。
端正な顔立ちながら病的に白い肌。垂れ目がちな眼の下に墨で描いたような色濃いクマ。生きているんだろう、……多分。
ステンドグラスの窓から燦々と降り注ぐ陽光の下にいるのだから。
でも、おおよそ生気というものが感じられない。
気配が希薄すぎるからか、リリンカも気づいていないようだ。
女性はぼくらに向けて両手を広げて見せた。
「迷える子羊よ、よくぞいらっしゃいました」
か細い、でもしっかりと通る凜とした声。
「――ひぃ!」
リリンカが飛び退き、瞬く間にぼくの背中に隠れる。
「い、いつの間に……」
いや、ずっと目の前にいましたけど……いるよね? 現実だよね?
不安になるくらい、気配とか、存在を知らせる諸々のものがないのだけれど。
「あ、あんた……ゴーストとかじゃないわよね?」
んなっ失礼な、とは思ったけど……。
正直、同じことを考えていたので何も言えない。
そんな無礼なリリンカに対して、女性は今にも死にそうな顔でにこりとした。
「もちろんです。ゴーストではありません。デウス神のお膝元であるこの場にアンデットなどという不浄な輩が発生しようものなら、必ずやすり潰して差し上げますわ」
「「は、はぁ……」」
唖然とするリリンカと、あとぼくも。
「失礼。わたしは、ロミィ・ペンデュラン。ここで執政官を仰せつかっているものです」
ごふぉん、と病的に席を払い、女性……ロミィさんは居住まいを正す。
「本日はどのような用向きで……? お説法ですか? クラスチェンジですか?」
「く、クラスチェンジで……」
「では、冒険者カードを拝見させていただいてよろしいですか?」
怖ず怖ずと冒険者カードを手渡す。
ロミィさんは冒険者カードをぼくから受け取ると、説教台にある――ぼくの位置からは見えないのだけれど――何かの装置に「ぴっ!」とさせると、凍えるように微笑んだ。
「素晴らしい実績ですね。さらに騎士の認可状と白魔法使いの認可状もお持ちのようで。これなら下位職なら選び放題、一部なら中位職にもなれます」
「中位職まで!? 凄い!!」
「ちょっと待って!」
不意にリリンカが待ったをかけた。
「どうしました?」
小首を傾げるロミィさん。そのままポキッといきそうな案配だ。
「その実績って……本当なの?」
「どういう意味でしょうか?」
「偽造とかじゃないの? ってこと」
「あり得ませんね。デウス神の御業によってカードは造られるのです。それを偽造などと……我らがごとき凡百に介入できる余地など少しもありません」
……あれ?
「冒険者カードって『異世界の漂流物』で作られてるんじゃないんですか?」
アドレアさんが確かそんなことを言っていたと思ったけど、……違うの?
「間違いではありません。ですが、デウス神の御業によって『異世界の漂流物』はこの世界にもたらされているのです。ならば、『異世界の漂流物』による所業もまた、デウス神の御業といっても過言ないでしょう!」
……違うと思うけど。
「違うと思うわ。極論が過ぎる」
あっ、リリンカと意見が被った。微妙な気分。
「二人ともまだまだ信心が足らないようですね」
ロミィさんはそう言って病的に微笑んだ。
「それで……どうします?」
「も、もちろん、よろしくお願いします!」
「では、寄付金としてまずは『金貨』10枚をお収めください。その後、クラスチェンジするクラスに応じて、別途寄付金をいただきます」
興奮のあまり震える手で、お財布袋から『銀貨』10枚を取り出す。
……あ~、よかった。
ニッケルトンさんからいただいた『銀貨』で間に合って。
「あの……」
「はい?」
説教台の上で『銀貨』を1枚2枚と数えていたロミィさんはぴたりと手を止めた。
「大変に申し訳ありませんが……足りません」
「――え?」
「あんた、あのニッケルトンとかいうおっさんに担がれたんじゃないの?」
リリンカがにや~っと嫌な笑顔で言った。
「そ、そんはなはずは……ちゃんと『銀貨』50枚分の『銅貨』を貰ったはずだよ?」
「どうやらお互いに齟齬があるようですね」
ロミィさんはにこやかに微笑む。……どゆこと?
「『銀貨』ではございません。『金貨』で30枚です」
「「……!」」
リリンカが、……多分、ぼくも、目玉が飛び出るほど驚いた。
「き、金貨だぁ?!」
「え? クラスチェンジってそんなに高いの?」
兄ちゃんたちもお姉ちゃんたちも普通にクラスチェンジしていたけど……。
こんな大金用意していたの?! というか用意できたの??
「馬鹿言いなさい! どっかの誰かさんじゃないけど、金貨10枚といったら、ボロ屋でも家が買えるくらいの値段よ? レベルアップでそんな……馬鹿げている!」
「ですが、これもデウス神の御心ですので」
頬に手を当て、ロミィさんは困ったように首を傾げる。
「噂には聞いていたけど、まさか本当だったなんて!」
「――噂?」
「ギルドの酒場で酔っ払った冒険者がよく愚痴っていたのを聞いたことがあるの。教会の寄付金が高すぎてクラスチェンジもスキルの習得もできない、って――大方、ろくにお金も稼げない三流冒険者の戯言だと思って聞き流していたんだけど、まさかっ! こんな大金を何食わぬ顔をぼったくろうとするなんて! 信じられない!」
リリンカが噛みつくけど、ロミィさんは眉ひとつ動かさない。
「ぼったくりとはまたひどい言いようですね……我々も霞を食べて生きているわけではないので……すべてはデウス神の御心です」
「つまり……デウス神がそんな法外な値段を要求している、ってことかしら?」
「すべてはデウス神の御心です」
「ほぉ、ほぉ……なら直接、デウス神とやらに直談判した方が早いかしら?」
リリンカがどこからか、例の小型のナイフ――『苦内』っていうのを取り出す。
すると、ロミィさんの目差しが、すぅ~と細く、鋭くなった。
「デウス神に仇なすつもりですか?」
「だとしたら?」
「許しません。デウス神に仇なす賊徒は成敗させていただきます」
ロミィさんは優しい口調で、でも敵意だけははっきりさせてそう言うと、どこからか鉄塊に金属の棒をぶっさしただけのような、無骨極まりないハンマーを取り出した。
「お覚悟を!」
ロミィさんは鈍器を構える。堂に入った構えだ。
中身スカスカの儀礼用とかならまだしも、鉄塊みたいな金槌だけでロミィさんより重そうなのに、ロミィさんが鈍器の重量に振り回されることはない。完全に制御している。
リリンカも然る者、苦内を逆手に構えて、ロミィさんの間合いの外に飛び退く。
まさに一触即発、……って、見とれている場合じゃない!
「ちょ、ちょっと――」
怖いけど、間に入って止めなきゃ!
「お辞めなさい」
……って思ったそのとき、どこからか男の人の声がした。
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