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第5話 鍛冶屋にて

 とりあえず行ってみた。

 店構えは「質実剛健!」って感じで無駄な装飾がいっさいない。


 ……看板まで「火竜の泥濘み」と殴り書きなのはどうかと思うけど。


 でも、鍛冶屋ギルド認定の証である『金床と鎚』のレリーフが軒先にぶら下がっているから正規店であることは待ちがなさそうだ。

 入り口のドアを開けて中に入る。


「すみませ~ん」


 途端に、鉄の匂いが鼻をつく。錆び付いた鉄の匂いじゃない、おろしたての鉄の匂いが。

 壁一面に飾られているのは、、斧や剣、槍などの武具。


 床には、鎧を着せられた木偶が所狭しと居並び、奥の方にカウンターが見える。

 煌びやかな鎧を着た木偶に目を奪われながら奥に向かうと、


「なんぢゃ、お前さんらは?」


 ひとりのお年寄りがぼくを出迎えた。ぼさぼさの髪と、ぼさぼさの髭が混じり合い、どこからどこまでが髭で、髪なのかもわからなくなった、厳つい顔をしたお年寄りだ。


 一見して、ドワーフかな? と思った。

 けど、ドワーフにしては背が高いし、横にも広い……多分、ヒトだ。


「玩具なら置いてないぞ?」


「……あ、あの」


 馬鹿にした調子ではなく、本気で言っているようなので、ちょっと鼻白んでしまった。


「武具を買い取って欲しいのですが」


「ふん、……どれだ?」


 これです、とぼくはニッケルトンさんからいただいた武具をカウンターに並べた。

 お年寄りは武具を一瞥すると、ぼくをぎろりと睨み付けた。


「……な、なにか?」


「お前さん、この武具をどこで?」


 冷淡でありながら、底冷えするような声。

 ごきゅん、と妙な緊張感に喉が鳴る。

 悪いことは何一つやっていないはずなのに……、

 変な罪悪感が込み上げてくるのは何なんだろ?


「知り合いに……」


「知り合い? どんな知り合いだ? お前さんにはわからないかもしれんが、こいつは相当に上等なものだぞ? ほいほいと人にあげて良いものじゃない。それを、知り合いから貰った? がははははははっ! ――冗談も休み休み言えっ! この馬鹿ガキがっ!」


「……ひぃ!」


 お年寄りの大喝に建物全体がぴりぴりと揺れ動く。

 自慢ではないけど、ぼくには怒鳴られ慣れている自負があった。


 大中小の兄ちゃんたちに、お姉ちゃん、婆ちゃん……領主の子息に、名主の息子、その配下のいじめっ子連中などなど、村ではぼくを怒鳴りつける奴に事欠かなかったからだ。


 でも、それを差し置いてもこのお年寄りのは相当なものだ。


 心の臓を鷲掴みされたみたいに、股間がきゅっと縮こまる。

 こんな感覚はいつぶりだろ? 婆ちゃんに叱られた時以来? ちょっと懐かしい。


 ぺてんっ、と後ろから音がした。

 何気なく振り返る。


 リリンカと目が合った。石畳に腰を落とし、涙目で何かをぼくに訴えかけるリリンカと。

 どうやらお年寄りの大声に腰を抜かしてしまったらしい。

 パンツ見えているけど……まあいいや。言わないでおこう。


「大丈夫?」


 何も言えないのか、リリンカはふるふると首を横に振って答えた。

 ちなみにシルキーは「すげぇ、声」と感心しきっている。こっちは平気だったらしい。

 とりあえずリリンカは放っておいて、と。


「違います、誤解です」


 ぼくが誤解を解こうとすると、なぜかお年寄りは「ほぉ~」と感嘆めいた声を上げた。


「なかなかやるな……冒険者か?」


「え? ええ……」


「言い訳ぐらいは聞いてやる」


「は、はぁ……」


 言い訳も何もありのままを話すしかない。


「実は――」


「悪い悪い、遅くなった!」


 ニッケルトンさんの声。でも、なぜかカウンターの奥から聞こえてきて、当のご本人もカウンターの奥から現れた。……なぜそこから? 


「おう、親父! 良い値で買い取ってくれよ!」


 お年寄りの肩越しに、カウンターに並べられた武具を覗き見て、ニッケルトンさんは上機嫌そうに言った。反比例するように、お年寄りの厳めしい顔が、さらに厳めしくなる。


「ローガン……てめぇ、これは、てめぇが冒険者なんぞになるときに、俺の工房からちょろまかしていった装備一式じゃねーか! なんで、このガキがもってやがる!」


「そりゃもちろん、俺にはもう必要のないものだからな、くれてやったのよ!」


「くれてやった? てめぇがか? 何の気まぐれだ?」


「命の恩人に多少は報いようと思っただけよ」


「命の恩人だぁ?」


 お年寄りの厳しい目差しが、またぼくに戻ってくる。

 けれど、さっきまでの鋭さはもうない。ほんのちょっとだけ角が取れたようだった。


「さて、いくらになるかな? 防具としては役に立たんが素材だけはいいからな」


 嬉々としてソロバンを弾くニッケルトンさん。

 その様子が、ちょっと可笑しかった。

 だってそうでしょ?

 あげた本人が、あげた物を買い取ろうとしているのだから。


「いいんですか? ニッケルトンさんから貰ったものなのに……」


「いいんだ、こいつはもうフィルのものだからな、――よし、銅貨3000枚でどうだ?」


「さ、3000枚!?」


 銀貨換算で30枚! 村じゃ半年以上遊んで暮らせる金額だ!


「バカを言うな!」


 すかさずお年寄りが待ったをかけた。

 ニッケルトンさんは「チッ!」と露骨に舌を打つ。


「クソ親父がっ! 俺がどれほどこいつに――」


「銅貨で5000枚だ」


「「なっ!?」」


 ぼくと、ニッケルトンさんの声が重なる。

 多分、同じような感情で。


「馬鹿は死ななきゃ治らんと聞くが、馬鹿息子が、死に損なった程度で多少はマシになって戻ってきたんだ! その恩人に報いるのに、なんでそれっぽちしか出せねぇのか! まったくっ! だから、てめぇは馬鹿なんだ! この馬鹿,馬鹿、馬鹿息子がっ!」


「ぐっ! 言わせておけば、……まあいい、その太っ腹に免じてやる!」


「あ、あの……いいんですか?」


 恐る恐る問いかける。


「悪いことなどひとつもないわい!」


 照れ隠しなのか……はわからないけど、

 お年寄りは「ふんっ」とそっぽを向いてしまった。


「ニッケルトンさん……」


「おう、貰っとけ貰っとけ」


 上機嫌に言い放つニッケルトンさん。


「でも……」


 ぼくは恐縮し通しだ。だって、


「銅貨で5000枚っていったら、お家が買えるじゃないですか!」


 この瞬間、


「「「買えねーよ」」」


 奇しくもニッケルトンさん、お年寄り、リリンカの3人の突っ込みが重なった。

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